両毛国境縦走(袈裟丸山~皇海山~錫ヶ岳~前白根山)
皇海山・袈裟丸山・庚申山
(栃木, 群馬)
2025年11月15日(土)〜16日(日)
2日間
いぶし銀なれど関東有数の縦走路、両毛国境を歩いてきました。
【山行のきっかけ】
11月は南ア深南部強化月間。そう言って毎年山に誘ってくれる後輩がいます。紅葉終わり、冬の前、深南部にどっぷり浸るには打ってつけの季節というのは心の底から同意なのですが、なぜか毎年縁がない。そして今年も、やっぱり縁がありませんでした…。
まぁこちらの休みの都合が付かなかったので致し方無しですが、代わりに提案されたのが両毛国境。なるほど。確かに静寂な感じ、南ア深南部の代替にはぴったりかも。ということで二つ返事で山行が決まったのでした。
とはいえですね、このルート、本来二つ返事で行くような山じゃありません。まず、渋いです。渋すぎる。実際、記録を探しても「両毛国境ってどこ…?」というところから歩き始めている人がいるくらい。そんなルートを快諾したのは、自分の中でもこの道を歩きたかったからに他なりません。理由はただ一つ。深田久弥『日本百名山』の皇海山のページで触れられているこの長大な稜線の記述を実際になぞりたかったからです。
皇海山は、南は六林班峠を経て袈裟丸山に続き、北は三俣山を経て宿堂坊山、錫ヶ岳、白根山へ伸びている。この長い山稜も道が開けているのは一部で、あとは藪と戦わねばならない。それだけにまだ原始的自然美を保っている山域であって、「埋もれた山」を探し求める人たちにとって、これから興味の多い舞台となるだろう。
良いですね。良いです。何ともそそられる文章です。さすが御大。 皇海山はまさに「埋もれた山」として日本百名山に選定されています。もともと大衆好みの要素がないことが魅力なのです。そこを百名山をマークするために登って、こんな地味な山はもう登らないとコキ下すのは滑稽な批判なのです。あいにく皇海山は百名山のジレンマ(深田氏が紹介したがために、深田氏の好まない“通俗な山”になってしまうという皮肉)に若干染まってしまいましたが、その前後の袈裟丸山や錫ヶ岳はまだまだ埋もれた山の要素が色濃く残っていました。まー歩く人ほとんどいないですからね、地形図でも登山道ないですし。
『日本百名山』でも、登山道の興亡については触れられています。鋸山のきわどい稜線を修験道者が見逃すことはなく、江戸時代には皇海山を奥の院に修行登山が行われていたのだとか。ただ、その後廃れたのか、日本で近代登山が本格化した大正時代は廃道をかき分けて登った記録。そしてそのあと、深田さんが登った時も、藪と格闘するような所も多かったみたいですね。そして今、ご存知の通り皇海山はクラッシックルートしか登れなくなり、百名山ピークハンターにとっては高い壁となっています。皇海山ですらそんな状態なので、その裏ともいえる日光白根山方面への稜線の寂れ具合は言わずもがなです。でも後述の通り、割とルートを通して簡素な道標(というか空き缶を木にぶっ刺しただけ)があるんですよね。空き缶の年代から、恐らく昭和の登山ブームの代物。当時は今よりもはるかに山が賑わっていましたから(当時は知りませんが、武甲山の山頂に人がごった返すモノクロ写真を見たことがあります)、今ほど日本百名山が浸透していなくても、どこの山にも登山者がいたのでしょう。深田さんからすれば嘆かわしい山の大衆化なのかもしれませんが、こんな地味なところでも登山者がわんさかいた感じを想像するのが面白いですし、再び一帯の登山道が、深田さんが登った時期のように自然に還りつつあるところにもののあはれを感じますね。
