積雪期単独知床半島全山縦走(海別岳~知床岬)

2019.02.20(水) 13 DAYS

活動詳細

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プロローグ  「単独」とか「全山」と言った言葉の響きに魅力を感じるようになったのはいつごろからだろうか。一人で山に入って一人で歩いて一人でテントを張って…。多くの人にはなかなか理解してもらえないから周りに言うことは躊躇していたが、それでもどうしてもやってみたかった。  部活で登っていた4年間は安全面の問題で一人では山に行けなかったから卒部して最初の春、今回はその初めてのチャンスだ。ずっと歩きたいと思っていた日高へ行く前にどこかへ「単独」で「全山」縦走をしたいと思った。それには難易度、長さ共に知床はぴったりだった。むしろ準備山行にするは贅沢過ぎるくらいだ。  知床半島は大学1年の春に初めて長期の山行に連れて行ってもらった思い出の地でもある。それまでせいぜい4~5泊くらいしかしたことがなかったひよっこが、いきなり10泊以上の大縦走に出かけたのである。あの山行を境に私の登山観は180°変わった。最終日に知円別岳の頂上から眺めた真っ白な知床中央高地の光景は私を登山の世界へとのめり込ませた。その知床に今度は独りで。それだけでワクワクする。  計画は2/20~3/7の9泊10日6予備日とした。3/8に実家へ帰省する飛行機を取ってしまったからそこから逆算して日程を決めた。懸念は知床特有の気象である。この時期でも荒れるときは2~3日連続で行動出来ない日もあるだろうから予備日は多めに必要だと考えた。初めての「単独」での長期山行、準備をしながらこれでいいのだろうかと不安になっているうちに出発の日を迎える。一人車に乗り込み、札幌を出る。知床に行くときはいつもお世話になっている民宿「とおまわり」におおよその計画を伝え、下山したら泊めていただけるようにお願いする。あぁ、どんどん楽しみになってきた。 2/19 札幌=海別スキー場=Camp0  前日までの層雲峡でのアイスクライミング合宿の疲れたっぷりのまま、一人車を走らせ海別まで。旭川まで来た辺りでせっかく用意したぺミカンを忘れたことに気づくが、戻るほどでもないのでスーパーでカルパスを買って代用とする。幸いこの他に忘れ物は無かった。スキー場の駐車場で明るくなるまでC0。 2/20 入山点(8:05)-尾根上Co.560(10:21)-1155(13:08)-海別岳北峰(14:09)-862横(15:47)=C1  明るくなってからスキー場の方に2週間ほど車を停めさせてもらえないか交渉。週末は駐車場が満車になるからダメだといったん断られるが、カギを預けることを条件に許可をもらう。無理言ってすみません。「天へと続く道」の駐車場手前までは除雪が入っていて、そこから入山する。うっすらとあるトレースを辿って樹林限界まで登る。途中、尾根に乗る手前の渡渉のスノーブリッジはかなり際どかった。2週間分の荷物はやはり重く、肩に食い込む。それにしてもハイマツがたくさん見えている。雪はかなり少なそうである。1150くらいまで登ったところで雪が固くなりアイゼンを履く。しかし少し進むとまた沈むようになったのでスキーに戻す。結局シーアイゼン(クトー)を出せばN峰までスキーで登れた。天気は今一つで樹林限界を超えたあたりから雪が降り始め、稜線に上がるころには吹雪、と初日から洗礼を浴びる。こんな天気で無理に本峰に行っても意味がないと思い早々に北尾根に下ろす。下りはアイゼンを履いてザクザクと下ろして適当なところでテントを張る。  初日からハードだった。明日は高気圧の張り出しだ。まだまだ余裕たっぷり、ワクワクが止まらない。 2/21 C1(6:08)-ラサウヌプリ手前コル(13:28)=C2  高気圧の張り出しだというのにすっきりしない薄曇り。