奥穂高岳・前穂高岳
槍ヶ岳・穂高岳・上高地
(長野, 岐阜, 富山)
2024.11.09(土)
日帰り
土日が晴れ予報。日帰りロングにしようかテント泊にしようか、どこへ行こうか考える。不安と期待の両方が湧いたのは穂高岳だった。
ずっと剱、槍、穂高を避けてきた。
ヘルメットが必要な山は危ないので登らないと決めていた。ただベテランの登山者と話していると、その三峰に登ったかどうかで力量を計られていると感じることが間々あり、受け流しつつも何か引っかかっていた。
去年、冬山を登る為にヘルメットを買った。すると夏の岩山も選択肢に入るようになり、徐々に難度を上げて遂には剱岳に登ってしまった。こうなったら槍穂も登ってしまおうと先週の縦走を計画したが、台風に邪魔され槍ヶ岳のピストンとなった。穂高は来季にしようと思ったが、チャンスの前髪が見えたら掴みたくなった。
個人的に、穂高岳は日本の山岳の頂点に君臨する山だと思っている。標高や難易度、眺望や山容といった基準を設けたとしたら、どれも高い評価になるだろう。
だが足元に広大なテント場や観光地を抱え、シーズン中は人が多くて近寄り難い。小屋じまい後のこの時期なら空いているだろうと踏み、先週は渋滞にはまり翌日の仕事に身が入らなかったので、土曜の日帰りとする。問題は上高地のマイカー規制。6時〜17時半というバスの縛りがあるので、10時間で降りて来られる行程を検討する。
前穂だけになるか、奥穂、ジャンダルムまで行けるか、12時にどこにいるかで決めようと金曜夜に出発する。
翌朝の券売所には行列ができていたが、すぐに流れて始発に乗ることができた。6時半に上高地バスターミナルから歩き始める。河童橋から穂高の山々を見上げるとうっすら雪化粧している。しまった、荷を軽くするためチェーンスパイクを車に置いてきてしまった。
木道と石畳を抜け岳沢小屋から重太郎新道に入る。前穂と奥穂の分岐である紀美子平までの1.3kmで750mを登る、標準コースタイム3.5時間の急登。確かに厳しい道には違いないが、カモシカの立場、雷鳥広場と適度に休憩できる場所が作られ、綺麗に整備された爽やかな道という印象を持った(快晴で絶景だったし)。何よりこの急峻な崖に道を拓き、維持してくれていることに登山者への思いやりを感じる。
紀美子平で時計を見ると9時半。即決で奥穂に向かうと、先程まで薄かった雪が足首まで積もっている。奥穂側から来たらしいトレースを辿ってツボ足で進む。日当たりや地形によってサラサラの雪もガリガリの雪もあり、氷も隠れていて慎重になる。
トレースが風に消されて固まった雪のトラバースが現れる。参ったな。山側に体を預けて岩やハイマツや根っこ、掴めるものは何でも掴み、靴先を雪に蹴り込んで足裏の感触を確かめる。岩だったら必ず滑るので場所を変える。滑れば岳沢へ真っ逆さま。滑落のニュースを想像し、なりふり構わず山肌にしがみ付く。呼吸が浅く、爪先が痛い。渡り切って振り返るとほんの数歩で斜度もそれ程ないように見えるのだが、その一歩一歩に労力を使う。トラバースと岩場を何度も越えるうちに、腕にも足にも疲労が溜まっていく。這々の体で岩の間を上がるとそこは南陵の頭で、山頂の社が見えた。ここからは所謂ビクトリーロードかな、と思うのだが体を動かす気力が尽きており、岩の間で風を避けて休憩する。
広さのある山頂で全周の山々を眺める。乗鞍、御嶽、立山、白馬、大朝日などは白くなっているが、八ヶ岳や南アはまだのようで、富士山も黒々としている。
北岳の標高を越えるために今田重太郎が積み上げたという3mのケルン。その上に据えられた社に手を合わせる。
そして行手に聳え立つジャンダルムを見る。垂直の絶壁を備えた要塞だなと生唾を飲み、時計を見ると11時半だったので引き返すことにする。また来よう。
この時間になると雪は弛んでおり、数時間前の苦労が嘘のようにサクサクと歩いて、紀美子平で岳沢を見下ろしてゆっくりする。良い所だな。時刻は13時で、14時に下り始めれば充分だろうと目算して前穂をよじ登る。
山頂で振り向くと奥穂がいて、思わず「かっけー」と声が出た。どっしりと重量感があり均整の取れた三角錐。黒くゴツゴツした岩肌を薄く付いた雪が強調している。左にジャンダルムを従え、右には涸沢や北穂、槍ヶ岳が連なっている。まさに王者の風格。剱岳が城なら穂高は国だなと圧倒される。
紀美子平へ戻ると14時で、ザックを回収して下山を始める。山側を向いたり座ったり、手も足も使って下る。躓きが増え、疲労が溜まっていることに気付く。1日を通じて全身を使う山行だったなぁ、と考え事をしていると転ぶので目の前に集中する。岳沢小屋で最後の休憩をして石畳を更に下る。梓川沿いから見上げると、穂高は夕暮れ間近の陽光に照らされ、さっきいた岳沢はもう遥か彼方。上高地は海外からの観光客でごった返しており、足早にすり抜けてバスターミナルへ向かう。行列ができていたが、すんなりと16時15分発2台目のバスに乗れて沢渡駐車場へ戻る。三峰登頂の免許証を得て、胸のつかえが消えていた。