小高塚岳・宮之浦岳・栗生岳・黒味岳・ノンキ岳
屋久島・宮之浦岳
(鹿児島)
2025年09月27日(土)〜29日(月)
3日間
楠川から入って、湯泊に下りるという計画を立てていたが、初日の高塚小屋で出逢ったフランス人女性と翌日のゴールが一緒だったことに縁を感じ、急遽尾之間に下りることにした。
いろんなことを考えたり、
逆にしんどすぎて何も考えなかったり、
とにもかくにも刺激的な三日間だった。
一日目、海をタッチして
\ 過去一不安感強めの山行 / がスタート。
白谷の駐車場に出るまでの2時間は、
良く言えば大自然を感じられるというかもはや自分自身が大自然になれるようなそんな道だった。が、時たま私の頭の中に浮かんだのは、
「0to0という言葉を私に教えたの誰?」
「宮之浦はソロがオススメって言ったの誰?」
白谷の駐車場で久々にヒトを見て安心感に包まれた。
「高塚小屋まで大体6時間はかかるよ」
と白谷の管理人さんに言われたが、日が暮れるまでに着くことができた(4時間)。
前日、鹿児島のゲストハウスで同じ部屋だった女の子が、太鼓岩に行くと言っていたのを思い出し、ちょっと寄り道もした。
高塚小屋には、フランス人女性と、ガイドさん含めたツアー組の計4人。島ガイドの方が「みんなでディナーにしよう」と言ってくれたので、島飯をお裾分けしてもらいながらあったかいひと時を過ごした。シマネズミを恐れてテント泊を予定していたけど、島に足を踏み入れたらそんなことどうでも良くなって小屋で寝た。
というわけで二日目は、目的地が同じであるNewfriend🇫🇷とともに行動することに。
樹林帯を抜けて、広がる景色に、
言葉が出ない
という表現があまりにも適しすぎていた。
と言いながらも、friendと一緒だったのでたぶん「Wow!」とかなんとか言ってた気がする。
永田岳も寄ろうと思っていたが、雨が降ってきたので引き返し、いつになるか分からない次回の楽しみにとっておくことにした。
summit of 宮之浦岳に着いて、あたり一面の雲景色に、屋久島だから仕方ない と自分を宥めていたのも束の間、一気に雲が吹き飛ばされ、
ここは天国なんじゃないか、と錯覚した。
某番組の「ここが私の〜」ってやつ、
私は宮之浦岳にする、とこのとき決めた。
その後、栗生岳を通ったようなのだが、"英会話"に集中しすぎて、気づいた時には黒味岳付近まで来ていた。クロミからは何も見えなかった。
そうこうしているうちに、目的地である淀川小屋に到着。予定より早い到着に、暇を持て余すというなんとも贅沢な時間。電波はもちろん通じないため、日記を書いたり、本を読んだり、三岳(お湯割り)を呑んだり、英会話をしたりして過ごした。
「明日は6時発ね」とfriendと予定を確認し就寝。
三日目、雨音で起床した午前5時。
結構降っているからと出発を7時に遅らせて、優雅に朝ご飯。先日の青森遠征の際に購入したサーモン入り茶漬けを食べたのだが、これがまた美味しくてひとり感動した。
そんな雨の中、小屋に着いた方々が降っている雨を見ながら、「雨の屋久島も味わえてよかった」と話していて、この島にはこういう素敵な考えを持つ方々が集うんだろうなと思った。
さて、7時になり我々も出発することとした。
「Onsen♪ Onsen♪」と歌いながらノリノリるんるん下山。のはずだったが、
股下近くまで来る水量の渡渉に、大量のヒル、
昨年の台風による道なき道に、
おニューのレインパンツは一部破れ、
おニューの傘は紛失した。
やっとの思いで尾之間登山口に着き、「着いたー!」と久々に自然と日本語が出るくらい疲れ切っていたのに、お目当ての尾之間温泉は月曜定休日だった。
笑えるくらい愉快な一日だった。
ラスト、海を触りながら、次は誰かと来たいと思ったし、この道は二度と通らないとも思った。でもだからこそ、こんな状況を愉しめたのもまた事実。
知り合いの方にお勧めしてもらったジェリーズキャンプ場で、ジモスーで購入したローカルじゃないつまみとどこにでも売ってる缶ビールを広げて、キャンプ場で新たに加わったNewfriend🇫🇷②と良い夜を過ごした。
たぶんこの日のことは死ぬまで忘れない。
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帰りのフェリーに揺られながら、屋久島での日々を振り返っている今。
いつも結局行き着くのは、
人生っておもしろい、とか
縁って不思議で尊い、とかそういうこと。
山を始めていなかったら、
きっと縄文杉までの人生だったと思う。
それはそれで楽しいんだろうけど、
たぶんこの人生が一番愉しい、ってハナシ。
山に登ることは私にとって、自分を肯定する場所なんだと知った、そんな屋久島の旅でした。
ちなみに私は、この行程をヒトにオススメできない。