今日はひたすら名もなきポコとコルのアップダウンだ。ハイライトは特になく、微妙な地形が続く。シーアイゼンは超有能でカリカリにクラストした斜面も、少し沈む尾根もほとんどこれで行ける。風が強いことが多い知床では必須の装備ではないだろうか。稜線上は基本的にどこでも電波が入る(au)。あまり入らなくて情報はラジオ頼りだろうと思っていたのでうれしい誤算だ。午後になると雪がグサグサに腐ってきて辛い。頑張れば今日中にラサウヌプリ(1019)を越えられるだろうが、大きな登りは朝の雪が締まった時間帯の方が楽だと言い訳をして手前でテントを張る。ハイマツしかない吹きっさらしのコルだが、今日の天気なら大丈夫だ。 2/22 C2(5:57)-ラサウヌプリ(7:45)-遠音別岳手前コル(16:37)=C3  昨日の夜、胆振の方でまた大きい地震があったようだ。昨夏のことを思い出す。一人でいると何でも不安の材料になる。今日も高気圧の張り出しだが、次第に気圧の谷が近づくらしい。朝は快晴で気分よく出発。ラサの登りは予想以上に急で尖った岩峰だ。北側から捲くことにする。クライミングチックな登りで意外と緊張した。振り返るとちょうどガスが晴れて昨日は拝めなかった海別岳が見える。カッコいいなぁ。その先はバリズボで消耗する。耐えかねてスキーにするもガリガリで楽しくない。仕方ないと割り切って進むことに専念する。今日もひたすらアップダウンの繰り返し。午後には風が出てきて、雲も沸いていたせいで景色も変わらずなんだか極い(ごくい。北大の用語?で辛い、きつい等の意)。ヘロヘロになって遠音別岳手前コルでテントを張るが、ここの樹林は薄く風に悩まされる。 2/23 C3(8:10)-遠音別岳(11:42)-遠音別の肩(14:01)-Co.900付近(14:51)=C4  今日は冬型が決まって寒気が流入してるようだ。横風に煽られてテントが傾いている。5時にはもう出る準備は出来たが、ガスに覆われ視界はなく出発する気が起きない。だがここで停滞するのも不快そうだから、少し弱まったような気がした8時過ぎに出る。Co.900付近まではバリズボで苦戦する。その先1100くらいまでは雪が締まっていて歩きやすい。その代わりに一面真っ白でホワイトアウトになる。ビビりながらひたすら斜面を登る。しかし1150付近でストックのスノーバスケットを一つ紛失。ショック。片方のストックが手首のアクセサリーになってしまった。登るにつれて天気は悪化し、地吹雪から本格的な吹雪となる。かなり極い。なんとかピークに辿り着くも何も見えない。残念。この先の尾根は南側が切れ落ちていて適当には進められない。視界がないので尾根方向の確認が難しい。吹雪の合間を縫って目を凝らして下ろす尾根を探す。肩から北側に900付近まで下ろすと風はなくなる。これ以上は悪化しないだろうし明日の登り返しは少ない方が良いから、樹林は薄いがここにテントを張ることにする。700くらいまで下ろせば十分な樹林がありそうだ。  ずっと同じ方向から風を受けていたから左瞼が凍傷になってしまった。大したことはないがまだまだ先は長いから気を付けないといけない。今日の行動は短かったが中身の濃い1日だった。 2/24 C4(6:06)-知西別岳(9:27)-最低コル(12:01)-愛山荘(13:57)=C5  今日は高気圧が張り出して午後には谷が近づく予報だ。しかし3時半の時点では辺りはガスに包まれている。準備をして5時半にテントを出ると一転してすかっ晴れ。テンションも上がる。シーアイゼンを駆使して斜面を登り返し、遠音別の肩先のコルに出る。雪が少なくバリズボなのでアイゼンに替える気にはならない。振り返ると昨日は全貌が見えなかった遠音別が天に向かって突き上げている。急すぎて岩肌が露出しているところもちらほら見受けられる。映える。知西別岳までは真っ白な稜線歩き。風もなく気持ちが良い。