川俣温泉から引馬峠、黒岩山、鬼怒沼周回
今週は4連休にしたので土曜日は移動日にして南アルプスに行こうと思ったが、月曜日に限って天気悪いのでやめた。この機会に暖めていた日光の藪を歩いてみる。 引馬峠は日光と檜枝岐を結ぶ峠で、何年か前に檜枝岐側から到達している。今回は日光側から平五郎山を経由して引馬峠に至り、孫兵衛山、黒岩山、鬼怒沼と縦走して女夫渕へ周回する。 平五郎山と引馬峠の間にはホーロク平という場所があり、そこに小屋を建ててかすみ網で鳥を捕らえていたらしい。勿論粗末な掛け小屋だったのだろうし、痕跡は残っていないだろう。文献に出てくる小屋は2つあり、一つは「平五郎山から十町許り進んだ所の鞍部で、雪が積んだら錆澤を來る方が早い 」小屋、もう一つは「無砂谷の水源の澤から黒澤へ乘越す樣な處にある」小屋。往時を偲びながら歩きたいところ。 また、引馬峠からは孫兵衛山、大丈田代、実川と向かう歩道もあったらしい。これは今でも森林計画図に載っている。 ☆初日 整備された林道を歩き、その先の作業道に取り付く。藪はなく平五郎山まで適当に登る。今日は引馬峠にある帝釈山脈を境に大荒れで、日光側は晴れてるが風に乗った雨粒が時折降り注いでくる。 その先は鹿に耕された踏み跡を辿っていく。鹿も一番労力の少ないルートを通るわけだから、往時のルートと大きなズレはないだろうと思う。鹿道にしては錯綜することなく引馬峠方面へまっすぐ辿っているあたり、元は人の踏み跡だったのかもしれない。 ホーロク平のあたりで背丈ほどの笹薮になった。これが見渡す限り続いてガックリ来た。左右の斜面も笹薮で迂回は不可能。先が見えないなか1時間の笹漕ぎをさせられた。この区間は8年前の記録を見ると腰ほどの笹薮だったようだ。やはり植生が変わってきている。 ホーロク平から先の細尾根は明瞭な踏み跡の並木道になっている。多分ひとの手が入ってる。踏み跡の取るルートも人間くさい。引馬峠手前の平場は神秘的な雰囲気のシラビソ林で、幼木が植林したかのように整然と立ち並んでいた。 ここで左の沢筋に降りてみた。二股で水が採れた。この沢を登っていくと引馬峠。実際に歩いてみるとこの峠を馬が通ったとはやや信じがたいが、鹿が通れるなら荷を背に載せた馬も通れるのかな。急なのは平五郎山の肩への登りくらいで、赤色立体地図でつづら折りの道が確認できる。 途中の沢筋に超優良物件があったので、戻って幕営する。フラットでツェルトを張る立ち木が完璧な間隔で立っていて風も避けられて水もすぐ採れる。設営すると雨が降ってきたので引きこもる。夜は大荒れで、ツェルトに打ち付ける雨音が次第にサラサラとした雪粒になった。 ☆二日目 翌日は上下カッパにテムレスの完全装備で黒岩山へ。孫兵衛山へは藪の薄い檜枝岐側斜面の鹿道で登っていく。よく踏まれた箇所は歩道跡に見える。孫兵衛山の肩へは密笹薮だが、鹿道を辿るとそれなりに楽に登れた。空身で猛笹薮のなか孫兵衛山往復。三角点のみ。山名板は朽ちていた。 黒岩山へは笹薮が多少弱まるとはいえそれなりに薮だった。コルから登り返すと岩塔が横に広がり行く手を阻んでいる。斜度が緩くて藪が続いているルンゼを選んで登ると、最後は岩の割れ目を通って黒岩山山頂台地に出た。 黒岩山山頂は灌木帯で見晴らしがいい。至仏山も燧ヶ岳も雪で白くなっている。この先は登山道とはいえ相変わらず藪っぽい。鬼怒沼への縦走路は倒木地獄。このあたりから身体が冷えて暖まらなくなってきた。 鬼怒沼の巡視小屋まで辿り着くと早速ストーブをガンガン焚いて暖まる。バスの時間があるのでゆっくりしていられず、昼食を食べたら下山を開始したが、一度身体を止めたからかガクガクと震えた。温泉まで降りると気温も上がりようやく暖まった。 夫婦渕の最終バスは17:30なので日帰り温泉に入る余裕もない。ノンストップで歩いてなんとかバスに間に合った。 翌日は当然のごとく風邪を引いた。雪が降ったらスッパリ撤退しましょう。今回は真面目に低体温がヤバかった。






