09:27
16.2 km
1704 m
今年最高の登山:初めての白山(御前峰)・大汝峰登頂
白山・別山・銚子ヶ峰 (岐阜, 福井, 石川)
2023.11.09(木) 日帰り
投稿日時:2023.11.12 19:10 道の駅 琵琶湖大橋米プラザ にて 【はじめに】 白山登山を考えてから、ほぼ1年後に、やっと達成した。 考えてみると、今回の登頂まで、何度か試みたが、上手く行かなかった。 そのため、白山に対するハードルが、これまでの山とは違って、何かしら高いものように思うようになっていた。 今回の旅は、7月17日に自宅を発って、3ヶ月半を過ぎて来て、ぼちぼち終盤になって来た頃に白山登山を強く意識して、わたしが想定した白山登山登山口のエリアである白川郷で過ごすことにした。 これまでの白山登山に関わる行動を書き出してみる。 最初に、白山登山をするために、別当出合登山口にやって来たのが、ほぼ1年前の11月19日だった。 その時、吊橋の踏板が全て撤去された風景を目にした。 そんなことと、直近での天気も芳しくないことから、その時は登山を諦めた。 ◆白山市にて:白山登山口(別当出合)の下見に行ってみた https://yamap.com/activities/21074434 そして、今年の3月に、1月下旬から4週間居た北海道からの南下中の、5月12日にまだ雪がかなり残ってる残雪期の登山を試みた。 市ノ瀬から別当出合までは、この時期、まだ通行止めで、市ノ瀬のビジターセンターに駐車して、別当出合までは、車道を歩くことに。 その時は、既に別当出合の吊橋の踏板は設置されていた。 甚之助避難小屋を経て、数百mほど上がった地点で、上りで細い雪道のトラバースの直前で、脚を攣りそうになっていたことから、安全第一に引き返すことを決断して、結果的には中途で終わった。 ◆ 初めての白山登山は登頂に至らず https://yamap.com/activities/24218810 そして、直近では、11月5日に、白山と三方岩岳の登山を目的に前日の塩尻市での用件を済ませて、その夜に道の駅白川郷に着いた。 天気の関係から、8日と9日の両日に白山と三方岩岳の登山をすることにした。 しかしながら、7日に白川村のしらみずの湯♨️に入浴した際に、受付の女性といろいろ話をしていた時に、白山の平瀬道の登山口までの県道が、6日から冬期通行止めになったことを聞かされた。 そして、もう一つの登山口の別当出合の吊橋の踏板の撤去作業が8、9日と予定されていて、念のため、関係のところに電話して聞いてみたら、その日も含めて渡れないことがわかった。 そのため、白山登山が白紙になった。 それでも、白山の登山地図から、別当出合からは他のルートで白山登頂が可能ではないかと言う確信が持てた。 それでも、実際に歩いて見ないと分からないのだが。 そんな経緯から、8日は道の駅白川郷から近い白山白川郷ホワイトロードの馬狩料金所から三方岩岳へ登山し、下山したらホワイトロードで白山市に向かうと言う結論になった。 そして、9日早朝に別当出合まで車で行って、白山登山をすることにした。 登山前日の8日は、無事に三方岩岳登山を終えて、予定通りホワイトロードを走って、道の駅瀬女(せな)に着いた。 そして、改めて、今回の登山ルートをGoogleマップのナビ設定で、確認した。 わたしが考えついたルートは、別当出合から登山するものの、吊橋を渡らず、観光新道も歩かず、県道33号を歩いて中飯場に出ると言うもので、最大の問題は県道から中飯場までの山道が歩けるかどうかということだったが、Googleマップではちゃんとナビが機能したので、大丈夫だと判断した。 ところが、現実には、中飯場まであと1kmほどの地点で、驚くことになる。 【ほんだい】 前日、白川郷から移動して車中泊した道の駅瀬女(せな)で、4時起床。 トイレに行って、洗面のあと、登山の準備。 飲み物としてはスポーツドリンクを2本のペットボトルに入れる。 昼食として、発芽玄米の残りの200gひとパックと魚肉ソーセージと竹輪と一緒に炒めて、炒飯の素を混ぜ合わせて、変わったチャーハンを作っていたのを、タッパーごとレンジで加熱。 併せて、煮出していた韃靼そば茶をペットボトルに入れて加熱。 ザックにチェーンスパイクと衣類を詰め、飲み物を下にして、タッパーと熱くした蕎麦茶のボトルは一緒に保冷袋に入れてからザックの上部に詰める。 大体、登山の準備ができて道の駅を出発。 登山計画では、中飯場に8時着いてから、その後下山に至るまでのルート設定をしていた。 Googleマップの別当出合の登山者駐車場から県道を経ての中飯場までの歩きは4.0kmで、1時間余り。 6時半過ぎて、別当出合登山者駐車場に着いてすぐに、登山靴の靴紐を締めて歩き出す。 