加茂川源流から清滝川上流へ
モクモク号に乗るのは本当に久しぶりである。何時もは車なので、必ず駐車地に戻らないといけないので、コース設定が単調なピストンが多い。今回はモクモク号なので、雲ケ畑から薬師峠へあがり、南下する計画だ。半国高山という少し珍しい名称の山で、更にその南に供御飯(くぐい)峠と言う、これも謂れを知りたいと思うような名称の地名だ。ここは余り多くの方が歩かれてはいないらしく、記録は少なかった。 やや不安を抱えてモクモク号を下りる時、運転手さんが十三石山で熊の目撃情報がでたと教えてくれた。これは途中で退却する名目になりそうだ、と考えたが、途中で止める時の帰りの手段が難しいことに気が付いて、やはり計画の達成しかなさそうだ。 志明院に向かう道の林道は意外と傾斜もあってシンドイと思っていると、西谷林道の分岐でこちらから稜線に出て、薬師峠へ行くことにした。それは志明院からの谷は荒れているのと、ヒルが沢山だとの情報からだ。しかしながら、桟敷への稜線に出た頃に左脚の脛あたりがムズムズするのでズボンをめくると小さなヒル2匹が血を吸い始めた所であった。慌てて、つまんで捨てたが、ヒルを回避するために西谷林道を経由したのにと対策が功をなさなかったか!と悔やんだ。よく考えると、この程度で済んだのは西谷林道だからだと考えることにした。 薬師峠の六地蔵の涎掛けは古ぼけていてみすぼらしい感じさえしたが、かなり昔に真っ赤な涎掛けであったことを思い出して、随分前だったな!と感慨にふけった。そこから岩屋山は直ぐで、何故かヤカンが木に吊ってある。大文字のフライパンにもヤカンがあるのだが。そして少し先のピークにも岩屋山の標識があるが、標高が680mと少し高く書いてある。確かに先ほどの岩屋山よりは高いのは事実であるが、同名の山名は戴けない。 620mピークの先で南方向に行くべき所を西に向く尾根を下降しだして、おかしいなと思いGPSを見ると90度違っているので、元に戻るのだった。 縁坂峠は狭い峠で倒木甚だしく、多くの人の通過のないことを物語っている。しかし、この縁坂峠も鯖街道らしく、縁坂峠名板にその旨記載されている。また、昔の面影に石垣が丁寧に積まれていて、その昔は人の往来が多くあったのだろうと思われた。地蔵さんも綺麗に佇んでいた。 岩谷峠は何処だろうかと、標識は無いものか彼方此方目をやるが、峠状は2か所あるもののいずれの場所にも表示は何もなかった。地図上からはここだろうと判るのだが、特定ができないのであった。 そこから半国高山はすぐであった。今日の山は何処からも周囲が何処も見渡せる場所はないというもので、若干興ざめの感じがしなくもないのだが、稜線に吹く風は実に気持ちよく、街にいればエアコンの基でウジウジだろうに、ここでは快適そのものだ。半国高山を過ぎて直ぐのピークでも南に行くべき所を西の尾根へ降りてしまい、戻るのにへとへとになったものだ。間違えて降り始めた位置には正規の方向への色んなテープが付いていた。これを見逃して直進したのがNGで左折すべきであったのだ。今日は2回も間違い尾根を降りて戻ると言うミスを犯してしまった。ただ比較的早い時期に現在地を確認することが出来て何とかなったものである。 半国高山から534mPを過ぎた場所は踏み跡が不鮮明となって、地形も複雑で何処へ行くべきかGPSを見ても、それに見合う踏み跡がないのと藪の中へ行かねばならず、地形とGPS地図とをにらめっこしながら、恐る恐る少しの藪に足を進みいれると、薄い踏み跡がGPSの軌跡に沿っていること判り、ホッとしながら正規の尾根に乗ることが出来た。 供御飯峠にやっと到着出来て、これでもう安心して下れと安堵した。峠には小屋があって何が入っているのかと思ったら、一つの地蔵さんであった。当初はここから北に向かうと小野郷口バス停があるが、もうこの時間ではJRハバスは出た後だ。次のバスは1時間40分後なので、のんびりするのもいいが、暑いので長居はシンドイと、南に下って杉坂口バス停まで京都に近づく方向に歩こうと決めた。最初は傾斜のある斜面の小道を進むと、どうも林道跡らしい傾斜の広い道が大きく谷をトラバースするように下っている。長い植林の林道は陽ざしが当たらないことがいい以外は何も見えないので退屈だ。やっと建物が見えたと思ったら、国道らしきガードレールが高い場所に見えた。杉坂道から周山街道にでると、杉坂口バス停の小屋が見えた。ここで40分以上バスを待つ時間は陽ざしは無いものの、気温が高いので,R162を通過する車の風で僅かに冷気を感ずるだけであった。 京都駅のカフェで冷たいビールが何時もの定番なれど、遅い時間(18時過ぎ)になるとお客が混雑で席を確保できないので諦めるという初めての経験に、がっくりとして家路に向かうのが本日最大の課題に失敗したかのような気持ちであった。 ”永”、”竹”、”長”






