境界を歩く。甲相国境尾根縦走(西丹沢VC→山中湖)
御正体山・杓子山・石割山
(山梨, 神奈川)
2026年03月20日(金)〜21日(土)
2日間
西丹沢から山中湖方面へ抜ける神奈川と山梨の県境を走る甲相国境尾根。平安時代に編纂された日本後紀にもその境界を巡った記載があるようで、その後戦国時代の武田氏と北条氏の争いを経て、江戸時代に甲州平野村の勝之進という人が幕府に訴訟を起こして決着するまで1000年ほどかかったとか。
そんな歴史の舞台でもある尾根を友人と歩いてきた。
あまり良くない天気予報だったせいか、新松田から西丹沢ビジターセンターまでのバスはびっくりするほど空いていた。車窓から見る丹沢湖は、現在の貯水率は33%で、かなり水位が下がっていた。
朝9時ごろビジターセンターに到着。バスを降りて見上げると空は曇っていて山頂付近には霧がかっているように見える。ビジターセンターで畦ヶ丸のバッジをゲットし、西沢に沿って川沿いを歩いた。途中ミツマタやハナネコノメなどが咲いており、水もきれいで釣り人にもあった。まるで御岳山のロックガーデンみたいな雰囲気で、新緑の季節なら、さらに気持ちがよさそうだ。
渡渉して畦ヶ丸への取り付きへ。だんだんと霧が濃くなってきてついにポツポツと雨も降り出した。適当なところでレインウエアを着て標高をあげていく。星形の湿度計とも言われるツチグリという不思議なキノコも途中で見つけた。
元気に駆け下りる子供たちとすれ違ったりしながら、昼頃に畦ヶ丸へ到着。はじめて登山者がこの登頂したのは大正12年、秘峰・畦ヶ丸として当時の山と溪谷に発表されたようだ。山名の由来はアセビが多い山として畦ヶ丸という説もあり、冬枯れのブナの中で、常緑の緑と白い花をつけた複雑な樹形のアセビの木が霧の中に見えて印象的だった。
避難小屋には数人の登山者が休んでいた。結露した窓に目を向けると、指で「うんち」となぞり描いた形跡がある。いつの時代の子供もうんちが大好き。そして小屋の中の気温は8度。昼食をとってから菰釣山方面へ向かう。途中で見かけた半透明のグミみたいな黄色いキノコは調べたところ、クチベニタケ(口紅茸) の幼菌とのことだった。
城ヶ尾峠、大界木山と進むにつれ、どんどん霧が濃くなっていくが、さいわい雨脚はそこまでに強くない。ただ足取りは遅くなる。霧の影響なのか、なんだか同じような場所を繰り返し通っているような錯覚に。疑似リング・ワンダリング。スマホのGPSではちゃんとルートを進んでいるので問題ないが、地図だけだったら不安になっただろうなと思った。城ヶ尾山山頂ではほぼ真っ白。気温も下がり雨はミゾレに変わっていた。
畦ヶ丸からは誰ともすれ違わない。ミゾレに加えて風もかなり強くなったきた15時過ぎにようやく菰釣避難小屋に到着。冷えた体を温めながらここで一泊させてもらうことに。16時頃に山中湖側からきた方がひとり小屋入りした。風はさらに強くなり、気温がどんどん下がる。ランタンを持ってなかったので、ヘッデンで照らして早めの夕食。尾西のアルファ米にフリーズドライカレーで体が少し温まった。19時前にはスリーシーズンの寝袋にシェラフカバーを追加してくるまったが、中々に寒くて眠りに入るのに苦労した。
夜中0時、激しい風の音で目が覚める。外に戸を開けて外に出てみると台風なみの爆風で吹き飛ばされそうになる。ただ霧は完全に消えていて星がよく見えた。偶然流れ星も目にすることができた。南の方に目を向けると、とおく、街の光がほのかに見えた。朝には風が収まってくれていることを祈りつつ寝袋に戻った。
翌朝の避難小屋の気温は2度。白い息を吐きながら外に出ると、昨日の悪天が嘘のように無風で穏やかだ。夜明けの前に早立ちをし、30分ほどで菰釣山へ。薄明の空に溶けるように浮かぶ富士山はまるで眠っているかのよう。やがて東の木々の間から真っ赤な朝日が徐々に空と富士山を照らし始め、山が目を覚ます。県の境界で時間の境界を味わうことができた。
このあとは山中湖方面へ向かう。国境尾根の山梨側は日が当たらず冬のような白い景色だが、神奈川側は陽が当たって春の訪れを感じる。まるで季節の境界だ。明るい場所が増えると鳥のさえずりも増え、シジュウカラやゴジュウカラ、ウソの姿を写真に撮ることができた。鳥名は帰ってから調べたが、いずれ鳴き声や姿で判別できるようになれたらいいなと思う。
そういえば国境尾根でごま塩みたいな石や岩が崩壊して白い砂地になっている場所を度々見かけた。これらは花崗岩の仲間らしいが、丹沢のこの種の岩石は石英が僅かしか含まれず、トーナル岩(黒角閃石)に属すらしい。
いくつかのピークを過ぎ、山中湖と富士山の眺望が良い富士岬平へ。その後高指山を経由し、切通峠からの登りは疲れた足には堪えたが、なんとか丹沢山地の最西部、甲相国境に位置する鉄砲木ノ頭へ。ここは駐車場から簡単に登ってこれるようなので観光客もいた。富士山を見ながら枯れたススキの中を山中湖へと降り、今回の山行終了。
新宿行きの高速バスまでは時間があったので、平野バス停近くのハンバーガー屋で下山飯&ビールで充電。そういえば江戸時代に国境の訴訟を起こした勝之進さんは平野村出身だったと思い出す。高速バスは中央道の渋滞で90分遅れで新宿に到着。大黒というヤキトン立ち飲み屋で締めた。