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槍ヶ岳・穂高岳・上高地

注意情報
焼岳
掲載日時:2024.06.08(土)
▼令和6年6月7日22時10分 気象庁発表
<噴火予報(噴火警戒レベル1、活火山であることに留意)が継続>
焼岳では、山頂付近を震源とする火山性地震の多い状態が続いています。
今後、火山性地震がさらに増加した場合、噴火警戒レベル引上げの可能性があります。今後の火山に関する情報に注意してください。

▼現在の警戒事項等
山頂付近を含む想定火口域内では、突発的に火山ガス等が噴出する可能性があります。登山する際は、火山活動の異変に注意するとともに、ヘルメットを着用するなどの安全対策をしてください。また、噴気地帯にはとどまらないでください。

出典: Wikipedia

槍ヶ岳(やりがたけ)は、飛騨山脈南部にある標高3,180mの山である。山域は中部山岳国立公園に指定されており、日本で5番目に高い山である。長野県松本市・大町市・岐阜県高山市の境界にある。初登攀は中田又重郎と修行僧の播隆上人。日本百名山、新日本百名山及び花の百名山に選定されている。通称「槍」。

このエリアについて

掲載されている山

槍ヶ岳, 穂高岳, 上高地, 焼岳, 錫杖岳, 笠ヶ岳, 弓折岳, 三俣蓮華岳, 屏風ノ頭, ジャンダルム, 双六岳, 西穂独標, 涸沢岳, 伊藤新道

  • 西穂丸山

    標高 2452 m

    西穂丸山(にしほまるやま)は、長野県松本市と岐阜県高山市の境に位置する標高2452mの山である。北アルプス・穂高連峰の一座である西穂高岳から連なる稜線上にあるが、ハイマツ帯の中のなだらかなピークである。新穂高ロープウェイから西穂山荘を経由し、この西穂丸山までは危険箇所がほぼなく、登山初心者でも登頂可能。この先の西穂独標(2701m)から先は、本格的な岩稜が連続する。詳細は西穂高岳を参照。 
https://yamap.com/mountains/1409

  • 焼岳

    標高 2444 m

    上高地の入口、大正池の西側にそびえる日本百名山の一座。アルプスでは乗鞍岳、御嶽山、弥陀ヶ原などとともに数少ない活火山のひとつだ(南・中央アルプスに活火山はない)。大正時代の大爆発が大正池を形成したことはよく知られているが、その大正池も次第に土砂で埋まり、当時の面影はなくなりつつある。とはいえ、焼岳と大正池のツーショットはいまも上高地を代表する景観であることに間違いない。メインコースは中の湯温泉、上高地、中尾からの3コースで、いずれも前泊すれば日帰りができる。特に難所はないが、山頂周辺はいまも活発な火山活動が続き、最高峰の南峰と正賀池は立ち入り禁止だ。歩くことのできる北峰も有毒ガス発生の危険があるため、山頂は速やかに通り過ぎたい。

  • 大天井岳(おてんしょうだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)にある標高2,922 mの山。長野県の大町市・安曇野市・松本市にまたがる常念山脈の最高峰。 大糸線有明駅の西15.9 kmに位置し、中房温泉から合戦尾根を経て槍ヶ岳へ登る表銀座縦走コースと常念山脈との分岐点の山である。ただし、登山道は山頂を通らず巻道となっている。中部山岳国立公園内にあり、日本二百名山に選定されている。 山体は中生代の花崗岩からなり、山頂部には中生代の輝緑岩が混じる。山頂部は森林限界を越える高山帯で、砂礫地にはハイマツが分布し特別天然記念物のライチョウの生息地となっている。山腹では、イワヒゲ、コマクサ、クモマスミレなどの高山植物が自生している。山頂には、点名が「天章山」の三等三角点が設置されている。麓の安曇野から眺めるとピラミッド形状の常念岳や安曇富士ともよばれる有明山と比べると、奥まった位置にあるため目立たない存在となっている。

  • 西穂高岳独標(にしほたかだけどっぴょう)の独標は「独立標高点」の略で、地図を作るために測量した場所を表す。西穂山荘から西穂高岳山頂まで延びる尾根は、大小11のピークが連なる険しい岩稜帯で、その最初の岩峰が西穂高岳独標となる。山頂からは360度の展望に優れ、眼前に迫る美しい三角錐のピラミッドピークを皮切りに西穂高岳から奥穂高へと延びる岩綾、西に目を移すと蒲田川を挟んで対峙する笠ヶ岳、焼岳から乗鞍岳などの峰を望む。また、眼下には梓川の流れと上高地を見下ろす。山頂直下には鎖場があり、アルプスの岩稜登山デビューをめざす登山者で賑わっている。

  • 槍ヶ岳

    標高 3180 m

    槍ヶ岳は長野県と岐阜県の境界にある、日本で5番目に高い山。日本百名山の1つ。北アルプスで(というより日本で)穂高岳と人気を二分する鋭峰。周囲の山々からもそれとわかるシンボリックな姿をもち、燕岳からの表銀座コース、烏帽子岳からの裏銀座コースなど、北アルプス北部から南部の穂高岳方面へと続くコースのほとんどは槍ヶ岳で収束する。日本第5位の標高を誇るこの山の開山者は、江戸時代後期の浄土宗の僧、播隆上人。数年の準備期間を経て上人は1828年(文政11)7月、安曇野の中田又重郎を案内人に初登頂を果たしたが、より多くの人が登れるよう、その後何度も登って鎖などの設置を続けた。播隆上人については『槍ヶ岳開山』(新田次郎著)に詳しい。大正から昭和にかけての著名な登山家である加藤文太郎、松濤明が遭難死した山でもある。

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