- 19:22
- 29.4km
- 3168m
裏越後三山は、新潟県の美しい自然を堪能できる登山コースで、特に紅葉のシーズンにはその魅力が一層引き立ちます。登山口は銀山平に位置し、駐車場は約10台分のスペースがあり、トイレも完備されています。コースは荒沢岳、中ノ岳、越後駒ヶ岳を含む約30km、標高差3000mのロングトレイルで、体力に自信のある健脚者向けです。 登山者たちの体験談によると、特に荒沢岳へのアプローチは急登が続き、鎖場やハシゴが多く、緊張感を伴う挑戦的な部分が魅力です。初めての方には難易度が高く感じられるかもしれませんが、達成感は格別です。特に、荒沢岳からの眺望は圧巻で、360度の景色が楽しめます。紅葉の美しさも相まって、心を癒す瞬間が訪れます。 稜線歩きは開放感があり、特に灰吹山から兎岳にかけては、草紅葉が美しく、心地よい風を感じながらのトレッキングが楽しめます。中ノ岳への登りは辛い部分もありますが、仲間と励まし合いながら進むことで、より一層の達成感を得られます。 越後駒ヶ岳に到達した際の感動は、登山者たちの記憶に深く刻まれています。山頂からの眺望は素晴らしく、周囲の山々を見渡すことができるため、思わず笑みがこぼれる瞬間です。下山時には、駒の小屋での休憩もおすすめで、冷たい水を飲むことで疲れを癒すことができます。 このコースは、特に秋の紅葉シーズンに訪れることをおすすめしますが、急な天候の変化には注意が必要です。登山後は、近くの温泉で疲れを癒し、美味しい地元のグルメを楽しむこともできます。全体的に整備された登山道ですが、急な斜面や滑りやすい場所もあるため、足元には十分な注意が必要です。仲間と共に挑戦し、自然の美しさを満喫する素晴らしい体験が待っています。

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コースマップ
活動概要
- タイム
- 19:22
- 距離
- 29.4km
- のぼり
- 3,168m
- くだり
- 3,169m
標高グラフ
チャート
チェックポイント
このコースで通過する山
「裏越後三山(荒沢岳-中ノ岳-越後駒ヶ岳)周回コース」を通る活動日記
すべて見る- もらった絵文字252写真16枚18:5830.1 km3125 m
- もらった絵文字175写真20枚19:1131.0 km3110 m
越後裏三山周回
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年10月10日 (土)日帰りお誘いを受けて裏三山を歩いてきました✨ 銀山平より時計回りスタート👍️ 今回気になってたのが水分の確保。 大汗かきの私は水分ないと活動できないのです😥 駒の小屋は水ありますが、あとはどうするか⋯🤔 スタート時は2.4㍑の水を持ってましたが、駒の小屋まではたぶん足りないので中ノ岳の雨水タンクから分けていただこうという作戦😁 ところが肝心な浄水器を忘れてきてしまって絶望してしまう😩 なんとか駒の小屋まで歩きましたが生きた心地がしませんでした(笑) 水は大事ですね😆 今回異常なほど時間かかってしまいましたが、あささん体調不良でペース上がらず😰 ブラック下山となってしまいましたが、まずは怪我なく降りれたことが一番かなと思いました😮💨
- もらった絵文字101写真36枚23:4730.6 km3084 m
裏越後三山20261003.4
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年10月3日 (土)〜4日 (日)2日間始めから過酷なことは覚悟してましたが予想以上でした。急登、岩場、鎖場、藪漕ぎ、全てが強烈で縦走ルートは登山道が狭い、滑る、傾いてる、切れ落ちてるので一歩一歩を丁寧にやらざるを得ませんでした。初日は避難小屋まで行く予定が日没までに行けずヘッデンでの登山は危険でしたのでビバーク、後から聞くと、かえってよかったみたいで小屋はパンパン、もうスペースがなかったようでした。 そのかわり2日目はその分歩く羽目に。 しかし、2000mクラスとは思えないくらいのかっこよさ、美しさ、疲れは吹っ飛びませんでしたが絶景をみることが出来てよかったです。 下山は日没までにできました。無事で何よりでした。
- もらった絵文字221写真57枚24:2931.9 km3152 m
裏越後三山周回 疲れた😫
