25:43
41.6 km
3353 m
夕張山地スキー縦走
鉢盛山 (北海道)
2026年03月28日(土)〜30日(月) 3日間
北海道を代表する山を十座挙げようとする時、日本全国から百を挙げようとする時、私は夕張山地の山を逃すことはしない。尤も、その場合、芦別岳を推すか、夕張岳を推すか、はたまたその両方かというのは別の問題である。日高山脈より連続する山並みの北辺に、標高においては大雪、日高に劣れども、忙しい程の緩急を備えた独創的な山脈がある。夕張山地である。この山地の第一の特徴は独自の地質と地形である。夕張山地の主稜線は、概ね神居古潭帯の蛇紋岩体と重なり、山地の西側には炭鉱地帯が広がる。蛇紋岩体の中或いは周辺には、片岩や玄武岩の岩体が存在し、平坦な山稜から突出している山体は大体これによる。こんな理屈に依らずとも、地形図を見ればこの山域の面白さは十分に理解できるだろう。扁平な主稜線のあちらこちらに突然変異のような急峻なピークがいくつも突っ立っているのが見える。稜線の東側を露骨な直線で並走する崖地形も大変興味を唆る。価値の高いピークは、芦別岳、1415峰、夕張岳の3座だ。富良野から望む芦別岳の姿は険峻を極める。深く刻まれたユーフレ谷と何より鋭利な山頂は、これがとても2000mに及ばぬ山とは思えない。1415峰は、標高においては全く凡庸だが、単にその四面に急斜面と岩壁を峙てて屹立している点において、一歩も譲らぬ存在感を発揮している。夕張岳は、まるでラグビーボールのような曲線と鋭角の共存した山体をもって、山地の南端の一角を、釣鐘岩や夕張前岳を従えて占めている。それら三座を千歳線の車窓に見出した5年前から、夕張山地は心惹かれる対象で有り続けた。そして山岳部で山スキーを知り、仲間に恵まれた私にとって、それはもう届かない頂ではなかった。 3月28日、曇りの夜だったというのに、朝は氷点下になった。明るくなって天気が顕露する。高曇りの空に芦別岳の矛がうち立てられている感じで、さほど悪くない。6時出発。下部は夏道が露出していて、笹が起き上がっていたり、雪が汚れていたりと雪解けの春の様子である。標高700mを超えると雪切れに困ることはなくなったが、徐々に傾斜が増してくる。日光が届かないため、雪はまだ緩まず、緊張するところだ。標高1100m以上では尾根が細り、一度スキーを脱いだ。気持ちよく標高を上げていき、2時間半ほどで半面山に着く。すると朝より雲が下りてきていたようで、芦別岳の山頂は雲の中であった。同時に森林限界を超えて、雲峰山の斜面は無色の一枚板になっていた。屏風岩との鞍部から、視界が悪いことと傾斜が強まったことからシートラを開始。スキーではガリガリに思えても、ツボでは足首まで沈む雪。雲峰山を越えるといよいよ視界20mとなったが、地形はなんとか把握できるほどであったし、雪庇の心配も殆どなかったので続行。面白みのない登りが小一時間続いて、11時に山頂に着いた。風も強まってきて、ますます面白くないし、天候は悪化傾向にあったので早々に北側に向けて下っていく。地形図で見る通り直下は急で、比高5mほどの崖に阻まれた。クライムダウンで下れたが、風の影響で、雪がハイマツが露出するくらい薄くなっており、いやらしかった。50mほど下ると一転して虚無の平原が広がる。芦別岳からポントナシベツ岳にかけては、谷の源頭部が半径500mほどの扇形に平たくなっていて、そこをコンパス直進で突っ切った。傾斜すら分からないほどのガスの中ではあったが、下降する尾根の頭まで来てみると、岩や灌木の枝が僅かに雪面上に突出しており、かろうじて地形が把握できた。これ幸いと下っていく。平衡感覚を保つのに難儀したが、尾根を辿って樹林帯になったところで雲から脱して視界がとれたので、スキーを履いた。シールのまま滑り始めたが、春の雪にシールスキーはどうやら相性が悪いらしい。さらに尾根末端は地図の通り急傾斜になっていて悪戦苦闘。結局比高10mほどだったので滑落して下ってやった。これで主稜線西側の台地状地形に立ち、速やかに南進を開始する。アップダウンを繰り返すことは分かっているのだが、シールスキーがあまりに救いがなかったので距離は僅かだがシールを外すことに。雪は曇り空の下程よく緩んでいて快適な滑りだった。谷底からはやや登りつつトラバース、再び100mほどの滑りで150mの登り返し。台地様地形はトドマツと白樺の樹幹の広い森で、非常に気持ち良い。時折晴れ間も覗く。ちょうど鉢盛山からの尾根が降りてきたところでひたすらのトラバースで主稜線に合流。事前の読み通り、扁平形で、樹林も発達していて安心だ。稜線上では2、3本のスキートレースを発見。導かれるように気持ちよく歩いていく。雲も次第に上がっていき、夕張マッターホルンの威圧を感じる。傾斜がなくなると今度はルーファイに困るわけだが、GPSを使いながら主稜線を外れて夕張マッターホルンの基部へ、雲は再び高度を落としてきて、やがて雪になった。多少均してキャンプ地とする。