とまぁ、過去の栄光のように綴ってしまいましたが、そんなことはないと思います。両毛国境、良い縦走路だと思いますよ。まずはその長さ。深田さんも長い山稜と記していますが、上州の山から東を見ると、日光白根、皇海山、袈裟丸山のラインが聳え立ってます。まさに国境。俺らが栃木と群馬を隔てているんだという山脈としての矜持を感じます。関東屈指の縦走路であることは間違いないです。関東の山ってどうしても県境になってしまうので、関東山地なんて総称しますが、たいてい山梨、長野、新潟、福島とシェアする形になります。その点、関東県内でこれだけの長さ・高さ双方を兼ね備えているのは立派です。立派というか、純粋な関東圏内であればNo1じゃないですかね。対抗馬は丹沢、奥多摩くらいでしょうが、2,000mはありませんし、長さも20km(石尾根)から25km(丹沢主脈)。対して両毛国境は30kmを優に超えてますからね。そんな数値を誇るので、日帰りピークハントでは相当強敵の皇海山や、栃木百名山四天王と恐れられる錫ヶ岳を通過点にしてしまう痛快さもこの縦走にはあります。総じて、辛いですがリターンも大きい、縦走の良さが詰まったラインだと思います。
【ルート概要】
〇アプローチ
今回同行者の車ですが、交通機関でも沢入駅から行けます。 北上の場合は下山口の湯元→清滝→間藤とバスを経由して沢入駅の車を回収可能、南下はダイヤ的に厳しいかと思います。塔ノ沢登山口はトイレありました。
〇登山口~前袈裟丸山
一般登山道。ただ、賽の河原までは落ち葉が多くルーファイは結構難しい。寝釈迦は見る価値ありです。避難小屋はそれなりに綺麗。
〇前袈裟丸山~後袈裟丸山
一部ルート崩壊のため廃道。前袈裟丸の下りはじめは樹木が密でうるさい。コルが崩壊していて通行止めという扱いですが、本当に廃道レベルなのはコルのごく一部。登山道がザレ場に吞まれつつある状態ではありますが、歩ける道筋は残っているし気を付けて足を置けば進めない道ではなかったです(主観です)。まぁそこからの登り返しもザレていて歩き辛かったので、万人におススメできるものではなかったのと、笹が割と煩いので疲れました。
○後袈裟丸山~奥袈裟丸山
後袈裟丸で群界尾根の登山道とぶつかるのと、三百名山ということで登山者もそれなりにいるので特筆すべき点はなし。樹林帯なので少々退屈ですが、道中迫力ある崖を覗きながら世界で袈裟丸山~庚申山~女峰山にかけてしか生息しないコウシンソウ(崖にしか生えない)がどこかに息づいているんじゃないかという妄想が捗り楽しかったです。
○奥袈裟丸~六林班峠
笹藪区間。ただ、そこまで苛烈ではありません。スネ丈~膝丈クラスで、ルーファイがむずい程度。といっても両毛国境の稜線は昔ながらの道しるべ(空き缶とか、木に打ち付けられた金属板とか)がかなり豊富なのでロストすることは少ないでしょう。もちろん、踏み跡を踏み外して歩きづらい思いをすることはありますが。男山手前が一番濃かったかな?それでも胸丈くらい。
○六林班峠~皇海山
鋸山と皇海山の登り返しが辛いけれど、さすが百名山、よく歩かれた登山道なので藪よりもだいぶ軽快に歩けます。鋸山の下りは多少岩場と言うかザレと言うか足元悪いですが、ロープもあるので難しさ的にはヤブの方が絶対上です(難易度の質は違いますけどね)
○皇海山~国境平
下り始めが早速鬼門。地形が分かりづらく、GPS眺めながら降りることお勧めします。何も考えず歩くと2101点への尾根に向かってしまいますし、正しい尾根も中腹で方向が変わります。木も鬱蒼としていて方向が分かりづらくルーファイは神経使いました。それから時期にはよりますが、歩いた11月中旬はすでに雪も付く季節。北斜面なので融雪も進まず、その点もネックでしたね。傾斜が緩くなると笹原ですが、背丈も高くないので辛くはない。地形も優しいので歩いていれば国境平に着きます。国境平はだいぶ降りましたが水あり。沢地形なので少雨時もさらに下ればどこかしらで汲める感じで、枯れなさそうな安定感はありました。
