薬師山のある町並み。イザベラ=バードが感嘆した金山を歩く
薬師山
(山形)
2025年11月15日(土)
日帰り
"険しい尾根を越えて、非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド形の丘陵、杉の林で覆われ、その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は一日か二日ここに滞在したいと思う"
イザベラ=バード「日本奥地紀行」より
戊辰戦争から間もない1878年に日本を訪れ、横浜から日光を経て、東北、北海道を数ヶ月かけて旅し、「日本奥地紀行」を記した旅行家イザベラ=バード。
ときには辛口な批評も辞さないイザベラだが、たった9日間だけの滞在となった山形県に対する評価は高いものだったという
・飯豊町を始めとする山形の人々のもてなし精神を称えている
・置賜は東洋の理想郷(アルカディア)
・上山温泉を保養地として称賛
・山形市は存在感のある都市
・鳥海山の美しさに感嘆
・金山の丘陵と町並みの織りなす景観を称賛
近代英国女性版「奥の細道」と言っていい足跡
思えば義経も、芭蕉も山形の地を通って北東北へと旅しているのが面白い
冒頭のピラミッド型の丘陵、というのが国道13号線沿いに聳え立つ薬師山である
東側、神室連峰の方角に中ノ森、熊鷹森と同じく三角形の峰を三つ連ね、その様はまるでエジプト、ギザのクフ王、カフラ王、メンカウラ王の三大ピラミッドのようである
その景色を見てイザベラは「日本のピラミッド」であると言ったと伝えられている
ということで薬師山に登ってみた
薬師神社と稲荷神社の鳥居が横に並び
そこから登る
まずは休むことのない急登が続き
しばらく進むと急登となだらかな道が交互にやってくるようになる
これがキツい
急登ではあのなだらかなところまで頑張ろうと
なだらかなところでは楽になるからもう少し進もうと思ってしまう
結果、休むタイミングがとれず笑
苦しみながら登る
それも信仰の山にぴったりな塩梅なのかもしれない
たどり着いた薬師神社
山頂はもうすぐだ
薬師とはそもそも薬師如来
仏様である
だが神社ということは神様?
参拝は合掌でいいのか、拍手なのか
よく分からなくなる
調べたら神社だから神様でいいらしいが、よく見たらこの社には本坪鈴がない
ということで合掌で済ませました
正解はなんなのでしょうね笑
あとは山頂へ
なかなか見えない神室連峰が綺麗に見渡せる場所があった
杢蔵、八森、槍ヶ先、火打、小又、神室……
あの長大な稜線を歩いたっけなぁ
神室山がミヤマならば、薬師山は里山、ハヤマ。紅葉が美しくも、部分的に杉の青々とした斜面が広がっている
通常、建築用の杉は4、50年で伐採されることが多いのに対して、寒冷なため成長がゆっくりで質良く育つ金山杉は樹齢80年以上の大径木になってから伐採されるという
杉の植林は新庄藩の時代に始まり、それが金山杉を使った白塗りの壁や切妻屋根、黒塗りの塀などの特徴を持つ金山住宅の町並みを生み出し
幕藩体制で行われた参勤交代のため、金山は宿場町として発展した
金山杉という特産品と宿場町としての発展
豊かな湧き水を利用した金山堰、金山三峰と織りなす景観
それらが相まってイザベラが感嘆した金山町が出来上がったのだなと
急登は下りでもやはり急坂となる
粘土質の斜面に落ち葉が降り、ずるずる滑る斜面。九十九折りの道は勢いがついたら曲がりきれない角度にうねり、飛び出したら最期だ
実は結構危険な山だと思います
気をつけて下りる
たぶん金山ではこれがスタンダードなんだな
さすが"険しい尾根を超えてたどり着く場所"
やはり神室山を頂く町である
あとは金山の町を歩く
金山杉を使ったという木ごころの橋を渡り
金山住宅の小路を歩く
白壁と切妻屋根、黒塗りの塀が美しい町並み
大堰には豊かな湧水が流れ、まもなく冬であるため鯉はいなかったが、静かな町並に動きを加えていた
雰囲気があっていい町だ
金山では昭和58年には「町並みづくり100年運動」が開始され、自然と調和した町並みづくりが行われたという
驚くべき先進性
普通は早くても昭和63年からのふるさと創生事業を機に、ふるさとの景観の保全や魅力向上に取り組んだ自治体が多く
それどころか令和のいまになってようやく取り組み始めたところもあるというのに
金山町ではこんなに早くから美しいふるさとを後世に残す取り組みを始めていたのだ
それはイザベラ=バードという外国の旅行家から公に(書物で)称賛された歴史と無縁ではないのかもしれない
金山町の大堰公園にはイザベラ=バードの記念碑が立っている
真に美しいのは景観ではない
それはふるさとへの誇りと愛
そう感じた薬師山と金山町、散策行でした
暮れゆく金山三峰と麓の町並みの織りなす景観は素晴らしく、今日一日の山遊びに満足感を与えてくれるものでした
今日も無事、下山できてありがとうございました😊