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年10月3日 (土)〜4日 (日)2日間深田久弥も登頂出来無かった荒沢岳を目指します🤞 総じて:距離、累積標高では、表現出来無い山容、無茶苦茶疲れたー😩病み上がりできつ☹️ まず荒沢岳登山口から、30分急登の洗礼を受けます。その後鎖⛓️梯子🪜直登、両側切れ落ちてるし滑るし、気を休める事が出来無い😮💨その後の長い鎖場⛓️は、いったん入ったら上りきるしかありません。抜く事も、すれ違い等、いっさい出来無い、写真を撮る余裕は、全くなし(岩場が苦手なんで)前嵒までで、かなり体力消耗しました🥵荒沢岳までも、トラバースも直登も、かなり、しんどい😫 荒沢岳から灰の又山までは、背丈を超える、藪漕ぎが続きます。ヘビーです 兎岳名前は可愛い❤のに、山は全く可愛いくない😠 ☹️この後、中ノ岳避難小屋目指すもこの調子では、上がれないと判断し、久しぶりのビバークをしました。ツェルトを使用しました。テントだと張る場所は無いです。(避難小屋は人が入れない位大盛況だったそうです) 2日目スタート忘れて、軌跡飛んでます。😂登山道は、笹の根や草で滑るしその上に斜めで歩きにくい。中ノ岳無茶きついぜ! この2日間で、ニセピークをいっぱい越えて、やっと駒ヶ岳ロックオンここに来たかった😊もう少し👍 駒ヶ岳の直下からは、パラダイスの様に、歩きやすい登山道に変わりました。駒ヶ岳登頂🙌🙌🙌後下山しますが、長かったー☹️ケガ無く、無事下山出来ました。ありがとうございました😊
- もらった絵文字42写真11枚15:3330.1 km3076 m
裏越後三山
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年10月3日 (土)日帰り今週末は晴れるとの予報だったので、新潟にきました♪ 観光と本気丼が目的のリラックス旅のはずだったのに気がついたらこんなことに… 荒沢岳までの道は噂通りの難所。鎖場、ハシゴ、崖などなど…。ここで一気に体力を奪われました😭 荒沢岳から灰吹山までは藪漕ぎ。足元が見えないどころか、顔の高さまでの薮があり大変💦 灰吹山から兎岳までは歩きやすい道でした。稜線歩きが気持ちイイ。 兎岳から中ノ岳までは急坂だったり、道が細かったりして以外と歩きにくかったです。この辺からタイムロスが出てきました😨景色は最高でしたが、疲れていてあまり楽しめず… 中ノ岳から越後駒ヶ岳は途中までは歩きずらい尾根を歩いていましたが越後駒ヶ岳が近づくと広く歩き安い道になりました。ここまで来ると「あと少し!」と思えて頑張れました。越後駒ヶ岳についた時間は15時半。日没までの時間を、考えると余裕がない。小屋泊の人がゆっくりと過ごしている中、1人だけ駆け足で下山🏃♀️ 越後駒ヶ岳からの道は階段や木道があり歩きやすい道でした。階段があることに感動することになるとは笑 しかし中盤の遅れを取り戻せず、日没までに下山できず…林道に出るまでの最後の30分は完全にナイトハイク。暗くなる前に林道に着きたかったのでこれは反省。ペースを振り返ると自分の実力を超えた山行でした。実力を過信しすぎないようにします🙇
- もらった絵文字851写真177枚13:5330.0 km3067 m
時を廻りて戻り来よ
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年9月25日 (金)日帰り9月も末頃になり、東北地方のほぼ全域が紅葉最盛期に入った。 気温的にはまだまだアルプスに赴ける時期だが、今年はどうしても休みの日に限って容赦無く秋雨前線が被る。 “山は逃げない”と耳に胼胝が出来るほど聞いてきたが、最近の異常とも言える環境を見ていると単なる綺麗事でしか無いと思い知らされる。 要するに、“山は逃げる”という事。 もう少しだけ高いお山に行きたいと思うこの頃…。 そんな中、シャガルマガラより何処か行きたいと強請ってきた。 金曜日の天気を見ると、アルプスあたりはそこまで期待できるほどではなかった。 そこで今回は、とあるお山へ行ってみる事にした。 その名は、「中ノ岳」。 新潟県は越後山脈…その中心部にあたる谷川連峰の北端に位置するお山で、日本百名山たる越後駒ヶ岳、お酒で知られる八海山とともに“越後三山”を成している。 そんな中ノ岳へ、シャガルマガラ、奇しき赫耀のバルファルクと共に挑むこととなった。 降り着いたのは、荒沢岳登山口駐車場。 早速登り始める……。 開幕から渡渉が出てきて、ゆっくり渡ったのち真っ暗闇の中長い急登に臨む。 中ノ岳へ登るなら、普通南魚沼の十字峡から日向山もしくは利根川源流を経由して登るのが一般的である。 では、なぜ本日荒沢岳登山口から登るのか…。 それはこの中ノ岳には、日本百名山を著した深田久弥が挫折を味わった荒沢岳を従えた新潟県屈指の恐ろしい縦走路が存在する。 それこそ今回挑むものであり、 越後の穂高『裏越後三山縦走』と呼ばれている。 よく修験で知られる越後三山は、日本200名山の中ノ岳を主峰として、日本百名山の越後駒ヶ岳と日本200名山の八海山を繋ぐ代物。 それに対して裏越後三山は、八海山を“荒沢岳”に置き換えたものであり、その3座を繋ぐ新潟県屈指の危険かつ極上の縦走路である。 一昨年八海山を攻略している…それもあって未踏の荒沢岳と中ノ岳を1日で繋ぎたいという目的の為裏越後三山縦走へ手をつける運びとなった。 真っ暗闇の中、深い樹林帯を登っていく。 この時点では足をとられるような場所はほとんどないが、両側の笹が湿っていて非常に濡れる。 