この日で工程の半分弱を完了した。 翌3月29日、朝4時に起きるも外は視程10mの濃霧。これでは登ることはず、霧の晴れるまでテントで待機。フリーレン二期鑑賞会を開くなど。12時半ごろ、ふいに霧が晴れた。雲低高度が上がっている。流石にそろそろ行動を開始したかったところ、ツボ足、アタック装備で出発。北東尾根に乗りあがり、トラバースすべき谷を覗き込むが、思ったより深い。しばし北東尾根を登ることにする。50mほどで北東尾根上に岩壁が立ってきたので、トラバースして対岸の尾根へ、雪はやや緩んでいて疲れる。次々に合流する尾根に乗り換えながららせん状に回り込み、最後にハイマツの露出した急傾斜のルンぜを詰めて14時に夕張マッターホルン山頂。遂に青空が開け、向かうべき夕張岳が見えた。芦別岳は黄砂で見えない。来た途を辿ってキャンプへ下山する。陽光に微睡んだ雪が数歩ごとにアイゼンに絡みつき、大変ストレスフルである。夕張マッターホルンから伸びる尾根は、どれも一筋縄ではいかなそうな岩壁やナイフリッジを備えていて、アクセスの不便なことも手伝って興味をそそる。初登の可能性すらあるのではないだろうか。30分程でテン場に戻り、速やかに撤収を済ませて稜線に復帰する。稜線上には相変わらずトレースが残っており、心強い。小ピークを右へ左へ巻きながら、順調に距離を稼いでいく。振り返れば夕張マッターホルンの東壁が見事だ。15番目のピークとなる1304を過ぎると、森林限界を超えて開放的な登りになる。このころには太陽は西側の雲に隠れて、雪面が凍り始めてわずかの傾斜でも勝てなくなってくる。1333の登りはワンポイントが急で、数歩のシートラを強いられる。稜線上の雪は風の影響を受けているので、さらに以降尾根が比較的細ってくるので、凍ったシュカブラや小さな雪庇に悩まされることも増えた。次第に夕張岳が近づいてきて、左手に広がる緩斜面の谷の源頭部は夕張岳までを流域に含んでいる。稜線上を岩峰が塞いでいたが、この緩斜面地を利用して左から簡単に巻く。岩峰は一つではなく、いくつか並んでいて、すべて巻いていったが、その連続の最後のものの岩陰が、裁量の泊適地となっていた。ガリガリの歩きには辟易していたところ、夕張岳まではもう十分近づいたと言い聞かせてこの日の行動を打ち切った。テントに入るころには、夜も更けてしまった。この日は寒い夜であった。防風壁を築かなかったのが悪かったのだろうか。 3月30日、昨日の長寝のお蔭で早朝の起床、5時過ぎには歩き始める。再び広く平らになった稜線を進んでいき、1487に並んだところで夕張岳のトラバースに入る。地形図には崖地形があったが夏はそうなのだろうか。丘陵状の斜面をスムーズにトラバースして金山尾根に登り上がる。尾根の手前の数メートルだけ凍結しており、スキーを引きずって歩いた。尾根に乗ったところは狙い通りで、ちょうど傾斜がついてくる地点。スキー含め荷物一式を置いて山頂を取りに行く。雪はまだ締まっていて歩きやすい。20分もかからずに山頂に立つ。快晴無風の好天の下、山にあるものは全て暖かな春の朝日に抱かれていた。黄砂のために芦別岳を望むことは叶わなかったが、人里の見えない山頂というのもまたいいものであった。続いて下山に移る。デポ地点までは適当に下り、スキーを履いてからも未だ凍結した斜面で質実剛健の滑り。途中傾斜がでてくるところがあったが、その傾斜ゆえに太陽を全面に受けていて、雪が緩んでいたのが助かった。樹林帯に入ると尾根の下りを中断させる高まりがふたつ。シールを付け直し、最初のは難なく越える。二つ目は急だった。早々にシールが効かなくなり、尾根の細いこともわかっていたのでシートラ。雪が緩んでいて毎歩膝まで埋まるのは非常にStressful、長い板に絡みついて離さない枝はAnnoyingである。事前の読み通り尾根の両側が切れておりスキーを履くことができない。悪態をつきながら割と急な尾根を50mほど下ろし、尾根が広がったところから滑走を再開。かなり重たいが、しかしこの尾根で唯一の、気持ちよく滑れた場所だった。10分そこらで最後のピーク、881との鞍部についた。シールの履き直しを嫌い、ひとまずトラバースを試みることとした。夏道のピンクテープに導かれ、200m程進むと、バランシーな急傾斜と縦横無尽に交差した枝が滑走を許さない。既にグズ雪で踏ん張りが効かなくなっていたし、トラバースには標高差が足りないと判断。再び尾根へ登り返し、シートラにて881へ歩いた。ピークからは再びの両側の切れた下りで、再度屈辱のシートラ下山。しばらくして滑走できそうになるも、密林と重雪の協奏が最後まで快適な滑走を許さなかった。11時半、逃げ帰るように林道に到着。最後の林道歩き7km。私は3日来一度も脱いでいないスキー靴の中で、ふやけた足裏に一歩ごとに迸る針山を踏むが如き激痛に、2時間耐え抜いた。半泣きになりながら14時に除雪終点。こんな足で車の回収に迎えるはずもなく、全てを相方に託し、雪融かす春陽の下、私は崩れるように眠りに落ちたのであった。
