活動データ
タイム
05:07
距離
16.3km
のぼり
1143m
くだり
1166m
活動詳細
すべて見る今日こそは三ツ岳!と思っていたら、午後2時頃まで車を使いたい派がおりまして… ならば岳へ送ってもらう事に。 久しぶりの西登山道、そういや奥の院ってのがあったよな。県道42号線に西光寺奥の院って道標もあった。はずだった。いつの間にか無くなっている。 まぁ、何とかなるべ。と田代せせらぎ公園西登山口からスタートする。林道を歩いていくと道から外れて急坂を登る踏み跡発見。辿ってみると赤松の大木が多数あり。その周りを縦横無尽に獣道みたいな踏み跡あり。なるほど、ここか❗️と爺様の言っていた事を思い出し納得。 次は406.6ピーク。ここは蝦夷舘があったと言う山。根岸山(根岸舘)ニカイ堀と言われていたらしい。いつかは登ってみたい。 林道(西登山道)へ戻り進んで行くと巨石、石割りの松を発見。ならば奥の院も絶対見つける! これが意外にすんなり見つけた。しかし今は阿弥陀如来像も燭台も無い。 確か、この一帯には十六羅漢とかもあった様な気がしたが勘違いか? 辺りを見渡し、かつては座っていただろう阿弥陀如来像の台座に手を合わせて西登山道に戻る。 何となく鳩岳へも行きたくなって行ってみるがしっかり刈り払いされ歩きやすかった。(鳩岳山頂北側の杉の植林、伐採後は凄く見晴らしも良いのだろう。ここが 広葉樹に覆われたら、それこそ階上岳の名所に変わるだろう、が民有地😭) その後は午後2時までの時間潰しの為、ウロウロと岳を歩き回る。 久しぶりの西登山道、色んな発見があり楽しかった。家に帰り、押入れの奥にしまっていた「南部諸城の研究 沼館愛三編著」を引っ張り出し、改めて根岸舘の項目に目を通した。明治20年生まれ、昭和12年応召、同18年召集解除。同20年に故郷八戸へ戻り同25年没。交通の不便、食料も不足、何もかもが不便な時、その5年の間に郷土史の研究に没頭し色々な草稿を残した。この素晴らしい大先輩の著書を20年ほど前、地元の歴史にハマって買って読みふけった。大事に取っておいてよかったと思うと同時に、いつかは根岸舘に行ってみたいと思いながら晩酌をするのであった。
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