急な樹林帯をだらだら登っていくが、自分はまだこの裏越後三山縦走の真の恐ろしさを知る由もなかった…。 登り始めてからざっくり30分…汗が滲み始めた頃最初のお山である前山に着いた。 特に標識などはなく、ただ道端に三角点が埋まっているだけだった。 前山を越えてさらに進む。 一旦僅かに下りたのち、概ね緩やかな登り下りを繰り返す。 風なのか沢なのかわからないが、下からせせらぎの音が聞こえてくる。 小刻みな登り下りを繰り返していると、少しずつ道が細くなってきた。 樹林帯とは言え、両側が切れ落ちていて痩せ尾根になっていることがわかる。 暗いから通って油断していると、大怪我では済まない。 そこから更に登っていくと、前嵓下(まえぐらのした)と呼ばれる鞍部に出てきた。 そこを過ぎると、いよいよ登山道の様子が変わった。 いきなり道が崖のように変わり、両手足を使って強引によじ登らなければならない。 木の根や脆い岩屑などが積み重なり、少しずつ体力が削られていく。 急な崖のような尾根道を登っていくと、この裏越後三山が力の片鱗を見せてきた。 目の前には垂直に切り立った長い鎖場…前日に降った雨のせいなのか、岩が食いつきが想像以上に悪く妙義山のようにぬるぬる。 長い鎖場をなんとか越えると、今度は垂直に延びる長い梯子が出てきた。 前嵓下を越えてから一気に高度を上げていく。 真っ暗闇の中のため下を見てもあまり分からないが、おそらく日中なら凄まじい高度感で身体が蝉の如く硬直するのが目に見えている。 鎖場と梯子を交互にやり過ごしていくと、少しずつ東の空がブルーアワーに染まり始めた。 しかし、そんな空を見る余裕などまず無い。 少しでも油断したらひとたまりもない。 早くこの超危険な岩稜帯を抜けたいのが本音である。 さらに上へ登っていくと、鎖の無い急峻な岩稜が出てきた。 道は非常に細く、遥か下の北ノ又川へ向かって鋭く切れ落ちていた。 慎重に登り進めると岩稜帯の上層部に来たのか、はいまつに覆われた痩せ尾根に出てきた。 此処からは、暗闇に包まれる銀山平を眼下に望み、前方には鋸の刃を思わせる無数のピナクルが連なっていた。 この岩峰群こそ“前嵓”と呼ばれるもので、深田久弥が荒沢岳攻略を断念せざるを得なかった要因の一つである。 前嵓周辺の鎖場は厳冬期に鎖そのものを取り外す事になっているため、この荒沢岳に登れるのは実質夏と秋だけ。 岩稜帯の上に出てから、いよいよ核心部のひとつにあたる前嵓に突入する。 逆層スラブ状のロープ場を一気に下降して、濡れたがれ場を横断する。 がれ場を越えると、今度は再び垂直の鎖場が出てきた。 まるで妙義山の鷹戻しを彷彿とさせる…。 垂直の鎖場を越えてもまだまだ岩稜帯は続く。 切り立った崖を鎖なしで登る事になり、雨露で濡れていてかなり危険。 仮に鎖があっても、岩にまともに頼れないため両手で鎖を握る格好になり左右に振られかねない。 トラバース状の回廊はかなり緊張が走る。 白み始めた空の下、薄らと眼下に雪渓が覗かせている。 はいまつや隈笹を掴みながら補助にして岩稜の急登を越えると、箱庭のような小高い場所に出た。 これが前嵓であり、そこからは天高く聳り立つ荒沢岳が立ちはだかっていた。 此処から荒沢岳は近そうに見えて、やはりそれなりに遠い。 前嵓から先は、一旦緩やかな稜線上を登っていく。 緩やかな稜線上はところどころ紅葉が始まっていて、紅蓮の身を着けたナナカマドがはいまつや笹との対比で非常に見応えがある。 この辺りで御来光を迎え、雲の切れ間から覗かせる陽の光がなんとも神々しい。 さすがに緩やかな坂はずっと続くわけもなく、荒沢岳に近づくにつれてどんどん急登に変わった。 はいまつと笹、ざれ場が混ざった急登になっていて、さっきまでで削られた体力をさらに減らしてくる。 時折片側が鋭く切れ落ちたざれ場があり、慎重に通過していく。 そこからさらに笹だらけの急登を越えると、荒沢岳の稜線上に出た。 一気に開け、細い岩稜帯の回廊を歩くことになる。 花崗岩質に鋭く切れ落ちた稜線で、柱状節理でできた絶壁のトラバースと垂直に切り立った鎖場は、まさに“越後の穂高”というに相応しい峻険な山容をしていた。 鎖場を越えて痩せた笹の尾根道を登っていくと、なんとか荒沢岳に着いた。 此処に来ていよいよ、越後山脈全体の景色が見えてきた。 谷川連峰をはじめ、雲海に包まれた日本海、奥只見の山塊、尾瀬、そして日光連山とアルプスのような世界が広がっていた。 とりわけこのあと挑む中ノ岳が縦走路の丁度反対側に聳え立ち、まさに越後山脈の盟主と言える圧倒的な存在感を醸し出していた。 此処でおやつと水分補給にする。 標高自体はそこまで高くはないものの、それでも半日を超える長丁場である都合上何処かで空腹に苛まれかねない。 とりあえず荒沢岳にて、朝食程度に胃の中に食事を詰め込む。 少しだけ休んだのち、荒沢岳を後にして次のお山に向かう。 次なるお山は灰吹山だが、荒沢岳の急な岩場を抜けた自分に冷や水を浴びせるかのように目の前に悍ましいものが見えた。 それは、隈笹の深い藪漕ぎだった…。 