水晶山、心と山の重心 2025-11-22
水晶山
(岐阜)
2025年11月22日(土)
日帰り
(所感)
◆せきのデジスタ
関市の山に分け入れば佳きことあらむ、と人の云ふ。ならば我も登りて、その恩恵に与らむ。
平成十七(2005)年、岐阜県関市は周辺町村と併合し、市域を福井県境より飛騨国境に至るまで、V字の形に拡張せり。その右翼北西の山深き地に、目的地の水晶山はある。水晶山は関市(旧武儀町)、郡上市(旧美並村)、美濃市上河和の三市界に跨る山なり。水晶の産するを以て名づけられしと聞く。秋の日差しに、小さく光る水晶のかけらを思い描く。
尾根で繋がるナガザコは、長き谷の源頭の峰ゆえ、その名あるべし。「サコ(迫)」とは谷地形。この二音、今なお心の奥底にわずかなる疼きを覚へ、甘美なる響きとともに、青き日の笑へぬ逸話の影がちらりと揺れるが、そっと避けつつ谷の奥へ踏み入る。谷は東へ流れゆくため、名は東麓の関市(旧上之保村)の地に由縁す。
水成の集落をあとに、谷沿いの林道を終点まで辿る。長し細しと文句を洩らす者もあろう。しかし、林道とは本来かくある存在である。落ち葉積もりし路面なれど、むしろ隈なく舗装されしこと、誠に有難きことなり。
◆鈴の音
さて、これより向かふは野生の聖域。我こそ異分子である。
スパイクのピンも真新しき長靴に足元固め、熊スプレーと二連の鈴二つを腰に掛け、意気高らかに進まん。互いに微妙に異なる鈴の音色、心地よく鼓膜を打つ。
されど、谷深き小径は昼の光さえ拒み、風さへ息を潜めたり。静けさここに極まり、心細さもまた極まる。
この地に棲まうクマの御大よ、願はくは、我が身の如き矮小な存在など、気にも留めぬ寛大な御心にあらんことを。
◆人口の重心
山中に忽然と現れた、球体のモニュメントに足を止む。
本邦の人口重心を示さんと、平成十二(2000)年に設置されしとぞ云ふ。無論、重心は不動に非ず。首都圏への人口集中により、年々東へと遷ると聞く。村落またひとつ廃れば、わずかな揺らぎが国土の均衡をも動かさむ。
賑やかりし頃、汗にまみれて運んだ労苦を思ひ、それが置き去られし現状を見れば、まこと無情なりき。
されど、この時勢に至り、限界集落などと呼ばれし地こそ、水土を育み、野生と賢明なる距離を保ち、田畑を養う要なり。効率化だのコンパクトシティだのは知らぬ。山村の絶えてなかりせば、誰か代わりに果たし得む。
◆クリスタルの峰
小雪の候の夕陽は、木々を朱に染めつつ沈まんとす。踏み跡薄き稜線に横たわるのは、最上級の寂寥感である。
地図上に示される水晶の頂は546m峰。三市界よりコルを隔てた清閑の頂なり。されど、真の水晶山とは、水晶の結晶を抱き、背骨のごとく屹立する大岩群の稜線にあらむ。
光線が低く差し込めば、岩肌はきらきら輝き、その名のままの水晶の峰となる。大都会の煌びやかな光芒とは対照的なれど、山の静寂にこそ似つかわしけり。岩峰に攀じ登れば、木々の間越しに白山の峰を遥拝し得るが、我がスパイク、岩との相性悪く登攀能わず。
足元には、小岩が巧みに組まれし跡見ゆ。往古よりの信仰の名残なりしか。岩峰と白き峰との組み合わせに、ここがいにしへの聖地たるは、まこと自然なり。しからば、麓の神社に金山毘古神を祀るも、鉱山の神として合点がゆく。
ゆえに伸ばしかけた手足を留め、静かに岩峰を仰ぎ見るに、敬虔と感嘆とが共鳴し、心の羅針盤がわずかに揺れ動くを覚ゆ。
◆心の重心
山中に取り残されし我、心細さを紛らわさんと、クリスタルの峰に寄せて大声で吟ず。ここは山中にて、田中に非ず。もとより、かのハイトーンは期待できぬ。
