秋の出羽路 三森山(八方嶺)
焼石岳・兎森山・鷲ヶ森山
(岩手, 秋田)
2024年10月06日(日)
日帰り
今年のお盆明けからお邪魔している横手市山内地区と西和賀町。
山内筏地区から眺める三森山の独特の山容。南郷坂や国道107号線から眺める三森山も、横手の街で朝の散歩中に眺める奥羽山脈。その中でも三森山は何故か気になる山のひとつ。
巣郷温泉大扇の番台さんに訪ねた事がありました。
「あの山は何ていう山なんですか」
「三森山って言ってね、あの山が白くなるとこの辺りもぼちぼちと…」
としみじみ語ってくれた言葉の端に地元ならではの愛着が感じられ、それがすごく印象強く残ったのでした。
先週のある日の夕方、いや夜になるのか、春乃家で晩酌した折りに
「マスター、日曜日この辺りの散策(白木峠など)したいけど…車停めてもいいですか?」と伺ったところ
「良いよ、何なら家の前でも良いよ」とのこと。
すっかりお言葉に甘えて車を駐めさせてもらい、今朝はJR北上線ゆだ高原駅からの出発です。
「ガタン…ゴトン…」
二両編成の車両が駅に近づいてきました。
6:53発に乗りこみ、ひと駅先の黒沢駅まで(190円現金のみ)移動します。
明け方、横手市を出る時にはチリチリの霧雨が降っていましたが、黒沢駅を立つ時には曇り空となり、国道107号をすぎると雲の中に三森山も仰ぎ見る事ができました。
少し進むと秀衡街道の道標があり、昔のぐねぐね道の旧街道を偲びながら歩いていると、自分を含め現代人は最短距離、最短時間と何だか死に急いでいるというか、いや、生き急いでいるのか…。
数百年前の曼荼羅絵図(横手市有形民俗文化財)が伝わる高橋家を過し狛犬が置かれている熊野山神社の鳥居を一旦はくぐりましたが、帰りに立ち寄ることにして三森山を目指します。
アスファルト道が切れ二又となりました。三森林道の標柱が立っていますが、どちらが三森林道なのかはわかりません。地形図をみて右の林道を登り詰めました。
標高650mのヘアピンで土砂が林道を塞いでいました。近づくとヘアピン上の林道の崩落でこの復旧にはしばらく時間がかかりそうです。
崩落現場を越えて進むともう一箇所林道の崩落があり、これを交わして行くと標高点749mからは平坦地となります。その先の二又で通行止めのバリケードがあり、手前の崩落現場は最近のものだったのがわかります。
バリケードを過ぎて行くとブルーシートに覆われた林道崩落現場がありました。施工半ばで下の林道崩落にあったのでしょう。今ではここまで工事車両すら来ることも出来ません。
ブルーシートの端を歩き少し進むと登山口となりました。黒沢駅から徒歩で約10.9km。国道107号線からは車でも10kmほどあるのでしょう。
少し藪化した登山口を入りました。すぐに四阿があり、ササや紫陽花など少し藪化した路を進めば勾配が出始め、うるさい薮もなくなり歩きやすくなります。
中腹の四阿からはブナの森の中、やや急な坂を九十九折りに登ります。木段や苔むしたベンチなどあり以前は整備された良いブナ路だったのでしょう。
巨木のブナは無いにせよ、ブナの純林の中を歩けるのは気持ちのいいものでした。
山頂への稜線間近で胸ほどのチシマザサに覆われました。ブナの木には新しいクマの爪痕もあり南側の藪の中には堀跡の様な凹地もありました。
(おそらく地形図の破線なのでしょう。もしかしたら県境の防火堀かもしれません)
山頂手前ではブナも矮小化しササも無くなります。
そしてパッと天井が抜け山頂へ飛び出しました。
二等三角点と主三角点、そして文字も消えかけクマにかじられた山名標柱のある山頂は、ミヤマナラやミネカエデ、ササの中にはシャクナゲも確認できました。
辺りは雲に覆われてはいましたが焼石岳や何山だろう、三角に尖った山も気になり山座同定しているうちに山頂ごとガスに覆われてしまいました。
“山頂からの展望は絶景で、古くから「八方嶺(天下八方)」の異名を持っている。
山と渓谷オンラインより”
登山口までの林道の長さ、そして林道の崩落。南に焼石連峰、北には真昼山地に挟まれマイナーな山なのだろうけど、天候にさえ恵まれれば逆にこの両方の山、奥羽山脈を見晴かすことができる最高のポジションか。
何故か
「良い山なのにもったいないな…」
と口から出てしまう山…。
でもひとりきりの山頂は好きだ。
山頂にはベンチがふたつ、汗で濡れた衣類を脱ぎバーナーで湯を沸かし休憩しました。雲が取れたり覆われたり、一時間ほど山頂に滞在していたようです。
下山も稜線のササを漕ぎあっという間に林道へ下りました。
林道を下って行くと雲もとれ南郷岳のきれいに尖った三角錐が目に入りました。横手市内の13号線を車で走っていると十文字方面に尖った金峰山が見えますが、それとそっくりだな、と思いました。
そして横手盆地と北には真昼山地、白木野に白木峠と巣郷温泉も見渡せました。
長い林道も下り終えて今朝鳥居まで立ち寄った熊野山神社へ詣でました。大きなイチイの木が聳えその下の一の鳥居をくぐれば安政三年建立の秋葉山の石碑が立ち、杉並木の中に月日を感じ苔むした参道が通り小さな石橋を渡れば二の鳥居です。
そして石段を登って本殿へと参りました。
文政9年(1826)この地を訪れた菅江真澄は、地誌「雪の出羽路・平鹿郡」の中に“山内地域の古社として登載している”と境内の説明板には書かれてありますが、この熊野山神社の事は実際には目にしたことはありませんでした。それでも真澄の足跡をひとつでもたどれたことは嬉しいことです。
戻りの電車は14:37。とても間に合う時間ではなく秀衡街道の標柱から国道107号線へと向かいました。そして何度か三森山を仰ぎながら歩いたのですが、とうとう山頂は雲が取れることはなかったのでした。