皇海山ですら味わったことがない深い藪漕ぎで、その規模は亘理地塁山頂に肩を並べるほどだった。 ただ笹をかき分けるだけならいいが、裏越後三山はそう甘くはなかった。 斜めに傾斜したトラバース状の稜線歩きが主体で、足下はほぼ見えない上泥濘、木の根、笹の幹が敷き詰められていて兎に角滑る。 笹を掴みながら登り下りするが、その激下りすら下が見えない。 適当に下りていると、転ぶどころか谷底に放り出されてもおかしくない。 一歩一歩安全な場所かどうか確かめながら歩かなければならない。 おまけに笹は昨日の雨でしっかり濡れていて、その長い藪漕ぎで靴はもちろんのこと全身がずぶ濡れになった。 この時点で皇海山を遥かに超える悪質な稜線歩きである…と言っても、まだ裏越後三山は全体の1/4も歩いていない。 まさに絶望である。 尻餅をつきながら慎重に藪漕ぎをしていると、灰吹山との最低鞍部が出てきた。 これより先は少しだけ藪が薄くなるが、それでも断続的に藪漕ぎが続き、かなり鬱陶しい。 時折立ちはだかる藪漕ぎはもはや木のように硬く、掻き分けるだけで腕が疲れる。 石楠花が一部混ざっていて、もしこれを半袖で通っていたら全身切り刻まれて血だらけになるのが関の山である。 見えない道を探しながら歩き続け、藪漕ぎに苦しめられて1時間ほど経った頃ようやく灰吹山についた。 此処からはこのあと向かう灰ノ又山が見え、振り返るとさっきまでいた荒沢岳が鋭く立ちはだかっていた。 灰吹山を後にしてさらに進むが、この先もやはり断続的に藪漕ぎがある。 あまり人が踏み入れないせいなのか、笹が伸びきっていて激下りの道すら見えない。 足元が見えない為、木の根を踏むだけで躓いたり滑ったりして痛い目に遭う。 お世辞にも道が広いとは言えず、この区間はほとんど片側が切れ落ちていてかなり怖い。 申し訳程度にロープ場が設置されていて、転ばないようにゆっくり下りていく。 ロープ場をなんとか抜けると、灰ノ又山との鞍部に出てきた。 一旦木々の生い茂る場所に入って、泥濘んだ道を越える。 靴の中に泥水が容赦無く入り込んできて、余計に体力が奪われる。 泥濘んだ道があるということは…やはりこの先に湿原があった。 やや開けた湿原には池塘があり、そのそばには少し休めそうな広場があった。 笹の間からは燧ヶ岳が見え、東北地方最高峰たる威厳を感じさせる。 広場を後にして、灰ノ又山へ登り返す。 この登り返しもやはり藪漕ぎで、まともに道が見えない中隈笹を掻き分けながら登っていく。 遠くから見ると美しい稜線だが、やはりそれを歩くとなると別の話。 藪漕ぎと濡れた身体で容赦無く体力を持っていかれ、序盤にも関わらず足がもつれてきた。 このままでは中ノ岳の攻略が遅れてしまう…その場合越後駒ヶ岳すら絶望的な山行になってしまう。 疲れた足を誤魔化しながら登っていき、藪漕ぎを抜けると灰ノ又山に着いた。 此処からはこの後いく兎岳が目の前に見えてくるようになり、本日の難所のひとつである中ノ岳が少しだけ近づいてきた。 振り返ると荒沢岳がそそり立っていて、どんどん遠ざかっていることがわかる。 灰ノ又山より先は、開放感抜群かつ非常に快適で爽快感のある稜線歩きとなる。 その景色はまるで南アルプスにいるような気分で、もはや新潟県にいることさえ忘れさせる。 笹が徹底的に刈り取られていて、さっきまでの藪漕ぎと対照的にとても歩き易い。 極上の稜線であるこの縦走路を、さらに兎岳へ向けて進む。 横を見ると只見川を隔てて尾瀬の山々を望み、山頂部が潰れた平ヶ岳や嫋やかな稜線を持つ巻機山が目の前に見えた。 緩やかな稜線を大きく下りていくと、草原が出てきた。 目の前には源蔵山があり、どこか飯豊山にある御西岳や大菩薩連嶺の牛奥ノ雁ヶ腹摺山を彷彿とさせる。 草原をゆっくり歩いていき、僅かに登り返す。 笹と木々に覆われた道を歩いていくと、源蔵山についた。 厳密にいうと山頂直下を巻くように道が出来ていて、一瞬で通過する。 源蔵山を越えると、今度は巻倉山へ登り返す。 再び大きく下りていき、鞍部の湿原へ向かう。 少しずつ兎岳が近づいて来て、着実に裏越後三山を回っていることを実感させる。 この時点ではまだ気にはなっていないが、膝が少しずつ疲れている。 出来れば最低でも、越後駒ヶ岳登頂までは腸脛靭帯炎を発症したくない。 急な激下りをなんとか越えると、巻倉山との鞍部に着いた。 この場所は“陽の水”と呼ばれ、稜線直下に水場があるほか、緊急野営場と休憩所が設けられている。 これより巻倉山へ向けて長い登り返しとなる。 実際にはそこまで登らないが、どうしてもさっきまでの山行でかなり足が疲れていて調子が上がらない。 ナナカマドをはじめとする紅葉が素晴らしいが、目の前の長い坂に食らいつくだけで余裕がない…。 振り返ると荒沢岳がだいぶ遠くに見えるようになっていて、少しずつとはいえ歩いていることだけはわかっている。 巻倉山に近づくにつれて少しずつ登りがきつくなる。 円錐形の美しい山容をしているが、登るのはやはり楽ではない。 疲れた足を抱えながら歩き続け、登り始めてから4時間半近く掛かった頃巻倉山についた。 