中央アルプスバリエーション 風越山in→三ノ沢岳直登 ガチ地獄変
聖岳・大沢岳・光岳
(長野, 静岡, 山梨)
2025年09月27日(土)
日帰り
かねてより温めていた中央アルプスのバリエーションがありまして。それは三ノ沢岳に木曽から直登する! であります。折に触れては当計画を思い出し、どうすっかなあ、俺もなあ、などと思案に暮れていたのでした。
そんななか、ふと思ったのです。つーか、今週やっちゃう? というわけでやっちゃいました。警告しておきます。よほど藪漕ぎに熟達してない限り、本ルートの登攀はよしたほうがよかろうかと思います。死ぬような目に遭いました、つーか本当は死んでてこれ書いてるのわたしの霊体である可能性が微レ存……?
当日深夜、ウッキウキで出発。春日井市から下道オンリーで2時間40分程度で上松A登山口着。岐阜市民時代よりはや〜い! →サラマンダーよりはや〜い! 気合を入れて3時5分、歩き始めます。
まず登山口からして難儀しました。風越山の指導標はあるのに、滑川と2.5メートル近い段差があって降りられません。ロープがくくりつけてあると誰かのレポートに書いてあったのですが、撤去されたんでしょうか? 仕方ないので飛び降りてクリア。その下にさらに2メートルくらいの段差があり、これもヤケクソで飛び降りました。怪我とかは……勘弁してくださいね。
滑川の渡渉もけっこうきわどったのですが、よく探せば渡渉ラインは見つかります。明かりのない深夜でやれたのですから、昼ならもっと容易でしょう。鈴鹿の神崎川渡渉に比べればなにほどのこともない。
風越山目指して尾根に取り付き、登っていきます。薄い踏み跡をトレースしてたんですが、すぐにロスト。面倒なのでそのまま道のない尾根を直登し、踏み跡と合流しました。ここから風越山まではうっすらある踏み跡とペナントを頼りに登れました。道は荒れてるものの十分なクオリティです。
ここから先はバリルート扱いになります。1805メートルピーク手前あたりは倒木がひしめき合い、道はほぼなし。適当に乗り越えましたが、こんな手前ですでに荒れ始めており、先が思いやられます。→じゃあ俺、ギャラもらって帰るから。
倒木帯が終わって一息つくと、今度はシダの群生地にぶち当たります。よく見るとピークを巻くように道が切り開いてあるので、藪は漕がなくてOK。→そんなことしなくていいから。
ここ以降はしばらく道がよくなりますが、天狗山への登りはけっこうキツかった。崩壊地の急登、巨石の連なる登りが行手を阻みます。ここ地味に危ないので要注意。ルートファインディングをミスるとにっちもさっちも行かなくなります。
天狗山(2118メートル)からもしばらく道がよくなり、楽勝ムードが漂い始めます。このペースなら中三ノ沢岳に8〜9時までに着いて、三ノ沢岳本峰へは11〜12時には着いちゃうか? などと取らぬ狸の皮算用をかます始末。→なんだお前の計算ガバガバじゃねえかよ。
ともあれ、若干の藪を漕ぎつつ独標(2338メートル)に着いたのが8時10分。直下で多少苦戦はしたものの、そんなに悪いタイムではありません。これ行けんじゃね? と、この時は思っていました。残念ながら、独標から本ルートの難易度は跳ね上がります。ここからが本番です。はい、よーいスタート(棒読み)。
まずは2368メートルピークとのコルへ下るのですが、コレガワカラナイ。ハイマツの丈が高くて前が見えず、別の支尾根に降ってしまいました。なんとか復帰すると、尾根芯の左側を巻くように道がつけられてました。まだ辛うじて廃道が残ってたようです。ペナントも巻いてありました。
コルへ降り、登り返してしばらくはとても道がよく、拍子抜けしたわたし。ああ〜、いいっすね〜。ところが無名峰に登ってる途中あたりで信じがたいほどの激藪が突如、行手を阻みました。なんだこれは? たまげたなあ……。
こんなひどい藪はここだけやろと喝を入れ、強行突破。少しでも薄いところを読んで尾根芯を巻くと、結局復帰の際に急登+薮のコンボで半殺しの目に遭います。そんなことをくり返しながら2368メートルピークに到達。標高をほとんど稼げないこんな短い区間で、1時間もかかってます。
尾根はほぼ全面薮化しており、歩みーーというか這い進みーーは遅々として進みません。中三ノ沢岳(2485メートル)の直下も凄まじく、ボロボロの死に体になりながら10時10分、着。先人の記録によれば、ここから三ノ沢岳まで3時間かかった由。まだ3時間も藪漕ぎすんの? すいません、許してくださいなんでもしますから!