知西のピークが見えるとすぐ後ろには羅臼岳が鎮座している。とても大きく感じて神々しい。次の1日であそこまで登れるのかと不安になってしまうほどの大きさだ。知西別ピークで幸せな時間を過ごして愛山荘を目指す。こんなに天気が良くて今日は小屋に泊まれるのだから最高の気分だ。しかし最高だったのはここまでで、ここから面倒な下降が始まった。雪が少なく、また全面がクラストしてるのでアイゼンでは股まではまり、私のスキー技術ではまともにスキーで滑ることも出来ない。ガリガリの斜面にハイマツがもぐら叩きのように一面に顔を出している。事前に読んだ記録ではこんなことはなかったのでやはり今年はかなり雪が少ないのだろうか。やっとの思いで斜面を下り切ったときには予定の倍近く時間が掛かってしまっていた。その後は登り返したり、凍結した沼の上を歩いたり、道路をショートカットしたりしながら愛山荘まで。愛山荘は大きいわけではないが管理が行き届いていて快適な小屋だ。薪ストーブをつけて水をたっぷり作り、装備を乾かして快適な夜を過ごす。明日の天気はいま一つだろうから明日もここでゆっくり休ませてもらおう。 2/25 C5=C6  今日は停滞を決め込んでいたので何時まで寝られるか期待していたが、6時には目が覚めてしまう。ダラダラと二度寝。装備も全部乾き幸せだ。外は小雪がチラついているが小屋の周辺は意外と晴れている。もちろん羅臼岳はガスの中だが。話し相手がいないので心の友となりつつあるラジオによると、今日の道内の気温は3月下旬並みで函館では最高気温は8℃だそうだ。夕方には屋根の雪が落ちる音がする。暖かいって素晴らしい。  夜のラジオではリポーターが寿司を食っている。しめさば、炙りサーモン、漬けマグロ…。ふと、とおまわりに行くならここから下山するのが一番早いなと思った。 2/26 C6(5:14)-905(7:53)-羅臼平(9:27)-羅臼岳(10:09)-サシルイ岳(12:39)-南岳手前ポコ(15:07)=C7=Ω  天気概況では弱い谷の中だと告げている。外は小屋までガスに覆われていて、今日羅臼に行くのは厳しいかと思うが、これ以上ここで停滞していても仕方がないのでとりあえず様子を見ながら樹林限界まで行ってみることにする。掃除をして協力金をしたためて小屋を後にする。最初の渡渉はスノーブリッジがなく上流まで探しに行く。渡った後は629の尾根を確認して905まで一気に登る。Co.1000くらいまで登ったところで急に視界が開け、15分で雲海の上に出て30分で快晴となる。期待していなかっただけに最高に気持ちがいい。その後は時折ガスが付いたりするものの、晴れで安定する。風も微風程度で丁度よく、こんなチャンスは滅多にないと羅臼平に荷物をほっぽり出して頂上アタックへ向かう。急なところはあるものの特別怖いところはない。うっすら夏道の気配を感じながら登る。羅臼岳のピークでは素晴らしい景色が広がっていた。西には登り始めた海別岳からの稜線、そして奥には斜里岳が見える。東には純白の知床中央高地が広がり、その先端で太平洋とオホーツク海がつながっている。最高の贅沢だ。さっきまであんなに山深いと思っていたのにすぐそこは見渡す限り海なのだから、知床は自然を楽しみ尽くせる最高の場所だと思う。気持ち良いアタックを終えて足早に縦走に戻る。何を隠そうここは知床の中でも特に気象の厳しい場所なのだ。ひとたび悪天候に捕まるとひとたまりもないので出来るだけ早く抜けてしまわねばならない。今日は気圧の谷が近づくはずだからこの晴れは疑似的な前面晴れに他ならないのだ。雪が比較的締まっている沢型を詰めて三ツ峰、サシルイ岳と越えていく。この辺りからガスが湧いてきて視界が落ち始め、オッカバケ岳の下りではルートファインディングがあまり出来ずバリズボにはまる。今日は日没まで動いてルシャ山まで抜けられればと思っていたが、夕方には別の谷が通過して荒れるようなので時間に余裕があるうちに南岳手前の斜面で雪洞を掘ることにする。  