17:02
33.1 km
2829 m
大峯奥駈道(世界遺産) 熊野本宮→玉置神社初詣→如意宝珠岳
五大尊岳 (和歌山, 奈良, 三重)
2025年12月31日(水)〜2026年01月01日(木) 2日間
計画通り、大峯奥駈道を歩いて、熊野本宮大社から玉置神社まで行って初詣をし、さらに如意宝珠岳まで行って21世紀の森から自転車で熊野本宮に戻るという、年末年始山行を実行してきました。 30日には、奈良側から熊野本宮大社に向かいました。途中で奈良のモンベル・アウトドアヴィレッジに寄って買い物をし、店内のボルダリングウォールを1500円で体験してきました。緑が簡単で、黄色と赤はホールドは簡単だが上でハングしているので握力がきつい。青は難しく登りきれず。あと、緩降機を信じて飛び降りるのが怖いw 夕暮れ前に425号線を登って21世紀の森の前の、大峯奥駈道南登山口にBD-1をデポしました(今後、BD子=ビディ子と呼びます)。 暗くなった425号を下り、十津川温泉の公衆浴場で風呂に入りました。600円で小さな風呂ですが、お湯がすごいです。 さらに熊野本宮まで走り、道の駅で車中泊。 31日朝から、熊野本宮大社の河原の臨時駐車場に車を止めて出発です。 ここから先の行程は、写真にコメントを書いておくのでご興味あれば参考にどうぞ。 大峯奥駈道を歩いた感想ですが、「役小角、バカじゃないの?」ですねw 先日伊勢で見つけた神道の本には、修験道は鉱物資源を探索する山師が神格化されたものという話がありましたが、たぶんそれは間違いだと思います。 大峯奥駈道は厳しすぎて、鉱物資源を見つけても持ち帰れないし、採掘に大人数で行くこともできないので開拓できない。完全に実用性がない、距離が長くて、落ちたら死ぬような難所も点在するクライミングルートでした。 そして、精神修行のためにやるにしては効率が悪すぎる。悟りを開きたければすでに実績のある仏教とかを突き詰めれば良い。お釈迦様は苦行をやめたのに、役小角は山や岩壁に登り続け、超人的能力を身につけるも、逆に危ないやつだということで流刑にされているw 流刑にされても超能力使って毎日富士山に登りに行ってたというw ただの登山バカでしょw たぶん、ひたすら登山や危険なクライミングが好きな変人だったんですよ。そして、不必要に危険な登山をするのを正当化するために、精神修行なんですと宗教の皮をかぶって偽装したんじゃないかと。宗教にすれば、スポンサーとか寄付も得られたり、周囲に理解され、食料や物資の補給にも協力してもらえたのではないかな。 大峯奥駈道は適切で合理的にルートファインディングしてありながらも、同時にわざわざ難しく厳しいピークをゲットできるようにつながっているので、発想が現代のアルパインスポーツをやっている連中と一緒なんですよね。 きっと宗教的意味はあとづけで、厳しい登山で得られた達成感やカタルシス、クライミングに集中して雑念が消える状態を「六根清浄」と言ってたんじゃないかな。 そんなふざけた道を突破し、玉置神社への初詣に成功しました。第二駐車場の脇の近畿自然歩道のところにテントを張って、深夜の一番太鼓と、早朝の歳旦祭に参加できました。 玉置神社をあとにしてから、宝冠の森に寄りましたが、これも落ちたら死ぬクラスの難所があり、時間もかかるので奥駆けの途中によるもんではなかったですね。 そこからは林道とときおり合流しつつ、地味に長い道のりを歩いて、21世紀の森の南登山口に到着しBD子と合流しました。 自転車で熊野本宮まで戻りましたが、そちらは別の記録にしました。 ちなみに道中で出会った奥駆けの人は、4日目でそのまま那智の滝まで行くという人と、6日目で吉野から来たという人の二人だけでした。私は2日目で右足の足首に軽く痛みが出てしまったので3日目も無理だったでしょう。世の中には強者がいるものです。 また、熊野本宮にはザックを担いだアウトドアウェアの人たちを見かけました。熊野古道を歩いてきた人でしょうね。しかし、熊野古道の「参詣道」を歩いてくる人たちは「ハイカー」であり、大峯奥駈道を歩く人達は「クライマー(あるいは行者)」だということが、よくわかりました。ハイカーたちはオシャレ感がありますが、行者たちには苦行をエンジョイするバカの匂いが濃いですw