此処に来ていよいよ裏越後三山の全体がしっかりと見えるようになり、さっきまでいた荒沢岳はもちろんのこと、奥座敷たる中ノ岳や終盤に挑む越後駒ヶ岳をしっかり見ることができた。 巻倉山にて少しだけ足を休め、巻倉山から先へ進む。 笹の激下りを経て、兎巻の鞍部に向かう。 短いながらかなり急で、あっという間に膝が破壊されていく。 もう目の前には兎岳がそそり立ち、広い裾野を広げている。 紅蓮のナナカマドに彩られた大きな山体は、それだけでも日本百名山のお山と勘違いさせるような出立ちである。 急な下り坂をなんとか越えて、兎巻の鞍部に出てきた。 これより、兎岳本体に向けて長い登り返しとなる。 緩やかな登りから始まるが、やはり登るにつれてどんどんきつくなりあっという間に急登に変わった。 笹の回廊はどこか伊豆山稜線歩道を思わせる雰囲気で、さながら達磨山を歩いている様な気分である。 登れは登るほど周りの景色が目に飛び込んでくる…疲れて足が止まってしまうが、振り返ると巻倉山が見えて美しい稜線であることがわかる。 もつれてきた足をひたすら動かし続けて行くと、兎岳分岐点が出てきた。 この分岐点から少しだけ南に歩いて行くと、程なくして兎岳に着いた。 兎岳はやや狭い山頂で、標識のほか三角点が埋まっていた。 これより南側に行くと谷川連峰へ接続することになり、すぐ南側にある大水上山と丹後山の鞍部には“坂東太郎”と称される利根川の源流がある。 つまりこの兎岳は、まさに日本の中央分水嶺にして脊梁山脈の中心部に立っていることになる。 兎岳の山頂からは、いよいよ目の前に本日の目的地である中ノ岳が見えてきた。 両脇に八海山と越後駒ヶ岳を連ね、しっかりと越後三山が揃って並んでいる。 今まで信濃川越しに見上げてきた存在だったが、それを本日は真横から望むという贅沢。 日本海の海風のせいなのか、少しずつ雲が沸き立ってきた。 あまりだらだらしていられない…中ノ岳で雲に巻かれると道迷いは非常に危険な為、晴れているうちに攻略しておきたい。 兎岳にて越後三山の景色を堪能したのち、本日の目的地たる中ノ岳へ挑む。 目の前に立ちはだかる姿は圧巻で、巨大な半球状の山体は見事である。 越後三山及び越後山脈の最高峰であり、周りのお山に比して一際大きく聳え立つ。 兎岳から中ノ岳へは、これまたかなり大きく下りてしまう。 笹の激下りとはいえ…ところどころ濡れた岩屑などが混ざっていて、転ぶと谷底に転がりかねない。 皇海山よろしく傾斜したトラバース道になっていて、笹やはいまつを掴んで慎重に横切って行く。 小さな池塘のある場所を越えると、今度は少し登り返す。 兎岳と中ノ岳の鞍部まではまだもう少し先であり、その前に小兎岳と呼ばれるお山が控えている。 すでに登ってきて6時間を越えている…足はかなり疲れていて、持ち上げるだけで一苦労である。 とは言っても中ノ岳を越えなければ、下りるのは当然のこと越後駒ヶ岳に挑むことすらできない。 足がもつれる中だらだら登り返して行くと、小兎岳に着いた。 この時点で八海山は雲に飲み込まれ、今度は越後駒ヶ岳に押し寄せていた。 小兎岳を後にしてさらに進む…隈笹と岩稜が交互にあらわれて容赦無く行手を阻む。 岩稜に露出した木の根は滑りやすく、足場にすることができない。 斜めった回廊で、体力と同時に神経がどんどんすり減って行く。 すぐ真横は断崖絶壁になっていて、北ノ又川に向かって切れ落ちている。 崖沿いの痩せた尾根道をしばらく下りて行くと、兎岳と中ノ岳との鞍部に着いた。 これより中ノ岳へ向けて、比高約300m以上の強烈な急登が待ち受ける…。 冒頭の荒沢岳を除き、本日最大の難所と言って差し支えない。 鎖場のない岩稜の急登に始まり、笹の傾斜したトラバース状の道がひたすら続く。 少し登るだけで足が悲鳴を上げてきて、いまにも攣りそうな勢いである。 何度も立ち止まるが、休んだ分だけ容赦無く時間が過ぎ去って行く。 時間が過ぎ去るだけならいいが、地球の自転だけはどうにもならない。 日が暮れたらそれはそれで、真っ暗闇の山行が待っている。 そう考えると、こんな稜線上で呑気に休んでいる暇はない。 疲れた足に喝を入れてどんどん登って行く。 笹の急登に苦しめられながら登って行くと、少しずつひらけてきた。 目の前には中ノ岳の巨大な岩の塊。 遠くから見ると中ノ岳は丸っこいお山であるが、実際には岩稜がいくつも積み重なった塩見岳の様な形をしていた。 そこから先もまだまだ長い...がれ場や笹のトラバース道が続いて、全く気が抜けない。 湿った岩稜の急登を登り切ると、九合目に着いた。 此処は分岐点になっていて、南魚沼の十字峡から登ってくると此処にくることになる。 両側が開放感のある尾根上に出て、見渡す限り上信越の名だたるお山と沸き立つ雲海が目に飛び込んでくる。 岩屑の登り下りを経て笹の回廊を越える。 そしてそこから僅かに登り返し、登り始めてから7時間半ほど経ったころ遂に中ノ岳の山頂にたどり着いた。 山頂には標識と三角点のほか、祠が建っていた。 