積雪量は2.5m以上と十分にあるのだが、雪が固く締まっていてスノーソーを駆使しても1時間で足を延ばすのが精一杯程度しか掘れなかった。だが出来上がるころには吹雪き始めたのでここで打ち切ったのは良い判断だった。小屋は広いせいで寒かったが、雪洞はやはり快適で、狭いがとっても暖かい。 2/27 C7(6:57)-知円別岳手前引き返し(8:36)-東岳東尾根Co.1050付近(10:45)=C8  予報通り夜は荒れたようで未だに風は残っている。今日は高気圧の北ヘリだがこれ以上は悪化しないだろうという予測と、行けるときに行っておきたいという考えから出発を決める。思えばこれがちょっとした悪夢の始まり。知円別岳の手前辺りで爆風に吹かれ先に進めなくなる。ここさえ越えられればと思うが自己最大を更新する爆風にどうしようもなくなる。いったんは雪洞に引き返そうかと思うが、きっともう吹きだまってしまっただろう。少し考えた結果、東岳の南側の樹林限界の方向へ下ろすことに決める。そうと決めたら風と重力に身を任せて駆け降りる。下ろすとあっという間に風は収まり、テントを張り終えてもまだ昼にもなっていないが、今日は休養に充てて明日への英気を養う。昼寝をして午後に起きるとすかっぱれ。きっともう少し遅く出れば良かったんだと反省する。出発の判断は良くなかったが、その後は落ち着いて行動できたので明日以降頑張れば問題ないと思い直し明日の作戦を練る。  ラジオを付けると今日のリポーターが食べているのは大福。「大福食べて大きな福を!」だそうな。その福、おれにも分けてくれ。 2/28 C8(4:40)-東岳(6:17)-ルシャ山(8:31)-ルシャ二股(11:06)-730手前コル(15:29)=C9  どうやら少しは福を分けてもらえたみたいだ。文句なしの快晴無風に心躍る。気合を入れてラテルネ(ヘッドランプ)をつけて5時前に出発。シーアイゼンで尾根を登りきると東岳で日の出を迎える。朝焼けに染まる中央高地が何とも言えず美しい。あれだけ大きく見えた羅臼岳がとても近く見える。幸せな朝だ。すっきり晴れているのでルシャ山まで適当に下ろす。しかしここもハイマツ地獄で、思うようには進まない。4年前にここを歩いたときはこんな感じではなかった気がするが、記憶が美化されているのだろうか。ルシャ山を過ぎると雪も緩み、快適にスキーが滑るようになる。一気にルシャ川まで下る。沢は開いていて、天気が良いので冷たい沢水が美味しい。尾根を登り返すころには雪はすっかり腐ってしまい歩きづらい。暑いので上着をどんどん脱いでいくとほとんど沢登りと同じような服装になってしまった。汗だくになりながら730手前のコルに辿り着く。時間的にも体力的にももう少し進められそうだが、明日も長丁場なので余裕を持ってここでテントを張ることにする。  完全な無風で静寂なテントの中は、自分の生活音しかしない不思議な空間だ。望んでいたはずなのにいざ全く音がしなくなると少し怖くなる。ふと我に返り顔を触ると鼻も唇もガサガサだ。日焼けも雪焼けも何の対策もしていないのだから無理もない。足も相当汗をかいたから靴擦れになってしまった。天気も良すぎるとこうなるのか、嬉しい悩みだ。 3/1 C9(5:17)-862西コル(6:09)-知床平(9:40)-知床岳(10:07)-ポロモイ岳(13:52)-ウィーヌプリ南コル(15:59)=C10  今日も最高の天気だ。3月になったということでラジオではレミオロメンの3月9日が流れる。4年前もたくさん歌ったなぁと感慨深くなる。日の出前にテントを出る。知床岳の手前の尾根はハイマツの海で踏みつけながら登る。登りきると知床平は真っ白だった。早速知床岳のアタックに向かうが意外と遠く感じる。頂稜への登りは白い斜面と青い空だけの世界。登りきるとオホーツク海が視界に広がり、白い島が海に点々と浮かんでいる。