命の炎を燃やせ-31 大峯奥駈道達成 八経ヶ岳から七面山
八経ヶ岳(奈良)
2026.06.12 (金)2 日間
ヤマレコの大峯奥駈道の達成状況が74/75。残るは縦走路から外れた七面山。ここだけを登ってもよいが、心を無にして歩いた思い出深い奥駈道を再び、少しだけど縦走として一区切りとしたい。前鬼からの入山も考えたが、先日に堪能したばかりなので今回は行者還トンネル西口から弥山、八経ヶ岳から行くことにして、楊子ノ宿の小屋に泊まらせてもらおう。ルートの課題は五鈷峰の崩壊地と、楊子ノ森から七面山の往復。調べてみると崩壊地は撤退されたレコはないので現状、大丈夫だろう。七面山も倒木祭りで不明瞭のようだが、頑張ってみよう。最悪、2日目に再チャレンジもできるし。 幸い、梅雨に合間の好天予報。避難用のツエルトは持参するが、装備はサンダルを入れても、OMMのClassic 32に収められた。前日21時に出発して、国道169号線の公衆トイレ前で仮眠して、4時すぎに登山口に向かう。一箇所だけ、落石した小石が散らばっていたが問題なかった。金曜日の早朝なので私で5台目くらいだった。準備をしていると、管理人さんが来られたので、2日分の2000円を支払った。すると、日帰りでないので小屋の前にクルマを移動するように言われた。はいはいと従って、登山開始。十分に明るく、良いお天気だ。 3時間ほどしか寝られてないし、体が硬い。後半の行程が核心なので抑え気味に登る。八経ヶ岳まではウォーミングアップのつもりで。尾根伝いに奥駈道まで登っていく。奥駈した際には、人がおらず、登っていく出合から登山者が急増したのを覚えている。それより前に通ったときは、初めての単独行の帰りだった。その当時は、このルートはガイドブックに記載はなく、一の垰を過ぎてから下山し、川合まで歩いて戻ったのだった。 奥駈道出合から、すこし風が出てきて、熱くなった体をクエンチできた。きれいな樹林の中を緩やかに登っていく。太陽は木漏れ日程度で涼しくて助かる。弁天ノ森で一休み。さらに聖宝ノ宿跡で理源大師様と再会し、手を合わせた。触れると雨になるとの話があるので、触れなかった。そのあと、ルートはあちこちに踏み跡があり、ピンクテープも惑わされる。木の階段が出てくるとルートは集約される。金属製の階段が出てくると弥山小屋までもう少し。傾斜が落ちて苔がきれいな小径を進むと弥山小屋。ほとんど人がおらず、ザックを置いて弥山にお詣り。小屋前に戻るとハーネスを付けたレスキューの方々がおられた。いかにも強そうな面々。トレーニングなのだろうか。テン場には綺麗に張られたテントがひと張り。楊子ノ森までピストンされた女性のものだった。 ここから八経ヶ岳へは鹿よけネットを何度もくぐる。こんだけしないと守れないのか。途中で先行されていた方が戻ってこられて「咲いてませんでした。まだつぼみでした」と残念がって話された。きっとオオヤマレンゲのことなんだろうな。双門から登ったときは腰痛のため、狼平の小屋から登るのを諦めたので八経ヶ岳は少しご無沙汰。ここから登ってきたルートは弥山と小屋がよく見える。南を見ると釈迦ヶ岳や目標の七面山、楊子ノ宿のある笹原も見えている。 ここから降って、登り返して明星ヶ岳。ここには小さな仏様がいらっしゃる。ここからも今日の目標地が見える。近くに見える。まだ9時前。あそこまでなら問題なく行けるぞ。確信をもつが何があるかわからない。油断は禁物だ。きれいな樹林の中を降りていく。右手にトラバースすることが多く、何度も同じ道を歩いているような感覚。五鈷峰の前まで来るとロープが付けられたガレ場。ここのトラバースは崩壊が進行しているので要注意。その後、ロープで登り、鎖で岩場を乗り越えるとハシゴ、ロープで下降。ここは大きな荷物だと気を使うところ。 ここを降りると笹原の別天地。ここから振り返る五鈷峰の岩峰が素晴らしい。舟ノ垰は二重稜線。奥駈の際は風がなく、暑さでヘロヘロになっていたことを思い出す。今日は適度に風があり、大丈夫だ。ただ、🐻がいてもおかしくない雰囲気なので、🐻ホーンを鳴らして警戒する。 楊子ノ森へは小屋への回り道を示す道標の石柱から尾根を直登する。コバイケイソウが繁茂する急斜面。登り切ると立ち枯れと倒木の目立つ頂だった。 ここから、七面山へ進む。片道1時間かかるのでザックを背負ったまま進む。