剱岳北方稜線 激藪の赤谷尾根〜大窓・中仙人谷
剱岳
(富山)
2026年04月16日(木)
日帰り
※白萩川、大窓・小窓方面の雪渓が一部、終わってます(今後来られる方は徒渉を覚悟してください)
※12/1〜5/15期間は富山県登山届出条例に基づく申請・受領許可および押印済書の持参が義務付けされてます
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赤ハゲ・白ハゲを縦走したくて大窓からブナクラ峠周回を考えていたが、
4月の早期入山ができることになり、いい機会だと残雪を期待して赤谷尾根を登りたくなった。
ダンチョネ節で唄われる「剱の歌」
~剱見るなら赤谷尾根でよ~
歌詞のとおりなら、威風堂々たる剱岳を仰ぎ見ながら登るのだろうと、容易に想像できる。
ただ、ダンチョネ節って何❓っていう話になるんだけど、
神奈川県発祥の民謡から派生し、大正〜昭和期に流行した替え歌らしい。
記録上の剱岳初登頂が明治時代であることを思えば、当時は整備された登山道などなく、現代人より屈強な人々が山に入っていた時代なんだろう。たぶん。
赤谷尾根は、剱岳信仰の登山ルートとして比較的一般的な道だったのかもしれない。
(あくまで俺の想像です)
つまり、この歌が唄われた頃と今とでは状況が異なり、
歌詞から連想するイメージとの間には思わぬ乖離がある。
何が言いたいのかというと、
藪が酷い、とても酷い・・・。
当時は踏み跡があり、藪の手入れくらいは多少あったはず(俺の勝手な想像)。
加えて、温暖化と積雪量の減少に伴うササの生育範囲拡大により、当時より藪が濃くなっているのではないのだろうか(くどいけど、ただの妄想です)。
ザックカバーを忘れ(自動自得)、冬期用のザックとハーシェルは、
雨上がり直後の藪の海で水分を吸いまくり、高めの気温で汗も加わり全身水浸し状態。
標高の上昇とともに夜間の気温低下による体力消耗も著しく、これちょっとヤバいかもと、ずぶぬれの藪漕ぎに危機感を感じ始める。
夜が明け、周りが見えるようになってきても、視界の9割以上は藪。
アルペンルート開通とともに乗り込んでみたのはいいものの、いったい何を見せられているのだろうか。
藪の大谷❓
時折、藪の隙間から剱岳の稜線が現れるが、藪のど真ん中にいては全く盛り上がる気分にならない。
EL.1863に到達し、残雪が繋がり視界が開けたところで、
ようやくダンチョネ節を歌いたい気分になった。
ほどなく赤谷山に登頂し、広がる絶景に感動する。
....が、同時に思った。
これ、ブナクラ峠から登るだけで良かったんじゃないのか❓
藪漕ぎの苦労に対するご褒美がペイされていない状況を見て、さらに思った。
次に赤谷尾根へ来ることがあるとしたら、厳冬期一択かな・・・
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※持参した懸垂道具一式は未使用