滋賀の山一覧

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    【ご注意】 伊吹山は火気厳禁です。 滋賀県と岐阜県の県境に位置する日本百名山で、山頂部は滋賀県側にある。ドライブウェイによりアクセスがよく、登山だけではなく観光、自転車のヒルクライムやスキーなど様々な楽しみ方で親しまれている山である。自然保護などを目的に入山協力金を導入した数少ない山のひとつ。新・花の百名山にも選ばれており、この山で発見されたイブキジャコウソウをはじめ、シモツケソウなどが一面に咲く山頂部のお花畑はみごとだ。花の最盛期は盛夏だが、山麓から登る場合は日光を浴び続けることで体力の消耗が激しく、そのために夕方から登り始めて山頂にある3軒の山小屋で仮眠(有料)し、御来光を迎える夜間登山がいまも盛んに行われている。体力に自信がなければ、伊吹登山口からのコース途中の3合目までタクシーで行くか、伊吹スカイラインを利用するといい。冬は雪がたいへん多く、本格的な冬山装備が必要となる。

  • 御池岳

    標高:1247 m

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    御池岳(おいけだけ)は、滋賀県東近江市の鈴鹿国定公園内にある標高1,247 mの山。山腹の北東面は三重県いなべ市との境界に位置する。鈴鹿山脈および東近江市の最高峰。 山体は古生層の石灰岩からなり、藤原岳とともに鈴鹿山脈の北部石灰岩地帯に位置する。南北約3km、東西数百mの広い平らな空母のような山容の山頂部は「テーブルランド」と呼ばれている。山頂部には多くのドリーネの池とカレンフェルトが点在するカルスト地形が見られる。最大の池は、日本庭園近くの元池で、その南東には真ノ池がある。山頂部は丸山とも呼ばれ、山頂の西端には、ボタンブチ及び天狗の鼻と呼ばれる、崖の上の展望地がある。山頂からは御在所岳など鈴鹿山脈のほとんどの山が望める。遠く伊吹山、乗鞍岳、御嶽山、中央アルプスや恵那山などを望むこともできる。麓の犬上郡多賀町などでは雨乞いの神事が行われている。「東近江市八景」および関西百名山の一つに選定されている。別称が御池、丸山。

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    滋賀県大津・高島市境にある武奈ヶ岳(標高1214m)は琵琶湖西岸に南北に連なる全長約20kmの比良山地の最高峰で、日本二百名山に選定されている。山名の通り、山中にブナの林が広がっている。かつて比良ロープウェイ・リフトがあったが、2004年にこれらが廃止されたことにより、関西の貴重な高層湿原である八雲ヶ原は往時の姿に戻りつつある。南西側の葛川坊村(かつらがわぼうむら)からが最短コースとなるが、登り始めから急登が続き、思いのほかハードな道のりだ。他には琵琶湖側のイン谷口からのダケ道や正面谷経由、北東側のガリバー青少年旅行村から八淵ノ滝経由のコースなどがある。登山適期は4月中旬から11月下旬にかけて。

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    滋賀県大津市の蓬莱山は比良山地中部に位置する日本三百名山で、標高1,174mは比良山地の中では武奈ヶ岳(標高1,214m)、コヤマノ岳(同1,181m)に次ぐ高峰。「蓬莱」とは元来中国の伝説で仙人が住む霊山を意味し、比良山地も修験者の霊山であったことに由来していると言われている。びわ湖バレイのロープウェイを利用すれば30分ほどで山頂に行けるが、登山者なら安曇川沿いの花折を起点に展望のよい権現山や小女郎峠経由の縦走や、北面の白滝谷や汁谷を遡上するコースなどを歩きたい。打見山〜蓬莱山間ではゴールデンウイークごろに黄色のラッパスイセンが一面に広がる。一般的な登山適期は4月から11月で、盛夏は避けたい。

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    鎌ヶ岳は滋賀県と三重県の県境に連なる鈴鹿山脈の南部に位置している。ロッククライミングで有名でありロープウエイのかかった御在所岳の南にあって、花崗岩の山肌は崩壊が進んだ場所もある。鎖やロープもあるので、標高は決して高くはないが気が抜けない山である。

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    日本三百名山の藤原岳(ふじわらだけ)は、三重県いなべ市(旧藤原町、北勢町)と滋賀県東近江市(旧永源寺町)にまたがり、鈴鹿山脈の北端、御池岳の南に連なる標高約1,140mの山。全山が石灰岩で、山頂近くには雨水によって溶けた岩が林立する「カレンフェルト」やすり鉢状の「ドリーネ」と呼ばれるカルスト地形が広がる。山頂からは、伊勢平野、伊勢湾、木曽三川などのパノラマが見渡せる。東斜面は石灰岩の採掘が進み中腹まで地肌がむき出しになっているが、北東部は落葉広葉樹を中心とした豊かな自然が残る。花の山としても知られ、春のフクジュソウをはじめとする山野草が咲き競う。よく整備された表登山道(大貝戸道)と谷に沿った急勾配の裏登山道(聖宝寺道)があり、裏登山道登山口にある鳴谷山聖宝寺は天台宗の開祖、伝教大師最澄の開基とされ、伊勢西国三十三箇寺の第二十九番札所となっている。