6:44に吊橋の手前で踏板が撤去された吊橋の様子を撮影してから、県道を歩き出す。 そうすると、予定では8時までには、十分、中飯場に着くことになっていた。 中飯場の手前200m付近で、県道から逸れて山道に入ると予想していた。 県道の歩きは、わずかな上りで、楽に歩けた。ほぼ40分歩いたところで、渓流のある深い谷を横切ることになっているのだが、その橋に近づくと遠くから、円柱状の大きな構造物が3つ並んでいる様子が見えた。 かなり近づいてわかったのだが、橋がかかっていたところが、ストンと何も無くなっていて、車の通行を遮断するための、円柱状のコンクリートが置かれていたことがわかった。 その付近には、撤去した後の橋の構築物だと思われるものが整理されて置かれていた。 これには驚くとともに白山登山はボツになるのか?と頭をよぎった。 次に一瞬閃いたのは、一旦引き返して観光新道の歩きを考えてはみたものの、時間的にも先ず無理だと思った。 それで、本当に向こうの道路に渡れないのか、よくよく眺めてみると、もしかしたら渡れるかも知れないと思って、先ずは、渓流の流れと岩場の様子を見た。 渓流の岩場まで、降りることができれば、渡れるそうだと判断。 問題は、下に降りて行けるかどうかだった。 この辺りは、治山工事で、砂防堤が幾つも構築されているのだが、橋のそばの砂防堤側に、伸びて枯れた背丈の高い草地を掻き分けて、コンクリートの端に近づくと、なんとか降りれると判断。 慎重に降りて行くと、意外と楽に岩場に降りて行け、次の課題が、渓流を超えて対岸に行けるかどうかであった。 少し、岩場を観察してみると、割と楽に岩の上を渡って行けそうなところがあり、実行。 こちらも、意外と楽に渡渉できて、あとはすぐに道路に上がることが出来た。 多分、5分くらいのロスで済んだような気がするが、それにしても、想定外のアクシデントに遭遇したものの、なんとかクリアできたのは、すごくラッキーだったところで思った。 その後も、何某かのアクシデントが無いことを祈って歩き進むと、予想していた中飯場への脇道が見えて来た。 もうすぐ中飯場だと思って、気持ちが楽になった。 やがて、中飯場の建物(トイレだと着いてみてわかる)の屋根が見えて、すぐに中飯場のベンチのある場所に着いた。 トイレは閉鎖されていた。 その後は、YAMAPでルート設定した通りに歩くことになる。 この日は、登山者はとても少ないように思った。 それは、中飯場を過ぎても、しばらくは登山者を見かけなかったからだ。 しかし、歩き進む内に、わずかながら先を歩く登山者に出会う。 その内、随分時間が過ぎた頃に、追い越して行く人や、ずっと前方にも人の姿を見るようになって来た。 この5月に、甚之助避難小屋からもう少し上までは歩いていたので、そこまでは二度目の歩きで、残雪期の歩きとは違って、歩きやすかった。 何分、登山道がよく整備されていた。 前回は、途中からは雪道のため、よくわからなかった。 甚之助避難小屋に着いて、前回のことを少し思い出した。 前回は、二人の男性が避難小屋の整備の仕事をしていて、少し話しをしたのだった。 そして、今回と前回とでは、その付近の様子が全く違っていることを改めて認識した。 前回は、この避難小屋を過ぎたところからの雪の急登の歩きに手こずっていた。 今回、すごく楽だと実感。 やがて、前回引き返すことになった地点に着いた。 改めて、雪を被った道とはまるで違っていて、やはり雪山登山の厳しさを思い至った。 挫折した地点を、楽に歩いて、黒ボコ岩の地点に着いた。 その後は、結構な急登が続いて、やがて下山で歩く予定の観光新道との分岐点に到着。 その分岐点過ぎると直ぐに、木道の歩きになり、笹で覆われた平地が広がっていて、すごく眺めが良くて、歩きが楽しくなって来た。 そのエリアが弥陀ヶ原だと知る。 やがて、白山室堂に着く。 既に、白山登山が終わった時期で、施設は全て閉じていた。 登山者の姿をわずかに見かけるほど。 登山シーズンでは、多分多くの登山者の姿があるのだと思う。 白山奥宮の横を過ぎて、御前峰を目指す。 その頃になると、それまでほとんど無風だったのが、風が強くなって来た。 山頂では、そこそこの風で、ほぼ予報通りの風速7m/sくらいなのだろうと思った。 室堂から山頂に向かう石畳の歩きと途中で、年配の一人の女性と出会った。 その女性は、ちょっと着替えをしていたように見えたが、出会って少しお話をして、その後は数百mほど、歩きながら会話した。 その後、女性の方が先に行ったのか、記憶がないが、山頂に着いて、再会することに。 山頂では、その女性のお仲間の女性が一人いて、二人グループの登山だったことを知った。 凄く歩きの早い男性が、途中追い越しで行っていたが、山頂にはその若い男性が写真を撮っていた。 