最初は南側(進行方向に向かって左側)に踏み跡があったが、左に寄りすぎた気がしたので右の尾根芯を行ったほうが確実かと思って右にトラバース気味に下降したが、これが失敗。尾根芯は倒木が一杯で回り道しながらで、なかなか進めない。このあたりはピンクテープがないなあと思いながら幅が広い尾根だけに迷いながら降りたが、やがて左側の笹の斜面に踏み跡を見つけた。こちらには少なめだがピンクテープもあった。最初に降りた左側の踏み跡をそのまま降りたほうが良かった。Yamapの踏み跡は、この左のルート一択でこれに従えば良かった。ヤマレコの踏み跡はいくつもあり惑わられたが、一番左の踏み跡に従うべきであった。 笹原の踏み跡に従えば、倒木を回避、乗り越しながらでも快適に降りられた。鞍部の崩壊地から再び登りとなる。すぐに笹原を直登するが、まっすぐにトラバースしている踏み跡もあったので、こちらを進んだが、細くなり滑りやすくなった。どうも獣道のようだ。引き返して急斜面を直登していく。結構きついがしっかりした踏み跡は安心感がある。登り切ると東峰と西峰の鞍部に出た。ここから東峰に登る。東峰は縦走路から見ると尖った峰に見えるが、鞍部からのルートは確かに急斜面ではあるものの、ロープなど不要で慎重に昇り降りすればよかった。東峰は眺望はないが、木々の間から楊子ノ森や、その右手の仏生ヶ岳への稜線を見ることができた。これで75靡(遥拝所も含む)を通ったことになり、大峯奥駈道を達成できた。 一旦降って、西峰へ。途中、新しい熊剥ぎらしきモノが1本あったが、それだけだったので周囲を見渡しながら進んだ。こちらは鎖やロープも合ったが、その先は穏やかなルートで西峰に到着できた。鞍部から楊子ノ森への登りは南側の踏み跡を外さないように登ることで倒木の回避を最小限にできた。ここから小屋へ南側の斜面を降ったが、踏み跡は見いだせず、コバイケイソウの海の急斜面を無理やり降りた。道標の石柱が見えてホッとした。少し登り返して楊子ノ宿の小屋に到着。 奥駈の際は、小屋内部の様子をみただけ、釈迦ヶ岳に向かったが、今回はお世話になります。マットや毛布、なぜかダウンシャケットも置かれている。サンダルも沢山あったが、いずれも槌で汚れていた。ザックを置いて、さっそく水場に降りたが、幸い、塩ビ管からしっかり水が出ていて、2L確保できた。お湯を沸かして寛いでいると、男性が来られた。東京からで、六田から奥駈されて、深仙の宿を目指したが釈迦まで遠いので、ここで泊まるとのことであった。明日は前鬼に降りられるそうだ。docomoは電波が来ずに衛星回線でテキストのみ送受信できたが、男性のUQモバイルは2本立つそうだ。どうした、docomo! 早い夕食を食べて、することが無くなったし、ここは夕日を見ることもできないので早速眠りについた。4時半過ぎに起床してラーメンを食べた。今日は仏生ヶ岳だけ登って引き返すことにする。仏生ヶ岳は先の奥駈では、夕暮れが近づいていたので頂きを踏んでなかった。サコッシュにゼリー飲料を入れて登る。昨夜は寒さのためか、あまり寝返りを打ってなかったので体が硬い。ひどく硬いので本当にゆっくり登り始めた。そのうち、体がこなれて、スムーズに登れるようになった。途中から釈迦ヶ岳への稜線がよく見える。馬の背や山頂が見える。お釈迦様、今回はお目にかかれませんが、また、参りますね。縦走路を結構奥の方まで登ったところで山頂への分岐となった。矢印はないが「仏生ヶ岳」と書かれた木札が地面に在った。容易に山頂に達した。山頂の数メートル奥から八経ヶ岳など見ることができた。 小屋に戻る途中で、同宿の東京の方が登られてきた。お気をつけて!小屋に戻ってザックを背負うと案外重い。すこしは荷が減ったはずなのに。パッキングがまずかったか、体の疲労か😅。薄曇りで気温が高くないのがありがたい。順調に引き返し、五鈷峰のトラバースも問題なく過ごし、明星ヶ岳に再度お参りし、登山者が沢山の八経ヶ岳をへて弥山へ。11時から下山をはじめたが、道中、沢山の登山者。日帰りだろうか、続々との登ってこられる。ずいぶん下でも、登ってくる方がいらっしゃって、帰りは大丈夫かと心配になった。 登山口に降りて、管理人さんとしばらく歓談。この駐車場には登山だけでなく色んな人がやってくるらしく、自然保護のために苦労されているとのことであった。山を汚さず、持ち帰りはせずに、守っていきたいものだと思った。





