高妻山・戸隠山(長野,新潟)
2026年11月1日 (日)日帰り
※今回はこうさん、shuさんとのコラボ企画となります。
とうとう11月に入った。
紅葉も至る所で散り始め、北日本は軒並み雪景色に包まれる様になった。
雪に埋もれないうちに、出来る限り秋の高いお山へたくさん行っておきたいところである。
そんな中、アルバトリオンよりどこか遊びに行きたいと強請ってきた...。
そこで今回は、長らく行くことを躊躇ってきたあのお山へ行く事にした。
それは、戸隠山の「西岳」。
今年の初夏、野尻湖のほとりに聳え立つ斑尾山を以て北信五岳を完全制覇してきた。
しかし...北信五岳のうち戸隠山には、まだどうしても行き損ねた場所があった。
それこそが戸隠山の西岳である。
そもそも戸隠山の西岳は、“信州百名山”のひとつに数えられていて、その中における最難関として君臨するお山である。
もちろん信州百名山にも四天王の存在が地元の人に仄めかされていて、鋸岳、東山、堂津岳と共にこの西岳ももれなく含まれていた。
今回そんな戸隠山の西岳へ、アルバトリオン、ミラボレアスと共に挑むこととなった......。
降り着いたのは、夜明け前の鏡池大駐車場。
早速登り始める......。
本日は明け方間際に北西側の空を見上げると、国際宇宙ステーションが目まぐるしい速さで空を飛んでいる。
それを思い出して空を見上げると、星空に紛れてやはり国際宇宙ステーションが戸隠連峰の真上を通り抜けていた。
駐車場から取り敢えず鏡池に向かう。
鏡池からはまだ夜明けで雲に塗れてよく見えていないが、これから挑む戸隠山および西岳の鋸歯状の山体がうっすらと見えていた。
鏡池のほとりを少しだけ歩いて、樹林帯に突入する。
少しだけ歩いたところに天明稲荷があり、此処にてお参りをしていく。
しばらく木道を歩いていくが、ところどころ泥濘がありあっという間に下半身が泥だらけになった。
樹林帯をしばらく歩いていくと、戸隠神社入り口との分岐点が出てきた。
そこからさらに進むと、隋神門が出てきた。
赤く大きな立派な門で、高妻山攻略以来とはいえやはり迫力があった。
隋神門を潜って、いよいよ戸隠山へ進む。
杉並木を歩いていると、少しずつ勾配が増してきた。
そこから程なくして、戸隠山登山口が出てきた。
これより、戸隠山へ続く厳しい道が始まった...。
戸隠山はその見た目通り、最早屏風の様な形をしている。
当然そこに至る道の強烈な急登がひたすら続き、泥濘やぬるぬるの岩場が次から次へと出てきて一気に足を疲れさせる。
まだ下の方のため、幾らか紅葉が残っていた。
赤く色づいた葉は美しく、まさにこれから始まる冬に向けて三段紅葉の装いだった。
樹林帯の急登をしばらく登っていくと、少しだけ木々がまばらな踊り場に出てきた。
そこからは戸隠山の崖と遠く九頭龍山が天高くそそり立っていた。
此処で一休みする...まだまだ稜線へは程遠い。
朝がたということもあって、風が冷たい。
さらに樹林帯の急登を進んでいく。
木々の合間から雲海に包まれた飯縄山を望み、気を紛らわせながら登っていく。
ぬるぬるの急登をしばらく登っていくと、本日最初の鎖場が出てきた。
戸隠山はほとんどが凝灰角礫岩で構成されていて、そのごつごつした岩屑を足掛かりにして鎖場を登っていく。
前回高妻山攻略時もこの道は通ってきたが、本日は前日の雨や雪によって悉く濡れていて、お世辞にも登りやすいとはいえなかった。
ぬるぬるの岩場はどうしても足をとられる。
鎖にしがみ付く格好になって、余計に腕が疲れてしまう。
最初の鎖場を抜けると、もう目の前に大きな岩壁が見えて来る様になった。
これからあの上へ行くと考えると、ある意味ぞっとする瞬間である。
ふたつ目の鎖場はさらに急になり、着実に戸隠山の懐に近づいていることを意味する。
急な鎖場をなんとか登り切ると、五十間長屋が出てきた。
まるで修行の場の様に内側に抉れた洞窟みたいなところで、まさに大自然の芸術である。
そこからさらに登っていくと、今度は百間長屋が出てきた。
こちらは回廊の様になっていて、その中を通り抜けていく。
百間長屋からきた道を振り返ると、眼下には一面の雲海と遠くに飯縄山や斑尾山と言ったお山を望むことができた。
