船穂町水江の堅盤谷に作られた高梁川の水門からはじまり羽黒神社下の船溜まりまでつづく高瀬通し。寄り道しながらちまちま歩き、先日鴨方往来と別れ南下。そろそろゴールも見えてきたかな、レッツゴーブンゴ!!
先日のゴール地点からスタート!
上は新幹線が走る 下は山陽本線
電車が通過 あんまり怖がらないブンゴ
1978年08月に製造された鉄道車両、クハ115-1106(国鉄115系電車)。単色なのはコスト削減だとか。
古い橋梁が見えるよ 明治21年に兵庫~姫路間を延伸開業した山陽鉄道は、明治23年に岡山県東端の三石まで、翌24年には広島県福山までの区間が開通。
ハゼノキかな? 高瀬通し沿いにハゼノキが約200本植えられたらしい。現存するのは3本。15年くらい前まではもう一本あったらしいけど…
120年を超える歴史を持つ山陽本線は、その後改修・架け替えはしているが幾つかの箇所には竣工当時の鉄道施設が連続して現存する区間が残存 鉄道まで手を広げたら収集つかなくなっちゃうよなぁ(笑)
3本目のハゼノキ
万治年間、樹齢360年のハゼノキ。 なぜハゼノキなのか? 諸説があるらしいが水路の水を他に利用されないために、かぶれやすいこの樹を植えて近寄れないようにしたという説もあるとのこと。
2号線BPを渡って今日の高瀬通しウォーキングは終了。 今回は次の駐車場所を考えて1㎞ちょい。
BPを再び渡り新川の遊歩道を歩くことにしようね
新倉敷駅前を斜めに横切る新川 倉敷街角の彫刻展のオブジェもあるよ
高瀬舟をデザインした橋の欄干
遊歩道だと安心して歩けるね 交通の便の悪かった玉島、明治の頃?ストンボッチという小蒸船を駅前から新川につなげ、溜川に合流する水上交通としたという
公園でお友達と記念撮影
ここら辺はもともと爪崎と呼ばれたあたり。山陽新幹線が開通して新倉敷という地名になった。 地区で唯一「玉島」の冠が付かない場所
個人のお家 立派な橋が架かってる
南口からブンを抱いて北口にショートカット
1891(明治24)山陽本線延長とともに「玉島駅」として開設。 1975(昭和50)に山陽新幹線の駅となり「新倉敷駅」と改名。 新幹線の駅は倉敷駅や西阿知駅にする案もあったんだって。
見渡す限りイ草畑だったという爪崎。新倉敷駅ができなければ違った景色になっただろうね
7キロほど歩いた高瀬通しもあと2回かな、お疲れ、ブンゴ。