厳冬期 赤石岳 〜生と死の狭間でギリギリの登頂〜
荒川岳・東岳(悪沢岳)・前岳・中岳・赤石岳
(長野, 山梨)
2026年01月02日(金)〜04日(日)
3日間
33歳になった今でも、学生の頃の様に夢を追いその一つの目標の為に努力し本気で挑み涙する。
そんな登山人生を送れている今の人生程幸せな事ってあるのだろうか。
まず小笠原から帰って来た少ない休日の年始と言う時間に山に送り出してくれた妻には感謝しかない。
厳冬期 赤石岳。
南アルプス最深部の3000m峰への登頂を夢見たのは昨年2月に聖岳東尾根から見た来れる物なら来てみろよと言わんばかりの挑発的で、勇ましい姿をした赤石岳を見た事、自身の冬期南アルプス3000m峰完全制覇の為に必ず登頂したいと思った事が挑戦への決意だった。
これまでに冬期南アルプス3000m峰は仙丈ヶ岳、北岳、聖岳、塩見岳、悪沢岳と登頂して来た。
中でも南アルプス南部の悪沢岳、荒川岳、赤石岳の三山は体力的にも精神的にも非常に厳しい山域だ。
昨年、その一つの悪沢岳を登頂し今回赤石岳と荒川岳を狙った。
しかし年末、静岡市から思いもよらぬ発表がされた。
今シーズン沼平ゲートの冬期完全閉鎖。
自転車は愚か徒歩での進入も完全禁止。
赤石岳東尾根からの登頂を狙っていた僕にとって絶望的瞬間だった。
すぐさま、他ルートからの模索を始める。
いくつあかある中で目をつけたのが小渋川ルートだった。
このルートは120年前、登山家のウェストンが赤石岳へと登頂したクラッシクルートだ。
しかし林道の大規模な崩落による廃道、沢歩きによる20以上もの渡渉があり、9、10月の渇水時期を除き水量が非常に多く過去に流されるなど非常に事故の多い事、平成30年の行方不明者が未だ見つからない事、登山道自体も倒木が多く困難極まる事などから現在の小渋川ルートはほとんど立ち入る者が居なくなった。
それに厳冬期の記録が殆ど無い。
しかし南アルプス最古の山小屋があるのもここ小渋川上流にある広河原小屋だ。
南アルプスを語りたければ一度は広河原小屋に泊まるべしと読んだ事もあるほどだ。
とりあえずこのルートから赤石岳を目指してみようと決める。
出発当日、大鹿村の方と話す機会があり色々話を伺うとこの先は熊がとにかく多く、このご時世冬眠もしない個体も多いのでとにかく注意してと助言も頂いた。
相当な覚悟で挑まなければと気を引き締める。
釜沢〜七釜橋
この区間は林道だが凄まじい崩落が何度も行く手を阻む。
大規模な崩落により躊躇したくなる程の箇所が何ヶ所も現れます。
山側に高巻きし何度も越える。
途中に現れるトンネルは膝上まで水没し、足元はヘドロで埋まり気持ちが悪い。ウェーダーは必須だ。
そうこうしていると七釜橋が見える。
橋が現存してるのが不思議な程です。
七釜橋〜小渋川〜広河原小屋
七釜橋を渡りすぐに河原に降りる。
ここから渡渉が始まる。
広河原小屋までとにかく長く歩きにくい上に深みにはまり流されない様に神経を使う為、非常に疲れる区間。
水もかなり冷たいのは当然だが熊の存在がとにかく無駄な恐怖心を煽って来た。
渡渉を20以上、できそうな場所を自分でルーファイしながら探していく。
いくつ渡渉したか分からなくなって来た頃に右手に尾根が現れそこを入って行くと広河原小屋がポツンと姿を表した
最古と言われるだけあってボロボロなのだろうと想像したが扉を開けると以外にも綺麗で快適な空間だった。
10年以上前に設置された宿泊者記帳を見たが数年に数人しか来てない事が明らかだった。
2日目
広河原小屋〜船窪
小屋からはしっかり積雪。
取付きが崖で非常に危険と感じた。
2000mまではとにかくバカ急登で倒木が多くかなり疲れる。
登山道と言うには程遠い。
船窪で夏道のトラバースと尾根沿いの2ルートに分かれる。
今回は好きな所から稜線目掛け直登したかったので登りは夏道のトラバースから適当な場所で直登を選択。
下山は尾根を使った。
船窪〜大聖寺平
ラッセルとクラストで非常に困難を強いられた。
適当な場所から主稜線を目指したが途中の岩雪ミックスが最大の核心となった。
クラストでアイゼン、ピッケルが中々刺さらず難儀。
ルンゼを見つけそこから一気に登攀した。
大聖寺平〜赤石の肩