細いトラバース状の道を進んでいき、短い急登を越えると、岩壁の上に佇むあのお社が見えてきた。
それは、西窟だった…。
もうこれを通り過ぎると、いよいよ戸隠山は本気を出して来る。
これより気を引き締めて臨まなければならない。
西窟を越えると、長くかなり急な鎖場が出てきた。
この時点ではまだ突起も多く、手がかりや足掛かりは豊富である。
一歩一歩慎重に攀じ登っていくと、天狗の露地に着いた。
一応西窟と同様に余力があれば展望台に登ることができるが、強烈な高度感で打ちのめされるのが関の山である。
高妻山攻略の時に一度行った事があるため、今回はそのまま先へ進む。
この先は、垂直と横移動が絡む鎖場が出て来る。
足の置き場には困らないものの、岩が濡れていて思う様な動きがとれない。
普段であれば岩に対して爪先に力を入れれば、ある程度摩擦抵抗で身体を支えられる。
しかしこの日はぬるぬるの為、それがなかなか利かない。
晴れているとはいえ、朝露で濡れた岩はこれだけでも脅威そのものである。
垂直に登ったのち、水平に移動してさらに上を目指す。
足で上手く支えられない以上、どうしても鎖を握る腕に力が入ってしまう。
この後の西岳を考えると、せめてこの区間だけでも腕力は温存しておかなければならない。
出来る限り鎖に頼らず登っていきたいところ。
急な鎖場を越えると、また小さな踊り場に出てきた。
もう最初に登ってきた鏡池は米粒の様に小さく見え、遠く上信越のお山が雲海に浮かんでいた。
この時点でそれなりに高さを煽られるが、まだまだ戸隠山は本気を出したばかり。
強いて言えばまだ[一般登山道]の範疇である。
踊り場にて一休みして、さらに登っていく。
朝方は曇っていたものの、少しずつあたりを取り囲んでいた雲が取れてきて景色がしっかり見える様になった。
短い急な鎖場を抜けていくと、一気に視界が開けてきた。
もう目の前には戸隠山の山頂が見えている。
しかし、その前にはどうしても越えなければならないものがある…。
それは、稜線上に続く長い急な鎖場である胸突岩を越えた時訪れた。
慎重に足を置いて胸突岩をよじ登り、そこから大きな岩屑を乗り越えた瞬間、とうとうあの場所が見えてきた。
戸隠山の難所『蟻の塔渡り』である。
全長20mで幅員50cmのナイフリッジの区間と、全長5mで幅員30cmの“剣の刃渡り”と呼ばれる区間で構成されている。
少しだけ休み、いよいよ腹を括る。
意を決して、蟻の塔渡りへ挑む...。
両側が数100m以上の高さで切れ落ちていて、一瞬の油断も許されない恐ろしい場所である。
一応前半の区間だけご丁寧にエスケープ用の道が設けられているが、結局その先の剣の刃渡りを通る都合上五十歩百歩の様なものである。
思わず身がたじろぐ...もう既に背後でこうさんとshuさんはその悍ましい世界に戦慄いていた。
高妻山攻略以来2回目の蟻の塔渡りであるが、どうしても脚が竦む。
ましてや去年の骨折事故の記憶があり、尚更神経がすり減ってしまう。
跨がりながら進み、がりっがりに痩せ細った岩の回廊を渡って行く。
前半部分を越えると、もちろん今度はさらに細い区間が出て来る。
いわゆる“剣の刃渡り”である。
側から見ればただの三角木馬...山登りだから許されているものの、普通に考えたら拷問器具としか思えない。
跨がりながら慎重に進み、なんとか蟻の塔渡りを渡りきることができた。
そこから短い垂直の鎖場をひと登りして間も無く、ようやく八方睨に着いた。
これより戸隠山の主稜線上を歩く事になる。
八方睨は分岐点になっていて、東に進むとこの前挑んだ高妻山へ、西に向かうとこれから挑む西岳が連なっている。
取り敢えず、戸隠山へ向かう。
少しだけ下りて、南側が切れ落ちた崖沿いをしばらく登って行く。
笹に包まれていてあまり高さは感じないが、すぐ側が絶壁になっていて全く気が抜けない。
そこから程なくして、戸隠山に着いた。
此処からは、雪を薄ら纏った三段紅葉の高妻山が目の前聳え立ち、西側に目を向ければこれから挑む西岳と遠く白馬岳を望むことができた。
戸隠山を後にして、八方睨まで戻る。
