光岳
聖岳・大沢岳・光岳
(長野, 静岡, 山梨)
2026年06月13日(土)〜14日(日)
2日間
冬眠してましたが、起きる事にしました
SNSの世界では、時として人としての優しさや気遣いをできない方がいると思いませんか?
匿名という鎧をまとって、人を攻撃してる方がいます
残念です
ある方の投稿を一部抜粋、修正して皆様にお伝えしたいと思います
山のアプリは山行した記録を残せる、自分のやってきた事、その時の写真と共に思い出を載せられる大事な場所だと思う。
いわば、自分のフィールド「庭」です。
山のアプリにはいいね!の様な拍手機能でその方を応援する。そして、それに対してコメントをする事が出来る。
そのコメント欄はその方に対しての批判をする欄ではないと思う。
それが例え、正論だとしても。
今、ここでこの人に言わなければ!
この人は間違えている正さなければ!と思う事は分かるが、その人の山行記録のコメント欄に誰でも閲覧できる場所に書く必要はない。
ましてや、その人との信頼関係も、会って話した事も何もない赤の他人が。
どうしても正そうとするなら他の人には見る事ができないメッセージで送ればいいものを、誰でも見られるコメント欄にその方を批判するコメントを残すという事はやはり(正しい事を言ってやったぞ、みんな見て!言ってやったよ!俺が代弁したよ!)利己的な自己満足でしかない。
山のアプリの山行記録はその人の記録(思い出)であり、その人のフィールド(庭)。
批判コメントはその綺麗な庭に泥がついた靴で汚し大便して帰っていった様なもの。
その様な人はたいてい、山行記録が無い、自分の言いたい事だけ言ってその人を傷つけて責任を持たない、素性が分からない、見るだけユーザーが多い。
コメント欄はあくまでその人の庭。
持論など、言いたい事があれは、(責任も一緒になるが)自分のフィールドで改めて書けばいい。
コメント欄には拍手機能と同様に、いいねの応援や励ましや共感などその方の未来に期待したコメントを残す欄と捉えて欲しい。
いかがだったでしょう
私はとても共感する内容でした
これとは逆に
失敗をして反省している人に、追い打ちをかけるように責め立てる人
その人に乗っかって責め立てる人
その人達を諭して、止めるよう注意する人を責め立てる人
そんな人間に私はなりたくない
ぜったいに😠
日本百名山巡り
本日は光岳
まずは駐車場まで遠い…
夜通し走ったので睡眠時間2時間
スタートするも荷物の重さに不安になる
易老渡までは林道
ここから急登
そしてずっと樹林帯
ただひたすらに登るのみ
易老岳山頂で倒木のベンチに座り昼飯
この後も樹林帯を進む
三吉平を過ぎると岩場の急登
ここが今回の山行で一番疲れた
水場はよく出ている
ここからちょっと展望あり
テントを張り山頂へ向かう
山頂も噂通り展望なし
その先の光石まで行くとこちらは良き景色
夜はちゃんと冷える
朝、イザルガ岳からの展望は最高だった
その後は来た道を戻る
当たり前だがずっと樹林帯
そして易老渡からの林道も長かった
おそらく
もう
二度と
登る事はない山であろう😆