友よ 雲取山
雲取山・鷹ノ巣山・七ツ石山
(東京, 埼玉, 山梨)
2026年02月17日(火)
日帰り
今でも心に残る歌 ⑧
また今日もと登り続ける山がある。季節を問わず年に何度も通い、今の自分がまだ出来るか確かめ歩き、足りない何かを見つけるために地味に努力を重ねている。
雲取山だ。
東京都最高峰の一座を目指し今日も登山口から足を入れ、淡々と登り続ける筈だったが予報が外れ朝から雨が降り、これでは行く気も失せそうになる。そんな気持ちで止まない雨を追いかけながら登山口へと向かっていた。いつもの駐車場に着いても止まない雨、気温マイナス2℃が暖かく感じる程の陽気に意を決し、雨具を忘れ濡れるを覚悟し山中へと入って行く。やがて、降り続ける雨がみぞれになって雪にと変わり登山道が白く染まる頃、辺りが少しずつ明るくなって来た。
夜明けが近い。
まだ若い頃、眠れぬ夜を過ごし朝を迎えたことが幾度とあって、こんな日と同じに明るい朝を追いかけながら暗い夜を過ごしていた。眠れぬままに目を閉じ聴くラジオ、耳を傾け流れる曲が次第に心に沁みて行き、今日の歩きの中で思い出していた。
友よ夜明け前の闇の中で
友よ戦いの炎をもやせ
夜明けは近い夜明けは近い
友よこの闇の向こうには
友よ輝くあしたがある
この曲はフォークの神様と呼ばれた岡林信康が作った歌で、1960年代後半の激動期に本人の意図とは別に新宿駅西口地下広場でフォークゲリラ(市民運動)の賛歌としてもてはやされた曲。まだ私が16歳だった頃の話だ。
社会に出て真っ先に向かったのが新宿西口の地下広場だったが、広場の規制が強まりここでの集会は1969年頃を最後に姿を消したが、今でも手にするレコードで当時の熱量が窺い知れている。そんな時代に聞いた岡林信康の曲、「わたしたちの望むものは」とか「今日をこえて」など他にも数多くあり、今でも忘れず好きなアーティストのひとりだ。
山歩きをしていると、何かが引き金となり溢れる様に何かを思い出すことが多く、そんな時代がありましたと思い浮かべて今日も心に寄り添う山を行く
雲取山である
この山は、今年になって6週連続8回目の登頂を目指しかなり無理して頑張っていて、その目的も今の自分の実力図るため。数日前に73歳を迎え登山など益々キツさを感じる高齢者、毎回テーマを決めて山で何かが起きない様にと取り組んでいる。やれば出来るは随分昔の若い時、結果に中々ならない今になり少し無理して頑張るさと今日もいつもの山に行く
登山詳細は、今回も画像とキャプションをご覧下さい。
ふりかえり
ずっとモノクロの世界を歩いて来た。先週降った雪も溶け、歩き易さを増したかと勇んで登りに来たがまた降った雪、サラサラとしてノートレースの雪踏み凍て付く尾根を超え、いつもの頂きに来た。景色は見えなかったけど、こんな日も良いものです。