主稜線に乗って安心も束の間、ここから一気に400m高度を上げ肩に乗らなければならない。
アイスバーンで非常にきつい区間だった。
目で行けそうなラインをオブザベし肩まで一気に登り上げた。
上がる頃には天候は崩れ、視界不良と爆風に襲われ出す。
赤石の肩〜小赤石岳
この区間は視界が悪く雪庇の踏み抜き、滑落に細心の注意を払った。
爆風により凍死する焦りが生じだし、休みたいと思うが止まれば危険だとラッセルで今にも倒れそうな身体を何度も鼓舞し、歩き続ける。
撤退も頭をチラつき始めるが、まだこの風なら行けると諦めずに進む事を決断。
小赤石を越える所は雪庇帯が複雑で見極めが難しい場面もあった。
小赤石岳〜赤石岳
手元の温度計で−24℃、風の強さから体感温度は−30℃はゆうに下回っていただろうと予測。
この時点で全身凍りつき軽い低体温症を引き起こしていた。
顔と鼻は凍傷を引き起こしていた。
しかし山頂は目前、加え避難小屋が山頂にある事から登頂する一択で、絶対に身体を止めるなと気持ちだけは切らさなかった。
山頂が近づくにつれ西陽が差込み、登頂を祝福されている様だった。
山頂標柱に辿り着くと崩れ落ち、大粒の涙と声を大にして大号泣した。
過酷な時間と夢に見た厳冬期赤石岳の山頂に着いた達成感にあまり泣くと目まで凍傷すると思いつつも溢れて止まらなかった。
赤石岳避難小屋
小屋に入って緊張感から解放されたのも束の間、全身の強い震えと背中の痛みが襲い、肩が上下し声が出るほどの呼吸にも関わらず空気が全く入ってこない。
ここで、自分は低体温症になっていると自覚し、ヤバいとテンパリだす。
すぐさま、扉周りの雪を集めて湯を沸かし服の中に持っているカイロを10以上詰め込みシュラフに包まり湯を飲みながらバーナーを浴びて身体を温めた。
1時間程経った時に呼吸が落ちつきこれからの決断を下す。
このまま3000mの稜線を歩き荒川岳を目指すのは死に直結する
夜が明けるのを赤石避難小屋で待ち翌日真っ直ぐ下山しようと決断した。
避難小屋のこの時の気温が−19℃。
風が凌げるだけで全然違った。
翌朝
全身が痛い。
凄い疲労感だが、低体温の危険は脱したのだと思う。
小屋の扉を開けたら雲一つ無いもの凄い絶景が出迎えてくれた。
2日間の苦労が報われた瞬間だった。
風も10m弱と穏やかだった。
荒川岳を目指し、荒川小屋でもう一泊もありか?と一瞬頭をよぎったが前日、クライミング友達のしょーご氏と荒川岳はあなたと目指したいと約束した事もあり今回は大人しく下山する事にした。
大聖寺平からは尾根から下山する。
ラッセルと踏み抜きで逆にキツかった。
昨日の自分のトレースと合流してから広河原小屋まではあっと言う間だった。
小屋に着き、宿泊者記帳に登頂した事を記しデポしていたウェーダーとテントを回収。
登山靴からウェーダーに履き替え七釜橋まで沢下りを始めた。
昨日の天候の崩れで雪がかなり降ったのだろう。
沢は雪が被り何度も滑り転けた。
七釜橋に着き一安心。
後は崩落林道をダラダラと歩けば車が停めてある場所に辿り着く。
結局、熊に出会わず無事に3日間の工程を終えた。
小笠原諸島で皆が雪山を楽しむ姿を唾を飲みながら見ていた。
雪山に登れないもどかしさ、アルプスに行けないストレス。
だから、限られた1回のチャンスで登頂しないといけない。
その為に1000㌔も離れた孤島から僕ができる事はとにかく走って走ってその1回に賭ける事だった。
敗退は余程の理由が無い限り許されない。
まだ、まだだ!絶対に諦めない!
その一つの気持ちだけで初日、2日目と乗り切った。
そんな小笠原でのトレーニングの日々、2日間の苦行がフラッシュバックし3日目に山は応えてくれたのだなと。
バキバキに痛む身体中を摩りながらずっと見たかった赤石岳山頂、厳冬期の南アルプス最深部から見る景色を目に焼き付け、努力は嘘をつかないと信じて過ごした期間は間違いじゃなかったのだなと今年一番最初の赤石岳のピークに立てた人間としての喜びを感じて居ました。
そして改めて僕は南アルプスが好きで好きで堪らないと再認識しました。
とは言え、死も散らつく程ギリギリだった。
山を舐めている訳ではないが改めて厳冬期3000m峰の厳しさを身をもって感じた山行になった。
今は本当に生きて下山できた事を素直に喜びたい。