やはり越後三山の盟主だけあって、圧巻の絶景が広がっていた…。 北には雲海に包まれた越後平野と、単独で大きな山体を持つ越後駒ヶ岳の勇姿。 南には雲に飲み込まれそうになった兎岳と、遠く尾瀬や会津の名峰の数々。 東には鋭い峰を連ねる荒沢岳をはじめ、御神楽岳、浅草岳、守門岳といった奥只見のお山。 そして西に目を向けると、沸き立つ雲に見え隠れする谷川岳や日光連山、上信越国境の稜線があった。 此処で休むのもいいが、どうせならということで少し下りたところにある中ノ岳避難小屋にて長い休憩をすることにした。 本日すれ違った人は中ノ岳でたったの3人。 後に攻略する越後駒ヶ岳を含めても7人と、この裏越後三山縦走が如何に人が少ないのかが物語っている。 水分補給とおやつを口に放り込み、萎れた身体に潤いを与える。 もう両脚が凄まじい程に熱が籠っていて、このまま放置していると膝が壊れてもおかしくはない。 裏越後三山縦走の直近のレポートを見ても、今年は10人もいない。 日帰りだろうが泊まり込みだろうが、疲れた身体でもどのみち自力でどうにかしない限り帰ることが許されない。 中ノ岳避難小屋にて両脚に湿布を貼り、凝り固まった筋肉を出来る限りほぐして先手を打っておく。 長い休憩を挟んだのち、裏越後三山最後の難所である越後駒ヶ岳の攻略に臨む。 越後駒ヶ岳は6年前に攻略していて、その当時は枝折峠からの往復ですら体力の限界間際で腓返りに悶絶しながら登った記憶がある。 あの頃は特に日本百名山など一切興味がなく、ただ家にあったハイキング攻略本の写真を見て調査した程度である。 ハイキング攻略本に載っていた越後駒ヶ岳の写真は、雲海に屹立する美しい姿をしていた。 しかしその写真の景色をそのまま見るには、越後駒ヶ岳のみの攻略では不可能であることを最近知った。 その理由こそこの裏越後三山縦走であり、ハイキング攻略本に載っていた写真の景色を見るためには、最低でも越後駒ヶ岳だけでなく中ノ岳も攻略しなければならない。 ハイキング攻略本は関東甲信越の初心者向けのお山が掲載されていたが、間違っても裏越後三山縦走に関する記述は載ってなかった。 つまり、越後駒ヶ岳攻略以来6年越しの伏線回収といったところである。 ネルギガンテと一緒に初めて挑戦したあの2020年の景色を、今度はシャガルマガラと共に時を廻って戻り来る。 八海山との分岐点からは、まさにあの本に載っていた写真と全く同じ越後駒ヶ岳があった。 雲海に浮かぶその勇姿は、日本百名山に恥じない圧倒的な出立ちで、これから挑む自分にただただ静かに佇んでいた。 分岐点から北西側に向かうとあの八海山に行くことができるが、その鞍部には“おかめのぞき”と呼ばれる切戸状の痩せ尾根がありこちらもなかなか歩くのに非常に手間がかかると言われている。 分岐点からいよいよ北に進み、越後駒ヶ岳へ向かう。 もうこれっきり八海山は、雲に包まれて見えなくなってしまった…。 中ノ岳から越後駒ヶ岳へは、所要約3時間程度。 しかし、これが問題だった。 中ノ岳から長い激下りを下りて行くが、これもやはり脆い岩屑やトラバース状の笹の道が続き全く気が抜けない。 足をとられると谷底に転がって行く為、一歩一歩足を置く場所に気を張っていなければならない。 急な激下りの中でも小刻みな登り下りが連続して、どんどん体力が奪われて行く。 雲に見え隠れしていてあまりよく下が見えないが、もし完全な快晴だった場合大切戸の長谷川ピークの様な目が眩む程の高度感に打ちのめされていただろう…。 笹の急登を少しだけ登り返すと、檜廊下に着いた。 急な岩稜帯になっていて、木の根と岩稜の塊を何度も乗り越える必要がある。 空中に飛び出した木の根を手摺がわりにして登って行くが、すぐ真下は1000m近い断崖絶壁になっていてかなり怖い。 当然登ったらすぐ下りて行くが、その下りも凄まじく、鎖があってもおかしくない長く急な岩壁を一気に下降する。 少しの油断で、岩と木々に叩きつけられて身体が木っ端微塵になりかねない。 この区間だけはどうしても速度が上がらない...荒沢岳と兎岳でかなり時間を巻いた分、此処できっちり精算させられた。 檜廊下を越えてさらに下りて行くと、再び笹のトラバース状の道が出てきた。 皇海山の様な斜めった道はやはり歩き辛い。 滑りやすい岩場や木の根が全く信用できない以上、無闇に足を置くことが出来ない。 だらだら歩くと時間だけが過ぎて行く、疲れた身体に下から涼しい雲が吹き付けてくる。 立ち止まると涼しいが、日差しがあるとすぐ汗が吹き出してくる。 慎重に檜廊下を歩いていき、小高い稜線上に出た。 振り返ると丸い形をした中ノ岳がそそり立ち、あのきつい感じから想像できない姿をしていた。 小高い稜線上から僅かに下りていき、そこから少しだけ登り返すと天狗平に着いた。 天狗平まで来ると、もう越後駒ヶ岳が目の前に迫っていた。 しかし此処から諏訪平まで、比高約200mの急登が待ち構えている。 紅葉に彩られた稜線は美しいが、笹の急坂は無惨にもその景色を楽しむ余裕を打ち砕いてくる。 