  • 横山岳

    標高:1131 m

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    横山岳(よこやまだけ)は、滋賀県長浜市にある伊吹山地の標高1,132 mの山。 本峰の西峰と東峰からなる双耳峰であり、西側の北陸本線木ノ本駅からどっしりとしたその山容を望むことができる。西峰の山頂には、二等三角点(点名が「横山岳」、標高1,131.69 m)が設置されていて、気象観測施設(日本気象協会のアメダス)が設置されていた。滋賀県と岐阜県との県境稜線から南西側へと延びる枝尾根上にある。南面の白谷本流にある経の滝と五銚子の滝の間には延喜式内社の横山神社があったとされていて、古くから山岳霊場として栄えていた山である。経の滝は、南麓の杉野の神宮寺の僧侶が般若経を書写する際に身を清めた場所であることに由来する。五銚子の滝は、横山神社に捧げるお神酒の銚子を清めたことに由来する。山名はこの横山神社に由来する。関西百名山の一つに選定されている。冬は深い雪に覆われる。春にはカタクリやヤマシャクヤクなどの花の山として知られている。東尾根にはブナの原生林が広がる。

  • 綿向山

    標高:1110 m

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    鈴鹿山系の一つ綿向山(わたむきやま)は、滋賀県蒲生郡日野町、東近江市(旧永源寺町)、甲賀市土山町との境に位置する標高1,110mの山。鈴鹿山脈の主峰、御在所山から西に派生する尾根上にある。古来より山岳信仰の対象として崇められ、日野町が養蚕で栄えた土地であることから、糸を紡ぐ「わたつむぎ」が転訛して山名になったといわれる。また日野町では、1,100mの標高にちなみ、毎年11月10日を「綿向山の日」と制定している。頂上には、麓にある綿向神社の奥社、大嵩神社があり、参道が登山道としてよく整備されているので歩きやすい。山頂からは、東には雨乞岳を中心に鈴鹿山脈、伊勢湾が望め、秋冬の晴れた日には北アルプス穂高岳、御嶽山、恵那山、南アルプス塩見岳まで遠望できる。西には眼下に近江盆地が広がり、琵琶湖の向こうに比良山系が連なる。新緑や紅葉の季節はもとより、霧氷が楽しめる山としても知られている。

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    鈴鹿山脈の中央部に位置する標高1099mの山。山頂一帯は笹原ののびやかな稜線が続き、360度の展望を見ながらの尾根歩きが楽しめる。山頂もたおやかな地形で大勢の登山者がいてものんびり過ごせる。笹原に点在するシロヤシオの花が咲く5月中旬頃は、登山者で最もにぎわう季節にもなるが、緑の草原に羊が放牧されているようとも形容される様子は、竜ヶ岳を象徴する光景で一度は登りたいこの山のベストシーズン。シロヤシオが紅葉しススキが揺れる秋から晩秋も美しい。山頂へは難易度、体力、趣きの異なる4つのルートがある。最短距離で登れるのは金山尾根。遠足尾根も歩く人が多く道はしっかりとつけられているが、前半に樹林帯の急登が続く。中道は五階滝、魚止滝などを見ながら、竜ヶ岳のヨコ谷をたどり、一気に標高を上げていく登山道。自然林と谷の様相も美しいコースだが、途中、鉄梯子やロープ場がある箇所があり経験者向け。表道は石榑峠から山頂を目指す最短コース。宇賀渓からも小峠経由で登ることができるが、ザレた箇所が多く足元に注意が必要だ。巨岩が重なった「重ね岩」が表道の見どころのひとつ。

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    2

    霊仙山(りょうぜんざん、りょうぜんやま)は、滋賀県の犬上郡多賀町と米原市にまたがる鈴鹿山脈の最北に位置する標高1,094 mの山。山の東山腹は岐阜県大垣市上石津町と不破郡関ケ原町に属する。北側には伊吹山が対峙している。『花の百名山』として花の多い山であることが知られていて、シーズン中は多くの登山者が訪れる。 正式な読みは「りょうぜんざん」であるが、「りょうぜんやま」と読まれたり、「霊仙」と略称されることも多い。 近江国坂田郡(現・米原市)を根拠地とする地方豪族・息長氏の出身とも伝えられる平安時代前期の法相宗の僧であり、日本で唯一の三蔵法師である霊仙を、名祖(なおや)とする。「霊仙三蔵堂」が麓の醒井養鱒場の脇に建立されている。明治以前には「霊山」と呼ばれていて、祖先の霊が籠る山であることが山名の由来であるとする説もある。奈良時代に山頂に「霊仙寺」が建立されたと伝えられているが、現在はその痕跡は見られない。榑ヶ畑コースの登山口付近には、第二次世界大戦には約50戸、160人の榑ヶ畑集落があったが、1957年(昭和32年)に廃村となった。現在は緩やかな山の斜面に民家の石垣が残され、ユキノシタが見られる。経塚山(北霊仙山)に役小角の修行所があり、宣教大師が山麓に7つの寺院を建立したと伝えられていて、松尾寺がその一つである。