切れ落ちた崖沿いを歩いていき、登り返す。
八方睨にて体制を立て直し、いよいよ戸隠山の西岳へ向けて歩みを進める。
これからの期待と不安を背負い、まだ見ぬ地へ向かう。
しかしこの後、絶望と戦慄が織りなす恐怖の旅が始まろうとはまだこのときは知る由もなかった…。
八方睨から西側の稜線に進むと、急な激下りが始まった。
笹と倒木、それに泥濘とこれでもかっていうほどの妨害要素に溢れていた。
一応ところどころに西岳登山道と記されているが、そもそもさっきの蟻の塔渡りまでが一般登山道であって、この道は一般登山道にあらず。
つまり、形式上では破線もしくはバリエーションルートという扱いを受けている。
鏡池から戸隠山を望むと、西岳と八方睨の間に大きく窪んだ鞍部がある。
これは戸隠連山最低鞍部と呼ばれ、今からその場所まで一気に下りなければならない。
その高低差はざっと200m程度あり、一瞬ながら雲海の中に突入する。
笹の激下りを下りて行くと、雲の中に入った為視界が消えた。
視界が消えたとは言え、常に南側は容赦無く切れ落ちている。
よそ見なんてしていようものなら、一瞬で命を奪われかねない。
全く気が抜けない道をしばらく下りて行くと、戸隠連山最低鞍部に着いた。
これより戸隠山西岳へ向けて登り返していく。
その高低差はざっくり300mはあるだろうか…目の前には最早壁にしか見えない崖が見えていた。
はじめは緩やかな坂だったが、途中からぬるぬるの泥濘や笹だらけのトラバースが出て来る様になり、歩くのに手間がかかる。
まるでこの前の荒沢岳のごとく荒れ果てた道で、時折霜なのか雪なのか真っ白な霧氷が笹に付いていた。
絶壁を回り込む様にして、切り立った稜線上へ登って行く。
稜線上の目の前には脆く急ながれ場の鎖場があり、慎重に攀じ登って行く。
鎖場を登って行くと、今度は霧氷に覆われた笹の急登が出てきた。
倒木や泥濘、ぬるぬるの岩屑も混じっていて、全く脚が進まない。
霧氷が付着した笹は最早藪漕ぎと化していて、登るにつれてどんどん全身ずぶ濡れになってしまう。
北側から風が吹いていて、濡れた身体が容赦無く冷え切ってしまう。
笹の急登に苦しめられていると、少しずつ開けてきた。
そこからしばらく登って行くと、本院岳に着いた。
本院岳は、鏡池から見ると西岳側の山塊の中でひときわ大きく鋭く聳え立つ存在で、まるで将棋の駒を突き立てた様な不気味な姿をしている。
此処からは、主に高妻山はもちろんのこと、これから挑む西岳、遠く上信越国境や八ヶ岳、さらに南アルプスなどを望むことができた。
本院岳を後にして、いよいよ西岳へ向かう。
西岳はすぐ近くに見えているが、そこに至るまでの道もやはり一般登山道とは一線を画す。
笹の激下りを下りて行くと、さっきまで緩やかで広めだった稜線が一気に狭くなった。
そこからさらに進むと、両側が鋭く切れ落ちた岩稜帯に入った。
その場所は『戸隠切戸』と呼ばれ、まさしくV字状に抉れた痩せ尾根だった。
眼下には雲海が波の様にうねり、雲が渦巻いていた。
戸隠切戸を慎重に越えて行くと、いよいよ西岳に向かって長く垂直に立った鎖場を攀じ登って行く。
岩がぬるぬるで、足を置いても滑ってしまう。
まるで妙義山の鷹戻しを思わせる代物で、とてつもなく急で長い。
腕に頼りたいが、強引に登ればあっという間に力が奪われてしまう。
足が僅かに置ける場所で腕を休ませながら、小刻みに登って行く。
もう下を見れば...どこまでも切れ落ちた戸隠山の稜線が見えている。
最早表妙義縦走路に近い絶望感である。
切り立った鎖場をなんとか攀じ登ると、少しだけ緩やかになった。
鎖は稜線上に渡って続き、それを伝って笹の細尾根を登って行く。
それを越えると、笹の回廊が出てきた。
そしてそこから歩いていき、登り始めてから5時間ほど経った頃遂に戸隠山西岳の山頂にたどり着いた。
山頂はこじんまりとしていて、やや湧き立った雲が流れる間には、高妻山や本院岳、上信越国境、そして遠く八ヶ岳や白峰三山などを望むことができた。
此処で水分補給とおやつを済ませて、少しだけ休む。
西岳まで登ってきたのはいいが、問題は此処からの下りである。
もう此処まできてしまった為、行くも地獄そして引くも地獄である。