○国境平~錫ヶ岳
ちょい笹藪or針葉樹林を縫うような道だけれど、思ったより後者パートが多くて歩きやすい(笹がないから)。日向山を過ぎて1736点~1828点にかけては東側が割と薙いだ崖なので近づきすぎないよう注意。淵まで距離を取って歩く分には問題なしです。三俣山手前、1847点付近は笹濃い目。特に1847点手前は道幅細くちょっと足元頼りない急坂もあったりで少し気を遣いました。
三俣山からしばらくは細い針葉樹林帯でヤブはほぼないので割と快適。2077点周辺と錫ヶ岳直下は再び笹が濃くて堪えるので、それまでのボーナス区間と捉えましょう。特に錫ヶ岳直下は急坂で笹も濃いのでなかなか進みませんが、登頂すると戦場ヶ原、男体山、中禅寺湖のセットビューがビビるくらい素晴らしいです。
○錫ヶ岳~白桧岳
引き続き地図上は登山道なし区間ですが、栃木百名山四天王の錫ヶ岳目当てでそれなりに入山者はいるので、久しぶりの道感があります。とはいえ紛らわしい獣道?も交差するので登山者トレースを外すと茂みが結構煩いです。これまで目立っていた金属プレートもただのピンテになって見失うこともしばしば。ただ日光白根、男体山両座に向かって進む開放感はとても気持ちよく、両毛国境縦走路のハイライトと言える区間でした。個人的には錫ヶ岳東のコルの小池の雰囲気が気に入りました。白桧手前も笹藪の登りで地味につらいのですが、笹藪に林立する枯れ木の景色が印象的で、空も広く精神的疲労は少なかったかもです。
○白桧岳~湯元温泉
外輪山も前白根手前までは道がないことになってますが、しっかり踏み跡あります。白根隠手前はちょっとした岩場。また打って変わって火山地帯で植生がないので、白根隠と前白根の登り返しがありありと見えて精神的に辛い(ここまで歩くと相当疲れてる)ですが、登ってしまえば大したことなかったです。前白根まで着けば完全にちゃんとした登山道。高速道路気分であっという間に外山の鞍部まで着くと思います。ここからスキー場までがまた急な下りで膝に来るんですが、気合で降りましょう。ここまで歩けたのですから。
【山行を終えて】
3年前、はじめて皇海山に登った時の記録の最後に、「皇海山は登山者に『なぜ百名山か』という問いを投げかけている山なのではないか」と書きました。展望もなく地味で、アクセスも悪く、ピークハント的には決して報われず、ただ黙ってそこに聳えるだけ。その姿こそが、深田久弥の思う“山の価値”を体現しているのではないか、という話です。冒頭でも触れた、「埋もれた山」というフレーズがこの山の大きな価値でしょう。
今回、両毛国境を縦走してみて、その感覚はむしろ強くなりました。皇海山単体ではなく、袈裟丸から錫ヶ岳、白根山へと続くこの長い稜線全体を歩いてみると、「埋もれた山」という言葉は決して消極的な評価ではなく、むしろ本来の山を楽しむための、ひとつの理想形なのだと感じます。
景色の良さや到達のしやすさだけで測れない魅力。自らルートを考え、藪と向き合い、時間と距離を引き受けて初めて立ち上がってくる山の価値。皇海山を中心とした足尾山地一帯が、消費的・即物的なスタイルと対極的な登山、すなわち原始的な登山を選ぶ人にとっては、静かで自由な山を楽しむことができるエリアだと知れたのも、この関東随一の縦走を歩いた収穫でした。足尾山地に根強いファンがいるのも、何となく分かります。埋もれた山を発掘しに、なんて野暮なことは言わず、山に埋もれたい気分になった時は、また訪れたいと思います。