流氷だ。2つの青と2つの白のコントラストが雄大に広がる。日本にもこんな景色があるんだなぁ。しばし見とれる。戻って先へ進む。日差しが強く右半身は暑いが、気温は低いようで左半身は風が冷たく寒い。馬の背は少し細い稜線と言った感じ。そしてポロモイ台地はまたしてもハイマツの海。板を脱ぐとはまるのでシーアイゼンをハイマツに引っかけながら進む。ウィーヌプリの南のコルに辿り着いた頃には夕暮れを迎えていた。かなり疲れたが、この2日間よく頑張ったおかげで核心を過ぎ、終わりが見えてきた。  今日、就活が解禁されたらしい。おれは知床岳とポロモイ岳を越えてやったぜ。…。誰か雇ってくれないかなぁ。靴擦れがさらにひどくなってきた。 3/2 C10=C11  今日は冬型の後に気圧の谷が近づき風が強くなりそうで、こんな天気で岬に行っても楽しくないので、休養も兼ねて停滞する。7時に起きるとすごい風の音がする。ガスで視界もない。昼には風は少し収まるがガスは相変わらずである。12時半、テントが風で揺らされていると思っていたらお尻からも揺れ始める。何事かと思ったら数分後にラジオが地震を知らせている。標津で震度4、羅臼でも震度3を観測したらしい。今回は津波の心配は無いと言うが、海岸を歩いているときに地震が来たらどうすればいいんだろう、と少し不安になる。することがないので地図を眺める。A4サイズの1/25000地形図で残り3枚、もう少しだ。電波も入らないのでラジオだけが心の支え。なのに就活特集ばかり流れている…。美味しそうなものを食べているのを聞くよりはましか。明日は今シーズン一番の暖かさらしい。 3/3 C11(6:06)-ウィーヌプリ(6:48)-文吉湾(8:42)-知床岬(9:09)-カブト岩手前(10:39)カブト岩引き返し(11:17)-カブト岩捲き始め(12:17)-念仏岩(13:55)-名無し岩手前(16:37)=C12  今日はいよいよ岬だ。ウィーヌプリで朝焼けを望む。知床岳以北はガスの中だ。ここから適当に尾根を下ろしてすぐに沢型に入る。ここは程よい雪質でスキーが楽しい。あっと言う間に沢型を滑りきって、シカなど動物の足跡がたくさんある斜面をトラバースして文吉湾経由で知床岬へ。岬の雪はまばらにしか残っておらず、どんよりと曇っていて哀愁が漂っている。そこには達成感などはなく、寂しく物悲しい景色が広がっている。季節のせいか、天気のせいか、それともやはり一人だからか。このままここに一人でいると押しつぶされそうなのでそそくさと後にする。ここからは海岸歩きだ。沢を確認しながら黙々と歩く。雪は少ないが意外と流氷が接岸していてこれならカブト岩も行けるのでは、と思って行ってみる。しかし最後の最後でハングしている超ハードなへつりが出てきてあっけなく敗退。おそらく色んな人が敗退しているところだと思う。頼みの綱の流氷も、なんの役にも立たなかった。このせいで1時間半くらいロスしてしまった。全部戻って急な斜面を強引に登り返す。次の念仏岩はfixロープが出ていて難なく通過。その後もどんどん海岸を進み、沢で水を汲んで名無し岩の手前でテントを張る。  この調子なら明日中に下山できるだろうが、問題は潮位である。明日は明け方が干潮で、昼に満潮を迎えるので何とか満潮になる前に駆け抜けたいところだ。明日の美味しいご飯の想像と、寄せては返す波の音に癒されながら就寝。 3/4 C12(6:07)-ペキンの鼻捲き終わり(8:13)-メガネ岩(9:13)-剣岩(9:29)-タケノコ岩(10:31)-化石浜(11:41)-崩浜(14:14)-相泊(14:54)=とおまわり  朝早く出たいところだったのだが、起きると雪が降っている。止むまで待っていると日が昇ってしまった。名無し岩は通過できないので高捲きにかかるがここも雪が少なくかなり苦戦する。