05:09
20.1 km
703 m
再認識 〜野根山街道・三ッ目山〜
野根山 (高知)
2026年01月25日(日) 日帰り
大したことない山行の割には、恐ろしいほどの長文です 「楽しく歩いて健康づくり」 今月はアプリを使ったウォーキングイベント🚶に、会社の同僚とチームを組んで参加している ルールは単純、チームごとの平均歩数を競う ただし1日の一人あたり歩数上限が設定されていて、2万歩以上はカウントされない 歩き溜めができない仕様で、1日2万歩を目標に毎日コンスタントに歩く必要がある 月末まで毎日2万歩⋯ 少ないと仲間の足を引っ張るし、多くてもルール上カウントされず意味がない 今日もスマホとにらめっこしつつ、ノルマをこなさねば🤨 累積標高ソコソコで登山道が整備された、距離を稼げるお山を探すとしよう そうだな⋯ 高知の右下、旧官道の「野根山街道」の未踏区間を歩こうか 折角なので、オマケでピークを一つ踏むとしよう 田野からスタートして「三ッ目山」のピークを目指すこととする 相互フォローのケイ愛さんやソーヤさんのレポを参考にさせてもらった 田野町の「野根山街道二十三士公園」からスタート 野根山街道は参勤交代でも使われた、奈良時代からの旧官道だ 現在は「四国の道」として整備されている 三ッ目山ピークを踏むだけでは少々物足りない その前に阿波方面の「白石神社」まで歩を進めよう 野根山の二十三士⋯ 幕末期に弾圧・逮捕された土佐勤王党・武市半平太 彼の赦免を願い蜂起した田野の23名の勤皇の志士が、捕縛後斬首された悲しい物語だ 「二十三」といえば⋯ 「23分間の奇跡」は「大脱走」などを手がけた米国の脚本家、ジェームズ・クラベルの短編小説だ 舞台は、戦争に負けて占領されたばかりの某国 9時ちょうど、それまでの中年の男性教師に代わり、新任の若い女教師が教室に現れる 当初は反感や不信感を抱いた子供たちも、戦時中にはなかった歌やゲームを通じて次第に心を開いていく 戦時中は「国旗への忠誠」を歌うことがクラスの習慣だった 女教師は子供たちに「忠誠」って何?と尋ねる 歌は歌えるが子供たちは「忠誠」の意味を誰も答えられない 彼女は「自分の国を愛するのに旗なんているのかしら」と、愛国心に旗は不要だと説く 教室に掲げられた国旗は子供たちによって切り刻まれ、旗竿は窓から投げ捨てられた 戦争で父親を連れ去られたジョニーが「父さんはどこだ、家に帰してくれ」と不満をぶちまける 大人は大事なことを聞こうと話しかけたのに「あとにしてくれ、忙しいんだ」等と言うが、それは「間違った考え」だから直したほうがいい、と女教師は答える 「大人は間違った考えをもっているから、直すための学校へ行ったのだ」と教え諭し、彼を沈黙させる(「父親」を「大人」にすり替え) 次に彼女は、子供たちにキャンディが欲しいと神に祈ろう、と持ちかける 当然キャンディは出てこない 「祈る相手が違っているのかも⋯私たちの指導者に祈ってみましょう」 目を閉じて祈る間に彼女がキャンディを配るが、気づいたジョニーがそれを指摘する 彼女はジョニーを賢いと褒めるとともに、神に祈っても意味はなく、何かをもらえるとすれば誰かほかのひとのお陰だ、祈りなんて役に立たないと教える 反発していたジョニーも賢いと言われて気を良くし「この先生が好きだ、言うことを聞いて一生けん命勉強しよう」とこころに決める 巧妙な誘導により、ジョニーを含む子供たちは彼女の思想を真実として受け入れ、自ら「正しい考え」を持つことを誓った 教えが浸透したことに満足した女教師が時計を見ると、時刻は9時23分であった 不信感を抱いていた子供たちが、23分間で洗脳される過程を描くちょっと恐ろしい物語だ 子どもたちは暴力も脅迫も受けずに「自らの主体的な考えで、正しいと思った行動を取る」だけだ 女教師は、その前提となる忠誠、自由、信仰といった概念を、いとも簡単に変えてしまったのだ 小学校に入学したてのクラベルの娘が、授業で習った宣誓を丸暗記して父に披露し、小遣いをねだったことが執筆のきっかけ 意味を深く理解せずに学ぶことの危うさ、さらには教育のあり方に一石を投じた一冊だ 因みに日本でもドラマ「世にも奇妙な物語 」で、教師役を賀来千香子が演じて映像化されている ⋯彼女が先生だと、言うことを聞いちゃいそうだ 二十三士が必ずしもそうだったというつもりはないが⋯ 幕末や戦中戦後の混乱期などは、真に正しい事実や知識、多角的な物の見方に触れる機会なく命を落としたり、 そうでなくとも意図せぬ人生を送ったものも少なくなかったことだろう 今日は半分、イベントのための歩数稼ぎ 健康に良かれと申し込んだが「2万歩歩かなければ」という義務感に駆られている自分がいる 楽しさや健康づくりが「目的」であって、2万歩はその「手段」に過ぎないのだ どうやら僕は、女教師の教えに似た影響を受けているのかもしれない 歩数を気にするのはやめて好きなように歩くことにした 山歩きまで何かに縛られることもない 道中にある「ダチョウの楽園」の山羊やダチョウたちにとっては、そんなことはお構いなしだろう 好きなことを楽しくやろうか