そして、女性二人組みから依頼されて、ツーショットの撮影をしていた。 その後、男性から頼まれて、彼の写真を撮った。 山頂では、先の年配の二人組みと少しおしゃべりをした。 二人とも、日本百名山を踏破したとのことで驚いた。 わたしの歳が71歳だと言うと、途中で話しをした方の女性は、四捨五入したら80歳だと言って、三人して笑ったが、見かけによらずなかなか楽しいお二人だった。 白山には、何度も登っているような話しでもあり、年配の方は、あだ名が『やまんば』だそうで、言われて納得した。 別れ際に、山頂で二人の美人に出会えてよかったと言うようなことを言ったら、四捨五入で80と言われた方は、「わたし、白山美人」とおっしゃって、年下の方は、小松市の方だそうで、「わたしは小松美人だね」と言った会話をした。 ほんのわずかな時間、楽しいひとときを山頂で過ごした。 その後は、次の大汝峰に向かう。 大汝峰への歩きの途中は、『お池めぐりコース』になっていることをその時知った。 幾つかの池を上から眺め、やがて近くからも眺めながら歩く。 とりわけ、翠ヶ池の翡翠色はなんとも言えない素晴らしい色彩だった。 幾つかの池を眺めて歩き進むと、大汝峰への分岐点にさしかかった。 その時、ほぼ正午前で、お腹が空いていたので、持参した手作りのチャーハンをいつも使っている漆器のスプーンで食べた。 何分、結構な量だったので、食べ過ぎると歩きに支障を来たすと思って、2/3ほど食べて、残りはタッパーにしまった。 それでも、ちょっと食べ過ぎたようで、その後の大汝峰への歩きは、体が重たく感じられた。 実は、食べ終わる頃に、大汝峰から下りて来た中年の男性と会って、言葉を交わした。 その男性の話から、大汝峰の山頂の風速はかなり凄いこと、山頂までの歩きでも、風の他にザレ場からガレ場だったかはっきりしないが、用心して歩いて方が良いとのアドバイス遠もらった。 その後は、御前峰に向かうとのことで、御前峰の風のことを伝えた。 それで、別れ際にお互いお礼を言い合って、見送ったのだった。 食べ終えて、一息入れたところで、風と足場のことで、一段と気を引き締めることにして、歩き出す。 意外と早く、大汝峰山頂に着いた。 そこからの眺めは、また違った位置で新鮮な感じがした。 兎に角、この日は晴れ渡ったいい天気で、眺めは抜群に良かった。 ただし、大汝峰での風は半端ない強さで、暴風と言った方が良いくらいであり、一昨年の3月に雌阿寒岳山頂から下山初めてすぐに体験した爆風に近いものだった。 流石に爆風とまでは言えない風ではあったが、雌阿寒岳の爆風の体験から、改めて学んだことを思い出した。 なんとか、暴風下風に煽られながらも、何枚かの写真を撮った。 幸いに、山頂は大汝神社になっていて、石の構造物が多少の風除けで、大汝峰の石の標柱と一緒に、石の上に置いたスマホで自撮りが出来た。 写真は、傾いて写っていたが、その場で写真の編集機能を使って修正してみた。 大汝峰からの暴風下での下山もなかなか大変だった。 その後は、室堂まで歩き進め、室堂からは、観光新道の分岐点までは、来た道遠引き返す。 観光新道に移ると、随分と登山道の状態が砂防新道とは異なって、ある辛くなった。 それでも、ほとんど下りなので、キツさはそれほど生じないものの、やがて膝への負担感が増すようになった。 そのため、歩くペースを落とし、なるべく負担のかからない歩きを努めることに。 下山途中で見えた殿ヶ池避難小屋に着くと、展望スペースがあって、ご夫婦らしい中年の二人が食事中だった。 声をかけて少し話しをした。 登山口は別当出合で、踏板を撤去された吊橋の関係から、観光新道での往復だとのことだった。 その時、丁度2時になっていて、下山にあと2時間はかかりそうなので、先を急ぐことに。 途中、砂防新道とはかなり違って、どちらかと言えば、余り歩きたくないコースだと思えた。そのため、上りでは、かなりの急登もあり、吊橋のことがなければ、ほとんどの人は砂防新道を歩くのではないかと思った。 わたしの場合は、前日の三方岩岳山頂で、たまたま出会った白山市の登山者の女性から、観光新道のことを聞いていて、急登の登りの大変さを思ってことから、下山時にこのコースを歩く選択をしたのだった。 改めて、そのことは正解だったと思った。 下山時も、多少の問題はあったものの、ほとんど何事もなく、別当出合に戻ることが出来た。 結果としては、天気が良かったことはもちろんだが、このエリアの風景には魅了された。 山の険しい景観も弥陀ヶ原の平原や室堂平の景色、そして池めぐりコースで見た幾つもの池の景観、いろんな景色を堪能出来た登山だった。 併せて、想定外のアクシデントをクリア出来たのも何よりだった。 次は、大白川野営場の登山口から平瀬道のコースで、白山登山をしたいと思う。