雪質も悪く全荷では登れず、最終的に空身でトレースをつけて細引きを垂らしてザックとスキーを吊り上げる羽目になり、体力と時間を浪費する。ペキンの台地ではたくさんのシカが身軽そうに駆け回っていた。何とか海岸に戻ってメガネ岩に着いたころにはもう干潮は過ぎて大分水位が上がっていた。アイゼンの前爪とピッケルで岩にへばりついて、ぎりぎりのへつりで越える。直前のアイス合宿が思わぬところで役に立った。その先の剣岩では干潮時に出現する岩棚は消滅している。やはり間に合わなかったか。30秒間悩んだ末、何としても今日中に下山すると心に決め、深呼吸をして早春の海に突っ込む。すぐに浸水して目が覚める冷たさに襲われるが、今日の気温なら凍傷の心配はなく、ドボンしない限り低体温症も大丈夫だろう。タケノコ岩でも水位が高く、もう何の躊躇いもなく干潮時なら歩けそうなところをジャブジャブ進む。きっと昨日カブトで遊んでいなかったらその日のうちにペキンを越えて、今日の朝にここを通過できたんだろうな、と読みの甘さを痛感するがこうなったらもう気合である。くちばしの辺りでもう一回渡渉をしてへつりは終わり。結局膝上くらいまで濡れた。足の感覚はあいまいだが、全身濡れる秋の沢登りなんかに比べれば幾分ましだと思える程度だ。結局スマートさとはかけ離れてしまったが、そんなことどうでも良いと思えるくらい気分がいい。しばらく歩くと遥か前方に黄色いテントが見える。2週間振りの人の気配に思わず話掛けると、なんと函館から50日以上かけて徒歩で相泊まで来た方らしい。すごい人がいるもんだ。連絡先を交換してゴールの相泊へ。  相泊にいた観光客の中に今晩とおまわりでお世話になる方がいて乗せていただく。感謝感激。とおまわりで早速入れてもらった13日振りのお風呂は気持ち良すぎて頬が緩む。鏡には真っ黒に焦げ、鶏がらのように痩せこけた自分が写っていて笑いがこみ上げる。シャンプーは3回目でやっと泡が立った。宿主のY前さんに着替えがないと伝えるとTシャツをもらってしまった。そして夜は念願の豪華な夕食。満腹になって祝い酒も頂いて、乾いた布団のありがたさが身に染みる。 3/5  とおまわり=海別スキー場=札幌  お客さんを斜里駅まで送るというY前さんに同乗させてもらい、海別スキー場まで送っていただく。最後まで幸運続きだった。ありがとうございました。その後はのんびりドライブで札幌へ。財布からお金を出すといくらでも食べ飲み出来る幸せを噛み締める。2週間ぶりの札幌はもうすっかり春になっていたが、おれの雪山はまだまだこれからだぜ、待ってろ日高!(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1798249.html) エピローグ  少雪に苦しむことはあったものの、それ以外は計画通りに近いとても楽しい山行だった。途中、天候判断をミスしなければもっと良い行動が出来ただろうが、それも今となっては良い経験だったと思っている。そして、知西別や羅臼岳、東岳、知床岳で見た景色は4年前に勝るとも劣らない素晴らしいものだった。この山行での反省点を日高で生かせればと思う。きっと日高はこんなにスムーズにはいかないだろうが、この調子なら自分でも行けるのではないかと自信を付けることが出来た。  知床で車を置かせて頂いた海別スキー場の方々、着替えから送迎まで至れり尽くせりしてくださった民宿とおまわりの宿主のY前さん、また宿泊を共にした皆様、大変お世話になりました、ありがとうございました。 追記(2019/7/13) 山岳雑誌「岳人」2019年8月号にて、知床・日高単独全山縦走についての記事を掲載していただきました。このような機会を得られたことをとても光栄に思います。ご興味を持っていただけた方はぜひご覧下さい。 ここに行くプランを立てる

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