つまり、進まなければ帰ることができない。
西岳を後にして、今度は弁慶岳へ向かう。
現在は第1峰という名前で呼ばれていて、この弁慶岳よりP1尾根と呼ばれる稜線から鏡池に下りて行く。
西岳から弁慶岳へは、比較的緩やかな笹の尾根道を歩いて行く。
とてつもなく危険な戸隠山の中では安全な感じに見えるが、それでも南側は相変わらず断崖絶壁になっていて、此処も油断していると即死しかねない。
南を向けば雲海に包まれた飯縄山や長野市街地、西を向けば長大な後立山連峰の稜線が連なっていて、いっときながら安らぎの様な時間である。
やや細い笹の稜線を下りていき、そこから少しだけ登り返すと、程なくして弁慶岳に着いた。
もうこの辺りまでくると、日がかなり昇ってきた為雲が沸き立ってしまい真っ白になった。
真っ白だからと言って、油断していいわけではない。
弁慶岳を後にして、いよいよ鏡池へ向かって下りていく。
あとは下りるだけ...まだ自分はこの時そう思っていた。
それがのちに後悔する事になるとは、思いもしなかった。
弁慶岳からの下りは、開幕からロープ場の急降下から始まる。
ざれた激下りで、岩が脆く足を置いてもすぐ崩れてしまう。
ロープ場を下りると、今度は長い笹の激下りが出てきた。
ほぼ直滑降のような勢いで、泥濘もあってまともに歩くことができない。
最早尻餅や滑り台の要領で下りて行くしかない。
さらに言えば、岩もぬるぬるで転ぶだけで谷底に放り出されてしまう。
つまり、西岳の本番はこの下りである。
笹の激下りは下りれば下りるほど苛烈になってきて、とうとう垂直の長い鎖場が出てきた。
岩が湿っていてぬるぬる…おまけに足を置く突起がとにかく少ない。
まるで妙義山にある大覗きや2段ルンゼにそっくりな、超絶に理不尽な鎖場だった。
登りなら誤魔化しが効くが、下りはどうしても滑り台を滑走する様な格好になってしまう。
3点支持がまともに使えない以上鎖にしがみつく事になり、その結果…ぬるぬるのおろし金の様な岩に身体を容赦無く引き摺られながら強引に下りてしまい腕と脚が無数の痣と擦り傷だらけになった。
何とかこれだけで済んだ…大怪我しなかっただけでも十分だった。
ぬるぬるの鎖場を下りた先には、またしても垂直の鎖場があった。
ただ、さっきと違って足掛かりはしっかりとしていて幾らか安心だった。
慎重に下りて行くと、小規模ながら蟻の塔渡りが出てきた。
戸隠山の八方睨のものより短く幅は広めだが、それでも両側は鋭く切れ落ちていて油断したらまず助からない。
一歩一歩ゆっくり歩みを進め、細い尾根を越えて行く。
短い蟻の塔渡りを抜けると、今度は梯子と鎖の登り返しが出てきた。
それもそのはず、その梯子は垂直を通り越して反り返っている。
そしてその先の鎖場も、下の方に弛んでいて脚をかける場所が乏しい。
梯子を登るまでは良かったが、そこからまともに足が置ける場所までが遠く、鐙はひん曲がっていて使えない。
おまけに足が置けそうな岩の突起もぬるぬるで、あまり使いたくない。
此処で腕力に頼るのはとてもじゃないが無理がある…爪先だけで岩の突起に脚を乗せて、瞬時に上の鎖に手を持ち替えなければならない。
ほんの一瞬の動作だが、非常に緊張する。
此処で気を抜けば大事故では済まされない。
鎖に手をかけて一気によじ登り、倒木を跨ぐ。
そこから程なくして、無念の峰に着いた。
無念の峰からの下りも、当然危険極まりない苛烈な鎖場が続く。
垂直に近い長い崖を、鎖を伝って斜めに下りていく。
岩の突起が多く湿っていない為、此処だけは比較的楽にいくことができた。
しかし、この先が問題だった…。
戸隠山の一不動からの下りには、帯岩と呼ばれる難所がある。
傾斜したぬるぬるの一枚岩の上を、鎖を伝って横断する非常に危険なトラバース路である。
そんな帯岩が、恐ろしい事に全く同じ代物がこの弁慶岳の下りにもあった。
しかもその長さがとてつもなく長い。
眼下には、天狗原の樹海と鬼無里の集落群が広がっている。
目が眩むほどの高さで、猛烈な高度感で身体が凍り付きそうである。
ぬるぬるの一枚岩を、鎖を頼りに横移動していく。
脚をとられたらそのまま谷底へ真っ逆さまである。