ここから三ノ沢岳までの行程は断片的な記憶しかありません。水不足と猛烈なハイマツ漕ぎで意識が常時朦朧としており、まともな精神状態ではなかったようです。率直に言って、この部分の踏破は「世の中には死ぬよりもつらいことが厳然と存在するのだ」と、著者にわからせたエポックメイキング的ルートとなりました。
藪はハイマツ、シャクナゲなどのムチャクチャ密度の高い、かつ幹の太い灌木で構成され、これらが尾根上にびっしりと隙間なく配置されております。逃げ場は(おそらく)ありません。尾根芯から外れると若干マシなのですが、復帰のために崖に生えた藪を踏み台にするようなデンジャラスムーヴが待っています。→俺を踏み台にしたぁ⁉︎
こうした鉄壁の藪のディフェンスが、標高2400〜2600メートルあたりまで切れ目なく続きます。たった200メートルだとお思いでしょう。言っときますが、10分くらいもがいても稼げる標高は2〜3メートルとかの進捗ペースですよ。もはや藪を漕ぐというか溺れているといったほうがしっくりくる。
薮のせいでタイツは破け、両腕両足には打撲と無数の切り傷が刻まれ、心身ともにボロボロのメタメタ。さながらガダルカナル島の傷病兵といった趣でした。→だから痛えっつってんじゃねえかよ。
さらに悪いことに、敵は藪だけにあらず。しばしば尾根芯に直径数メートルはある巨石が鎮座しており、これを回避せねばならない。これだけ藪が深いと巻くのも一苦労なんですが、巻き道にはなんとなく踏み跡が。獣か先人か不明ですが、心強いですなあ。
死に物狂いで2600メートルあたりまで登ると、ハイマツの丈がぐっと低くなり、ありがたいことに負荷が軽減します。ここからは普通のハイマツ漕ぎ程度の労力ですみます。→普通のハイマツ漕ぎってなんだよ(哲学)。
さらに尾根の左手に巨石群が現れますので、そちらへ逃げれば藪漕ぎからはほぼ解放されます。ただし代償としてロープなしのフリークライミングとなりますので、お好みで。わたしは考えるより先に岩場へ誘われており、クライムを選択してました。藪から逃げられるのなら、この時のわたしはICBMの発射スイッチすら押したでしょう。
それにしてもこの時のわたしは神がかっておりました。決まったルートのないオンサイトの岩場だったにもかかわらず、ホールドすべき場所が1ミリの誤差もなくわかるのです。ピタッと岩の窪みに手のひらが吸い付き、どんどん標高を上げていきます。
岩は鋭く屹立しており、進路がどうなってるのかわからないまま進んでいきます。尋常でしたら不安を感じるのでしょうが、いまさら右手に広がるハイマツの海にダイヴする気力はさらさらなく、結局小ピークに乗り越すまで岩場オンリーでした。
もう山頂は目と鼻の先なんですけど、これがなかなか終わらない。ナイフリッジ状の尾根芯にビッシリハイマツが茂っており、フラフラと危なっかしい足取りで進みます。そして15時ごろ、12時間かけてついに三ノ沢岳に到着したのでした。感動はありませんでした。茫然自失。この一言に尽きます。
しかしこれで終わりではありません。極楽平へ登り返し、宝剣岳を越え、木曽駒ヶ岳へ登り、上松Aコース経由での下山が待ってます。だいぶ(乳酸が)溜まってんじゃんアゼルバイジャン。残りわずかな水をガブ飲みし、主稜線に向けてゾンビのごとく歩き出します。
喉の乾きと空腹で、体調が顕著に悪化し始めてたのですが強行突破。止まるんじゃねえぞ……。宝剣岳をクリアし、宝剣山荘で水を1.5リットル仕入れました。間髪入れずに500ミリリットル一気に流し込み、ようやく体調も回復傾向に。たぶん脱水症状一歩手前だったのでは。
木曽駒ヶ岳へ気力のみで登頂したのが18時前。あの、これから下山するの? 標高差2000メートルある上松Aコースを? するしかありません。だってお金持ってきてないですから。男たるもの背水の陣を敷いて事に当たらねばならぬ。登山もまた然り!
ヘッドランプを巻いていざ出発。早速木曽前岳の巨石群で道迷いをかまし、暗闇の中をウロウロしたものの、あとはおおむね迷うことなく下っていけました。若いころ、鈴鹿山脈で夜間ハイクを集中的にこなした際に身につけた技術が活きてます。→じゃけん夜行きましょうね〜。
しかしさすがに身体にはガタがきていたらしく、30分くらい経つたびに糸が切れたマリオネットのようにストンと座り込む始末。空腹を通り越して超然とした感じで、体内のアミノ酸が分解される解糖反応が起きてますねこれは……。もう自分が生きてるのか死んでるのかすらわかりません。
5合目の金懸避難小屋に21時半ごろ着いたのですが、ここでもう寝てけばよくね? 確か布団もあったはず……。強靭な精神力でこの誘惑を跳ね除け、下山を続行(いや寝てけよ)。筋力低下で歩みは遅々として進まず、敬神の滝駐車場に着いたのは呆れ返ることに、23時前でした。下山に5時間かかるとはたまげたなあ。
さらに車道を歩き通し、車回収は23時20分。なんの罰ゲームやこれ? いや〜キツいっす。これもう(娯楽なのかどうか)わかんねえな。さて気になるリザルトはというと、歩行時間20時間(⁉︎)、距離22キロメートル、標高差2748メートルとなりました。いままで山中での連続行動記録は南アルプス鋸岳で滑落した際の、14時間台がトップでした。今回はそれを6時間も塗り替えた勘定になります。嬉しくてな、涙が出ますよ……。
ちなみにわたしが参考にした下記の記録のおっさんは、同様のルートを14時間台で踏破しておられました。たぶん変態だと思うんですけど(名推理)。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4416325.html
読者は本記録を読んだあと、きっと俺も/あたしも三ノ沢岳バリルートをやらなきゃ(使命感)と思ったはずですので、アドバイスをひとつ。悪いことは言いません、おとなしく1泊2日に分割しなさい。三ノ沢岳に登頂さえできれば、山小屋はよりどりみどりですからね。あくまで登頂さえできればね……。正直に言って、今回は途中で力尽きてもおかしくなかったです、ハイ。
え? こんなルートやるつもりはないですって? まあまあそう言いなさんな。俺もやったんだからさ(同調圧力)。
おまけ。本ルートにて失ったものとして、水筒、ストック、タイツ(大破)をあげておきます。藪に引っかかって取られてしまったようですね。いつか回収しに行かなきゃ(大嘘)。ちなみに与えられたものもあります。無数の切り傷とどデカい打撲であります。山はギブアンドテイクだって、はっきりわかんだね。