数十歩歩くだけで息が切れ、笹の上で座ってしまう。 心拍数が一瞬で上がってしまい、乳酸性作業閾値が限界に達している事を悉く思い知らされる。 だらだら登って行くと、さらに雲が沸いてきた。 目の前は真っ白になって、行手が見えなくなってきた。 笹の急登からはいまつと岩だらけの急坂に変わり、さらに疲れた足に鞭を打ってくる。 そこから急登に苦しめられていると、少しずつ道が緩やかになってきた。 そこは諏訪平と呼ばれる場所で、もう目の前には越後駒ヶ岳の山頂部がしっかり見えていた。 東側の稜線は枝折峠まで続き、その途中にはあの駒の小屋が建っていた。 要するに帰りは、この稜線を辿って下りて行くことになる。 諏訪平からの登りは緩やかだが、此処から先がまだ遠い。 越後駒ヶ岳自体見えてはいるものの、足が全く追いつかない。 だからと言ってもたもたしていると、刻一刻と日が沈んでしまう。 日没でこの稜線を歩くのだけは避けたいところである。 笹の稜線をだらだら登って行くと、枝折峠分岐点が見えてきた。 此処から木道を歩く。 紅葉に彩られた稜線は圧巻で、眼下には雲海に包まれた越後平野が覗かせている。 そこから程なくして、なんとか越後駒ヶ岳に着いた。 約6年ぶり...空はすでに黄色く染まっていた。 八海山と中ノ岳は雲に包まれて全く見えないが、静寂に包まれた山頂でしばし雲海を望みながらおやつの時間とする。 胃の中に大量の水分を突っ込んで、最後の一踏ん張りとなる。 越後駒ヶ岳を後にして、紅葉に包まれた木道を経て分岐点まで戻る。 分岐点より、長い下りに臨む......。 ざれた砂利の坂と階段を一気に駆け下りていき、駒の小屋に向かう。 さっきまでの歩き辛い稜線に比べたら明らかに快適だが、ざれた砂利は油断していると尻餅をついてしまう。 尻餅をつくだけでも膝にはよろしくない為、慎重に下りて行く。 砂利付きの階段を下りて行くと、程なくして駒の小屋に着いた。 此処から先は、少しだけ長いがれ場の激下りとなる。 かつて鎖が置かれていたが、雪害と岩稜の脆弱性から取り外されてしまったという。 転ばないようにゆっくり下りて行くと、何人かの人とすれ違った。 泊まり込みで越後駒ヶ岳を攻略する予定との事。 そこからがれ場を下りて行くと、やや痩せた岩の尾根道が出てきた。 岩稜帯と言うほどではないが、脆い岩屑の道はあまり油断できない。 慎重に歩いていき、通過する。 岩屑の道を抜けると、笹とナナカマドの回廊が出てきた。 ほとんど丸太の階段に変わり、これ以降ほぼ安全な道が続く。 丸太の階段を暫く駆け下りて行くと、一旦笹の回廊が出てきた。 百草の池を通り抜けると、いよいよ樹林帯の中に入る。 しっかり空が見えているが、やはり日が沈んでいる為真っ黄色である。 樹林帯の中は泥濘が多く、木道ではない場所は靴が濡れてしまう。 あっという間に泥だらけになり、これだけでも容赦無く体力が奪われてしまう。 木道歩きは快適だが、一分飯豊山の長坂十五里の様に抉れた場所があり、階段の蹴上が高く膝の負担が倍増する。 黙々と歩いて行くと、僅かに登り返した。 そこから程なくして、駒の湯分岐点が出てきた。 分岐点から少しだけ登ったところには小倉山があり、この辺りより雲と同じ高さになった。 小倉山を後にして、さらに下りて行く。 小刻みな登り下りが連続して、ただでさえ疲れた身体にさらに追い打ちをかけてくる。 日はかなり沈んで来て、越後駒ヶ岳の山頂部に迫ってきていた。 木道で整備されているのが唯一の救いである。 だらだら下りて行くと、少しずつ登り返しが出てきた。 木の階段を経て樹林帯の中に突入する。 枝折峠との分岐点から東側に移動する。 そこから樹林帯の急登を越えると、なんとか道行山に着いた。 此処からはさっきまでいた越後駒ヶ岳が見え、圧巻の景色である。 東側には序盤の難所である荒沢岳がそそり立ち、いかにも峻険な見た目をしていた。 道行山にて少しだけ休み、あとは北ノ又川へ下りて行く。 稜線を外れると途端に強烈な激下りに変わった。 まるで巻機山の下りを思わせるもので、少しでも油断している時の根に足をとられて転んでしまう。 結局最後まで気の抜けない縦走路だった…。 荒沢岳が見えなくなると、さらに急な下りを下りて行く。 北ノ又川まで、比高約600m。 大した距離ではないが、それでも疲れた身体には倍以上の距離に感じてしまう。 精神的にもかなり疲れていて、わかっているが焦ってしまう。 ぬるぬるの激下りに苦しめられていると、少しずつ道が緩やかになってきた。 そこからさらに下りて行くと、柳沢の渡渉が出てきた。 沢を跨ぐ様にして跨ぐと、概ね沢沿いに歩いて行く。 道がかなり細く、足をとられると沢に真っ逆さまである。 慎重に歩いていき水平歩道を越えると、最後の激下りとなる。 そんな樹林帯の激下りを下り切ると、古びた林道が見えてきた。 ようやく北ノ又川に下りてきた...。 此処から約3km程度砂利道と国道を歩いていく。 川のせせらぎが疲れを癒してくれるとは思ったが、鹿の鳴き声で全てが一瞬にして台無しにしてきた。 