厚木市(神奈川)
2026.08.30 (日)日帰り
▶断続的な降雨で気温が低くなり過ごしやすい土曜日だった。翌朝は雨も上がったので、なんとなくの気分で厚木方面に出掛けることにする▶厚木市と愛川町の境界に位置する低山群。八菅(はすげ)山から鳶尾(とびお)山の一帯は訪問済みだが、鳶尾山を南側から登ってみようかなと思いつく▶山麓の常昌院(じょうしょういん)から登れそうだが、GoogleマップにもYAMAPにもルートは記されていない。取り敢えず現地に向かうことにする▶鳶尾団地至近の牛丼屋で朝食▶牛丼屋は閑古鳥状態なのに、隣接するラーメン屋には次々と客が入っていくので怪訝に思いネット検索してみる▶ラーメンショップ加盟店、通称ラーショだった▶午前八時を過ぎた頃合いだが、客層は屈強そうな労働者のみならず、近所の住民と思しき中年女性がスクーターでやって来たりして、大盛況である。厚木は朝ラーなのかと驚く▶次回は入店だなと心に誓いつつ、本来の目的地に向かう▶雲渓山常昌院の参詣者用駐車場にバイクを停めて、境内案内図を見る▶北面の傾斜地に広大な霊園が在り、登り詰めた尾根の先に「鳶尾山ハイキングコース」が記されていた。常昌院の敷地から登山道が整備されていることを確信して、目論見通りではないかと自画自賛する▶霊園の石段は急傾斜で、あっという間に尾根に乗る。登山道は常昌院の管理区域に沿って続いていた。途中の山門は電気柵で封鎖されているから、霊園経由で登ったのは正解だった▶登り詰めた標高点167mピークに鎮座する山王社。常昌院は曹洞宗の寺院だが、神仏習合で山王権現が祀られている▶尾根の南面に踏路が続き、鳶尾団地から登って来る地形図破線路が合流すると、赤い鳥居が眩い鳶尾山金毘羅大権現が鎮座している▶説明板に記された由縁を読んでみる▶時は寛永年間、1620年代のこと。麓に在る養徳寺の住職に就任した心外和尚(変わった名前だ)は、疫病蔓延に苦しむ村民の為に、鳶尾山山頂に保護施設を立ち上げ、病人介護と疫病退散の祈祷を続けていた▶そして慶安三年十月九日の深夜(具体的だ)に突如雷鳴が轟き、鳶尾山に従者を連ねた老翁が現われ、その行ない殊勝なりと云って心外和尚に金毘羅授記本一巻を授ける▶翌日その経巻を山頂に祀ると一挙に疫病が収束▶以後感謝尊崇され金毘羅堂が建立されたと云う顛末▶真新しい社祠だなと思ったが、昭和二十六年に焼失して以来、七年前に漸く再建されたばかりとのことで納得する▶金比羅神社から程無くして、標高点213mのピークには、鳶尾山展望台の名が付された立派なタワーが立っている▶螺旋階段を三回ループして最上階に出る▶今にも降り出しそうな曇天だが、東京横浜江ノ島の眺望が利いて、なかなかの景色▶心外和尚の奇蹟は此処が舞台だったのだろうかと思うけれど、三角点峰の鳶尾山は稜線の先の、ずいぶん離れた処に在る。本来の鳶尾山は、このタワーピークなのかも知れない▶尾根は続いているけれど、東側の大規模な採石場に寸断されて、鳶尾山とタワーピークが分割されているように見える▶ちなみにこの採石場をネット検索してみると、仮面ライダーのロケ地になった場所だと云う記事がヒットして驚く。サイクロン号が爆走するシーンのようだ▶人工的な巨大鞍部を通過して、ふたたび山道が登り始める。みはる野地区からの小径が合流するので、地元住民の散歩道なのかも知れない▶一等三角点の標高234.1mピーク、鳶尾山に登頂した。測量黎明期の三角点であり、本邦初の五万分の一地形図が、この三角点から始まり完成したと云う▶地元の高齢者グループが談笑している山頂を早々に辞して、来た道を引き返す▶つい先程登ってきた踏路が倒木で塞がれている。往路では見なかったので、倒れた直後なのだろう。タイミングが悪ければ、その瞬間に遭遇していたかも知れないと思いぞっとする▶その倒木をパスして、タワーピークも金比羅神社も素通りして、山王社に戻って来た▶その儘常昌院に下山してもいいのだが、境内案内図に描かれていた白山社と座禅石の在る南側の尾根に、踏路が無いものかと考える▶山王社を基準にすると南東に延びる尾根が在り、地形図上では軽車道線が辿っている。途中で常昌院の敷地に抜ける道が在るかも知れない▶そんな興味で歩き始めたが、常昌院南側の尾根に誘う踏み跡は見つからず、泥濘んだ踏路を実直に辿るだけとなった▶鳶尾団地に降りていく階段と山腹に沿う舗道が現われて、鳶尾山ハイキングコース周遊は終了した▶眺めが良い山上の住宅街を歩いていると、右足の違和感と云うか掻痒感に気付く▶階段に座り込んで靴を脱ぐと山蛭が二匹ぽろりと落ちて、忌々しく屈伸しながら動いている。右足の甲を一箇所吸血されてしまった▶帰宅後KZ氏に伝えると、それはニュースだなと云う返信。雨上がりとは云え、丹沢山塊からずいぶん離れているのに山蛭が生息していたと云うのはショッキングである▶山蛭二体を焼殺して悄然と歩き始めて、常昌院の駐車場に戻って来た▶気を取り直して、愛川町の中津川河川敷キャンプ場の偵察に向かう。曖昧な天候だがデイキャンプの徒で賑わう無料キャンプ場であった。そのうち仲間を誘って野営してみたいなと思う。
鳶尾山界隈のそぞろ歩き。常昌院からの周遊を完遂出来たのは目論見通りで、満足すべき結果なのだが、今季初の山蛭禍に見舞われて最悪の気分になる。二日経っても吸血された箇所の疵は塞がらず、微妙に痒い。悔しさで地団駄を踏みながら記している。山蛭にやられると、本当に悔しい。