折り返してさらに下りていくが、今度は藪付きで下が脆いがれ場になっていた。
脚を置くのもとても信用できない…むしろいっその事上に生えている木の幹を掴んだ方が安全にすら思えた。
弁慶岳の帯岩をゆっくり下降していくと、枯れた沢の激下りが出てきた。
こちらにも鎖がかけられていて、慎重に下りていく。
そこから程なくして、熊の遊び場に出てきた。
何とも物騒な名前だが…こんな危険過ぎる絶壁しかない所に一体熊は本当に遊ぶのだろうか。
熊の遊び場を越えると、いよいよ樹林帯に突入する。
樹林帯に入っても、しばらくは長い激下りが待っていた。
小刻みに登り下りをしたり、時折木の根の盛り上がりを跨いだりと、とにかく忙しなかった。
おまけに稜線の両側は見事に切れ落ちていて、森の中だろうが一切気が抜けない道だった。
細い尾根道をしばらく下りていくと、最下層部思われる鎖場が出てきた。
こちらも垂直になっていて、杭で足場が確保されているものの下の方はぬるぬるの岩があって下りるのがつらい。
もう腕の力が相当削がれている。
ぶら下がろうと思えばできるが、あまり長くはやりたくない。
慎重に足の置き場を見つけて、一歩ずつ3点支持にて下降していく。
慎重に下降していくと、何とか鎖場を下り切ることができた。
そこには望岳台と呼ばれる場所があり、目の前には荒々しい本院岳の雄姿が望むことができた。
望岳台より先は、ほとんど緩やかな道が続く。
落ち葉が敷き詰められた紅葉の下り坂で、近くに牧草地もあって幾分か快適な下りだった。
とはいえ距離がそれなりに長く、いつまで経っても下りない。
傾斜が緩くなった分、高度を下げるのが遅くなってしまった。
下に行けば行くほど、葉の赤みも増してきた。
紅葉が素晴らしく、ある意味本日の終盤に相応しいご褒美というべきだろうか。
紅葉狩りを楽しみながら駆け下りていくと、沢へ続く激下りが出てきた。
再び暗い森の中に入って、がれ場の激下りと沢沿いの細い回廊を歩いていく。
あと少しで沢と言いたいところだが、やはり此処は西岳登山道。
そう簡単に帰らせてもらえるほど甘くはなかった。
途中の泥濘は沼の様になっていて、おまけに沢へ通ずる回廊は極細で非常に脆い。
適当に歩いているとすぐ谷底へ真っ逆さま…。
やはり此処も慎重に歩かざるを得ない。
そこからがれ場の激下りを抜けると、いよいよ渡渉が出てきた。
沢が細い為すぐ渡れるが、もしこれが増水していたとなると明らかに危険である事には変わりない。
本日は比較的水が少なかった為、ある意味恵まれていた。
渡渉はざっくりと3回はあった…渡渉を終えた時点での標高は1000mを少し越えた程度。
鏡池は1200mのところにある為、つまり200m登り返さなければならない。
その登りも地味にきつく、最近になって迂回路が設けられた為さらに急登まで付いてきた。
今回は硬い登山靴で来ていて、あまり履き慣れていないこともあって靴擦れを起こしていた。
踵の上側のまめが潰れて、ぐちゃぐちゃになっていた。
つぶれたまめの痛みに苛まれながら樹林帯の急登を進むと、稜線上に出た。
もう此処までくると、遠くから車の走る音が聞こえてきた。
そこから程なくして、鏡池の林道が出てきた。
あとは駐車場に向かって歩くのみである。
此処まできたら安全である…さっきまでのあの鎖場の連続はまさに生き地獄そのものであった。
そこからだらだら歩いていき、上りは覚めてから8時間半ほど経った頃ようやく鏡池大駐車場まで下りてくることができた。
再び鏡池に行って戸隠山を望む…。
妙義山の如く天空に連なる無数の岩峰群。
高妻山に行った時から西岳の存在は分かっていたが、ようやくこの日に攻略することができた。
蟻の塔渡りの時点でも相当厳しい山行だったが、西岳はそれをも凌駕する命懸けの行程だった。
岩場に至るまでの道のりまでは比べることができないが…その厳しさは、3年前に行ったジャンダルムを遥かに越える恐ろしいものだった。
ある意味表妙義縦走に匹敵するのも頷ける。
このあと、温泉とお食事を済ませ足早に帰宅の路へつく…。
晩秋の三段紅葉に彩られた戸隠山の西岳にて、命を懸けた極限の世界を味わったアルバトリオンとミラボレアスであった。