博士、タイムマシンが完成しましたよ。博士山周回
博士山
(福島)
2025年11月25日(火)
日帰り
本日午後の部、二座目は名前の面白い博士山へ
崇神天皇の御代、四道将軍が東北に派遣された際に大刀を「佩かせ」て登ったのが名前の由来だとか。
少し苦しいが、他にすっきりする説はないようだ
そう言えば、そもそも博士を「はかせ」と呼ぶのだって不思議だぞ、ってことで調べると
・博士(はくし)
博士課程を修了した者に与えられる学位
・はかせ
学問や分野に精通した人を指す呼称
朝鮮半島から渡来した学者に由来するという「はかせ」を実在の漢字にあてはめたもの
ああ、確かにそういうことあるぞ
ちょうど同じことを感じたばかりだった
当日の天気を確認しようとして、天気予報アプリの検索欄に「博士山」と入力したら、不思議な結果に。福島にあるはずの博士山がなぜかオーストラリアにあると表示される
しかし「オーストラリア、博士山」で検索しても現地にそんな山はない
しかもオーストラリアの博士山の情報は中国語表記のものしか出てこない謎
なんだこれ?教えて博士ー
よくよく見ると博士山(BoxHill)と併記されている情報があり、どうも現地有数の中国人街があるBoxHillを中国語読みに当てはめて「博士」+Hillを意味的に「山」で表したことによる不思議現象だったみたい
中国人さぁー😂
でもこれって日本でもたまにありますよね
表意と表音を兼ねる漢字を使用する文化圏ならではのものなんでしょうね
しかも結局、肝心の日本の博士山は天気予報の検索にHitしなかったっていうね。おい!笑
時間の無駄だったー
博士山の怪、ですね
ということで東北百名山、博士山登ってきました
急坂を登り、二連梯子が現れたあたりからかなりの急登ゾーン
磐梯山の勇姿を眺め小休止を入れつつ
急登で稜線まで上がる
噂に聞くキツさ
道海泣尾根とは言ったもので、ホントに泣きが入りました笑
稜線手前からは雪が積もり出す
激急登ゾーンに積もってなくて良かったわー
稜線に上がってからは今年最初の雪を踏みしめながら歩く
いいねー
まあ、踏みしめないと滑るんですけどね笑
痩せ尾根には滑ったらスカイダイブなところもありました
ここからは急登もなく、いきなり優しくなる博士山
博士も厳しいばかりの鬼教官ではなかったようです
どうしたの、博士?笑
最後の坂を登り、博士山1482m登頂!!
結構キツかったー
志津倉といい博士山といい、会津の山は山深く閑かに佇みながらも山中は険しく、森が美しい
下りは血塗られた看板に少しビビりながら、でもまったく問題なく、楽しく下りる
午前の部と同じく下山ルート指定だったのには笑いましたが笑
会津、いいところだなーと感じながら歩きました
ぬーさん、念願叶いました。ありがとうございます😊
また来ますー
下山後、気になって調べると博士山の山頂にはかつて陸奥国ニの宮とされる「伊佐須美神社」が座したといい(社峰のほうにかもしれません)、同じく磐梯山に座した「磐椅神社」とかつて県内一二の勢力を争ったのだとか
磐梯山の格好良さを誉めてしまったけど、まずかったかな?笑
失礼しました
そして不思議な伝承を知る
その福島県では一の宮である伊佐須美神社が転々と遷座されていること。
まずは県境新潟側の御神楽山、その後、只見川対岸の三坂山、それから博士山、里に近い明神ヶ岳と線を描くように麓の現社まで遷座されたという
なぜだろう?
こんな事例は聞いたことがない
かつて新潟平野は海、潟であり、弥彦山塊が半島状に突き出していた
その新潟側に向けて社が建てられたという伊佐須美神社
それが福島会津の里のほうに移動するように、どんどん遷座されていった
その流れを追うと、これは会津の鉱脈を辿る道
地元の者でないのでよく知りもしない固有名詞を書き連ねることはしないが、遷座先にそれぞれ鉱物資源が豊富な土地があったのは間違いないようである
北陸、越国から東北というと金属加工技術を持った渡来人の流れが考えられるが、それに合致する伝承である
やがて会津は金属加工における先進地域となって技術、文化を発展させ、新潟燕三条にその技術を逆輸出
世界有数の金属加工技術を有するという燕三条の現在に繋がったとされている
鉱山では「ねこ」という名称がよく使用される
金銀銅鉄などの鉱脈を根子と言い
砂金、砂鉄も「ねこ(寝粉)」
そこに水を流し分離、鉱物を採取することを「ねこ流し」
それを「ねこ場」の婆さんが管理して「ねこばば(ねこ場婆)」という言葉ができたとか笑
ほかにも手押し車、削岩ハンマーも「ねこ」など
午前中に登った隣山、志津倉山には化け猫伝説が残っていて、北陸から福島、山形あたりまで同様のものが見られると書いたが、化け猫伝説も鉱山、金属加工の技術とともにこの地に流れてきたものなのではないかと推測される
実は山形にも猫岳という山があるが、その山中には日本三大銅山とも言われた永松銅山跡があるのだ
ここで志津倉山で湧いてきた疑問の答えに思い当たった
同じ福島でも猫魔ヶ岳では化け猫は猫石に封じられ、富山、猫又山では逃げ去った
悪のままである
それはいい
なぜ志津倉山でだけはカシャ猫は改心して山の守り神になったのか
それは、この地に渡来系の製鉄(金属)の民が流入し根付き、つまり「ねこ」が土地を豊かにしてくれたからなのではないか
そして会津は金属加工の要地になり、伊佐須美神社は古来より続いた磐梯山信仰にとって変わって信仰を集めることになった
そう思えてはきませんか
ここで思い出してほしい
「はかせ」という言葉の成り立ちを
・はかせ
学問や分野に精通した人を指す呼称
朝鮮半島から渡来した学者に由来するという「はかせ」を実在の漢字にあてはめたもの
つまり渡来系の製鉄(金属)の民の専門家を指して「はかせ」と称え、山名としたのが「博士山」
うまく力にすることができなかった土地は、渡来人を排除するなど「ねこ」が退治された伝説を残した
そういうことなのではないかと考えます
志津倉山と博士山、下山後も思考の旅を楽しめる素晴らしい山でした
心は遠く、悠久の過去へ。博士、タイムマシン使っちゃったよ笑
今日も無事、下山できてありがとうございました😊