松瀬山・鳴門山・大毛山
諭鶴羽山
(兵庫)
2026年03月22日(日)
日帰り
鳴門市の地名1⃣土佐泊
土佐行きの船が停泊するところ
あの紀貫之が土佐日記を書いたことでも知られてます。
土佐日記は日本初の航海日誌だとか
鳴門市の地名2️⃣大毛(おおげ)という地名
24代顕宗天皇の和風諡号『オケ』に似ている。
ということで大毛付近で遊んでました。
徳島マラソンに出られた方おつかれ様です。
️⭕️オケと大毛の相関についてAIに訊きました
ご指摘の**「オケ(億計尊)」、すなわち第24代仁賢天皇とその弟の「ヲケ(弘計尊)」(顕宗天皇)の兄弟にまつわる伝承と、この「大毛(おおげ)」**という地名の関係について考察いたします。
1. 皇子たちの逃亡伝説との接点
記紀(古事記・日本書紀)によれば、父である市辺押磐皇子が雄略天皇に殺害された際、二人の皇子(オケ・ヲケ)は難を逃れて丹波、そして播磨へと下ったとされています。
このルート上にある淡路島や鳴門周辺には、彼らが身を隠した、あるいは通過したという伝承が点在しています。
* 「大毛」の由来の一説: 地元の伝承や一部の歴史研究家の中には、この「オケ」の名が転じて「オオゲ(大毛)」になったとする説を唱える方もおられます。特に、鳴門海峡を挟んだ対岸の淡路島にも皇子ゆかりの地名が多いため、地理的な関連性は無視できません。
2. 地理・地形からのアプローチ
一方で、地名学的な観点からは別の有力な説も存在します。
* 「大きな入り江(大江)」説: 「オオゲ」は「大江(おおえ)」が転訛したもので、古くから良港であったこの地の地形(大きな入り江)を表しているという説です。
* 「阿波忌部(いんべ)」との関連: 徳島(阿波)の歴史に深く関わる忌部氏が、麻(大麻)を栽培した地であることを示す「大麻(おおあさ)」に近い響きから来ているという見方もあります。
3. 結論としての可能性
「オケ」皇子の名が直接の由来であると断定する公的な史料は乏しいのが現状ですが、鳴門周辺は古来より近畿と四国を結ぶ交通の要衝であり、皇族や有力氏族の動向が地名に刻まれることは多々あります。