あゝ果てしなひ夢を追ひ続け
あゝいつの日か大空かけめぐる
思へば、朝の連続テレビ小説とて、主人公が都会を志し、大成する筋立てなり。其れ視聴率の王道にて、大衆の底に潜む願望の鑑ならむ。夢を賭けて大都会に漕ぎ出ずる人生も人生なり。されど、地に足付けて静かに夢叶ふる人生も、また人生なり。なれば我が歩幅に合ふは、アスファルトの大路に非ず、落ち葉深き小径こそ駆け抜けむ。
大声で歌ふも、どんな人生を選ぶも、咎むる者はおらぬ。時ならぬ声に驚きたるシカが、目の前に大きく跳ねただけのこと。
この山奥にて、よもや人型の何かが現れむとすれば、むしろ先に人外を疑うべきなり。天狗か狸の変化に違いあるまい。
斯くなれば、かえって肝も据はる。ナガザコの頂にて三角点に腰掛けぬ。
四方の尾根は広く、旧美並村側では、間伐されしヒノキの大木、静かに横たはる。頂は旧上之保村から遥かに遠い。反面、旧美並村より延びる林道を用いれば、わずかの行程にて至る。三角点の点名は「上河和」。是、美濃市の地名に由来す。ゆえに、むしろ長良川筋との縁深かりしや、とふと思ふ。
遂に、駆け下るが如く帰途に就く。山腹のトラバース路は荒れ果て、スパイクのグリップのみが拠り所であった。
ところで、登頂の褒美は何処ぞ?この山には設定されておらぬ、と?──それはもとより承知せり。我は天邪鬼ゆえ、その設定なき山こそ登りたくなる。急ぎ下りし林道脇に、しいたけのほだ木が伏せ込まれしを見たり。肉厚のしいたけは、旧武儀町の特産なれば、道の駅にて求めむと思ひき。
(登山記録)
アクセス・登山道:道の駅「平成」から県道58号線(関金山線)経由で約20分。若栗交差点(関市武儀事務所前)で県道63号線へ左折、武儀郵便局前で左折。あとは道なり。林道は全線舗装済み。数台停められる駐車場がある。トイレなし。携帯電波は不安定。道標は人口重心地から水晶の峰の間は一定間隔で設置(※設置者は旧武儀町。武儀町は水晶山(546m峰)に接していない)、ナガザコまでは未整備。全線にわたり山道としては標準的だが、登山道としては荒廃ぎみ。滑りやすいため、スパイク付きの靴が最適(ただし、岩上を除く)。
形態:駐車場を起点とする周回、ソロ登山
天候:快晴
水分:0.5L携行 → 0.1L消費
行動食:なごやん、コーヒー
ウェア:長袖Tシャツ、長袖山シャツ、(ウインドブレーカー)(計2枚)
行程:駐車場(14:30~14:38)─人口重心モニュメント(14:51)─三市境界(15:07)─水晶山(15:10~15:13)─三市境界(15:16)─水晶の峰(15:19~15:23)─鉄塔(15:33)─ナガザコ(15:45~15:51)─鉄塔(15:58)─分岐(16:02)─人口重心モニュメント(16:08)─駐車場(16:20~16:30)─道の駅「平成」(16:45)
(メモ)
植生:落葉広葉樹林の二次林、スギ,またはヒノキ人工林
植物:アカマツ、ツガ、モミ,ヒノキ(植栽)、スギ(植栽)、アカシデ,アラカシ、コナラ、クリ、ホオノキ、タムシバ、イタヤカエデ,シキミ、タカノツメ、ソヨゴ(実)、ウメモドキ、ヤブツバキ、サカキ、ヒサカキ、ムラサキシキブ、リョウブ、アセビ、ミツバツツジ、モチツツジ、ネジキ、カナクギノキ,シロモジ,ダンコウバイ,クロモジ,クズ,コウヤボウキ
動物:ニホンジカ、エナガ、ヤマガラ,メジロ,ヒヨドリ
地質:砂岩およびチャート互層(変成作用あり?)。濃飛流紋岩が混じる