林道歩きも下りだけではなく登りも含まれている。 水場を通り過ぎてさらに歩いていくと、川沿いを離れて木々の中を歩いていく。 完全に夕暮れになって、荒沢岳がアルペングリューエンに染まっていた。 だらだら林道を歩いていくと、いきなり舗装された公道が見えてきた。 それは、国道352号だった。 これより、この国道352号を通って荒沢岳登山口駐車場へ戻る。 この国道もかなり厄介で、最後とはいえかなり長い。 どれだけ歩いても全く着かない...足の裏に熱が籠って痛くなってきた。 そこからしばらく駆け降りていくと、石抱橋が出てきた。 橋を渡ると、銀山平が見えてきた。 あとは尾瀬の方へ向けて、少し歩いていくのみとなった。 車も人もほとんど通らない秘境の地。 記録があまりないのも頷ける縦走路だったのは、言うまでもない。 そしてそこから歩き続け、登り始めてから14時間弱経った頃ようやく荒沢岳登山口駐車場まで下りてくる事ができた。 前から行きたいと思っていたが、記録があまり残っていないために尻込みしていた裏越後三山。 中ノ岳の美しい稜線に惹かれて行ってみたはいいものの、その実態は皇海山や剱岳を遥かに凌駕する超絶に過酷な山行が待ち受けていた...。 秘境中の秘境にて、新潟県屈指の縦走路を味わえたのはいい経験になった。 今回は明日に富山県にてとある用事がある。 このあと、温泉とお食事を済ませて足早に富山市へ移動した。 紅葉の始まった秋真っ盛りの中ノ岳にて、極上の絶景と峻厳な縦走を味わったシャガルマガラと奇しき赫耀のバルファルクであった。
- もらった絵文字145写真24枚14:0132.6 km3269 m
- もらった絵文字488写真33枚11:5429.7 km3054 m
前山・前嵓・荒沢岳・灰吹山・灰ノ又山・源蔵山・巻倉山・兎岳・小兎岳・中ノ岳・檜廊下・天狗平・越...
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年9月7日 (月)日帰り新潟遠征の二日目です。 天気が予想よりもマシな感じだったので思い切って行って来ました。 以前越後駒ヶ岳に登った際に荒沢岳は登ってみたいと強く思ったので念願が叶って良かったです。 今回の縦走も藪漕ぎや鎖場ありのとてもタフなコースでしたが踏破することが出来て良かったです。 ほぼガスガスでしたが、最後に少しでも眺望が得られたので良かったです。
- もらった絵文字126写真79枚16:2030.0 km3061 m
裏越後サーキット(荒沢岳〜中ノ岳〜越後駒ヶ岳)
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年9月5日 (土)〜6日 (日)2日間銀山平からの裏越後三山。 思ったよりだいぶハードコースでした… 無数の地味で急なアップダウン&泥濘。 荒沢岳〜灰吹山の激藪区間。 照りつける太陽。 累積標高と距離以上の厳しさを感じたトレイルでした。
- もらった絵文字59写真63枚17:3330.9 km3111 m
裏越後三山サーキット
越後駒ヶ岳・八海山・中ノ岳(新潟)2026年9月5日 (土)〜6日 (日)2日間もともと他の予定があったものの天気が微妙… ということで転進先に選んだのは裏越後三山サーキット 転進ということもあり、下調べ少なめで突っ込みましたが、キツかったです…過去一といっても差し支えないレベルでした… 登山口は荒沢岳登山口。12-3台止められますが、周辺に停められるところが点在しており、どんだけ車が来てもたぶん大丈夫です トイレありますが綺麗かどうかは使っておらず不明です さて、登りですが、急登続きで荒沢岳へ 岩場も豊富でした 下りはあんまりしたくないレベルでしたね 荒沢岳からは気持ちいい稜線歩き!のはずが、灰吹山までは激ヤブ… 踏み跡はまあわかるものの、背丈以上の薮に苦しみました 暑さもありかなり削られた印象です 灰吹山から灰ノ又山まではやや薄い薮 刈り払い最終年の1年くらいの差か?と思いました このまま薮だと中ノ岳到着キツイなぁと思い始めたところで灰ノ又山から刈り払いが復活!! ありがとうございます あとは暑さと長さとアップダウンとの戦いでしたが、なんとか中ノ岳避難小屋まで 小屋はとても綺麗で、広々 快適な泊まりでした トイレは小屋入ってすぐの小部屋で、紙などはありませんが比較的綺麗に整備されてますが、入り口の鍵は壊れています 朝は風が強いスタート 越後駒ヶ岳までも山のデカさに文句(?)を垂れつつ… 越後駒ヶ岳で日本百名山は50座目になりました そこまで狙ってないので足掛け22-3年かかってるので、まあ死ぬまでに終わればいいかな笑 そこからは快適下りでした やっぱりメジャールートはすごいなぁ… 風もあり、比較的快適でした 下山後は大湯温泉へ さっぱりいいお湯でした 風呂上がりに用意されていた麦茶も美味しかった〜 お昼ご飯は小出駅前の富貴亭食堂へ 味噌カツ丼と岩魚を堪能しました! 美味ぁぁ…しみるぅぅ… 大変ではあったけどいい山旅でした!!
