猛省の奥秩父主脈縦走
瑞牆山・金峰山
(山梨, 長野)
2026年04月29日(水)〜05月04日(月)
6日間
3年ぶり2回目の奥秩父主脈縦走。
前回は4泊だったのだが、2日目(大日小屋~甲武信小屋)が結構つらかったので今回は余裕を持って5泊にした。5泊以上のテント泊を経験してみたかったというのも理由としてある。
今回、意識的にペースを落とした上で休憩もいつもより多く取ったことが功を奏し、体力的には結構余裕を残して歩き切ることができた。
しかし、3日目の判断ミスでテントのポールが折れた上にフライも破れた。怖い思いをしたが良い経験にはなった....などと悠長に前向きなことだけを言うのも憚られるくらいには恐らく危険な状況で、歩き切れたこと、そして無事に帰ってこられたことをありがたく思う。
今回は反省点が多い。特に3日目。
今後見返して当時の恐怖を思い出せるよう、詳細に活動メモを残すことにする。
■1日目
瑞牆山荘からスタート。
5日間と余裕がある為、山荘から直で富士見平には向かわず魔子の山に寄り道。
その後富士見平でテントを張り、瑞牆山頂に行ってからテン場でビールを飲んで就寝。
富士見台小屋ってテン場もビールも前回こんなに高かったっけ...?と思った。小屋の値付けって規則性あるようで例外も結構あって難しい。
■2日目
富士見平から金峰へ。
初日に増してガスが濃くなり展望はほとんど無かったが、大日岩から少し景色が見れたのは良かった。一方で金峰山頂はほぼガスで展望は無かった。
金峰山頂付近の残雪はほとんどなし。金峰から大弛まで向かう最中、北側斜面の道から増えてきたが、チェンスパは無くても問題ない程度だった。
その後大弛小屋へ。雨が降り始める中、急いでテントを建てて就寝。
■問題の3日目
雨天、かつテン場が標高2400mということもあって夜は結構寒かった。
雨の中テントを撤収するのも慣れたものだが、テントのスタッフバッグをビニール袋に入れるのをうっかり忘れてしまった。
モンベルのアクアペルなのでそこまで被害はなかったが、マットや寝袋も少し濡れてしまう。慣れというか慢心というか...。これがミス1。
大弛小屋すぐから地面が凍結していたため、チェンスパを履いてから出発。
国師周辺はかなり雪が残っており、膝上まで脚が埋まる箇所もあった。このあたりはアイゼンでもよいかもしれない(が、重いので両方持ってくる気にはならない)。
甲武信を超え、地味にきつい雁坂峠までの道を雨の中粛々と歩き雁坂小屋に到着。
天候のせいでキャンセルが多かったらしく、他の宿泊者は小屋泊が1名、テントは誰もいなかった。装備を乾かしたかったので小屋泊にさせてもらうことも考えたのだが、飛び込みで小屋泊することを変に躊躇ってしまい(マナー違反だと思われたくなかった)、予定通りテント泊にする。これがミス2。
小屋に着いてまもなく雨が止み、明日は天気が良いという情報もあったため、展望のよさそうな場所を選んでテントを張る。これがミス3。最も大きいミス。
一段下がった場所と迷ったのだが、そこは地面が少し斜めだったので却下した。そこにするか、横着せずテン場の隅々まで見てもっと良い場所を探せば良かったと本当に思う。
テントを張って少し経つとまた雨が降り出す。段々と強くなり、遠くで雷も鳴り始める。
この時点でテントを移動すれば良かったが、面倒くさがってそのままにする。これがミス4。
その後は強い雨の中いつも通り8時頃に就寝。
雨で衣服が濡れたので靴下も含めて着替えたのだが、寝袋が湿っていることもあって足先がずっと冷たい。脚を伸ばすと冷たくて寝られないので、丸まった体勢を取ることでなんとか寝ることができた。
遅い時間、或いは日を跨いでからか、強風で目が覚める。雨は止んでいるようだが、風が非常に強くなっていることにここで気づく。フライがバタつく音が響き、内壁はフライ下部から入り込んだ風に押され帆のように内側に張っている。
とは言え、この時点ではテントが多少ゆがむ程度でまだ危険なレベルではなかったと思う。このタイミングが恐らく最後のチャンスで、テントを移動/撤収して小屋内に退避するのが良かった。しかしその判断に至らず寝続けるという行動を取った。これがミス5。
その後も、寝る、強風で目が覚める、寝る、強風で目が覚めるを何度か繰り返した。寝る度に「次起きたときは風弱まっているといいな」と期待したのだが(今思うと現実逃避に近い)、期待に反して風は強まる一方だった。
気が付いた時にはもう引き返せないレベルまで風は強くなっていて、あらゆる方向から突風が吹く度にテントは見たことがないくらい大きくゆがんでいた。
いつ壊れてもおかしくないゆがみ方だと思ったし、風がテントに当たる音も「バサバサ」ではなく「バババババ」と「ゴオォォォ」が混ざったような音になっていて、危険な状況に変わってしまっていることは明らかだった。この状況でテントを撤収する行為もまた危険であることを、寝ぼけた頭でもはっきりと理解できた。
ふと、木曽駒ケ岳のテント場に泊まった時のことを思い出した。その時も風は強かったが、ランタンはテント内にぶら下がったままだった。今回はそのランタンすら、カラビナでぶら下げていたのにも関わらずどこかに行ってしまっていることに気が付いた。テント内に干していた衣類もすべて落ちており、荷物が散乱した床に対して壁面と天井には何も無かったことが印象的だった。
何か行動を起こす判断も下せないまま時間が経過した夜中、自分の身体ごとテントが飛ばされかけたことで完全に意識が覚醒する。
それまでは突風でテントがゆがんでも床は動かずに済んでいた。ペグも打っているし、人間が入っているのだからそう簡単に動かないだろうと思っていた。
風の力が遂にそれらを超え、テント右前の床が浮かされた。そして、浮かされる床に転がされるまま自分の身体も半回転した。とっさに体重を風上側に移動させて踏ん張ることで、何とか止まることができた。ペグは既に抜けてしまっていたのだろう。
この瞬間に「やばいかも」が「やばい」に変わった。それまで"かも"だったという自身のリスク管理のなってなさに嫌気が差す。
その後は、「まずい」だの「やられた」だのと独り言を言い続けていた気もするが、覚えているのはテントが破壊されないようにフレームをテント内から押さえていたことと、突風時に風上側に体重を寄せて踏ん張っていたこと。素手でフレームを掴んでいたせいで指先がかじかんだことも覚えている。
これらが正しい行動だったかはわからない(多分違う)し、やはりそんな状況に陥らないことがそもそも正しいのだ。
風が木々を揺らす音が遠方で大きく鳴る度、それが数秒後に自分に来るのではないかと恐怖する時間が続いた。身体が飛ばされるような突風はこの間にも何度かあったと思う。
この時点で確か午前3時くらいだった気がする。
テントを撤収した方が良いのはわかっている。しかし今はどう考えても危険だ。風が弱くなるまで耐えてから撤収しよう。それまで耐えよう。そういったことを考えながら暫く奮闘していたのだが、ふと前室に置いていた靴が気になりテントのジッパーを開ける。靴は飛ばされておらず安堵する。
靴をテント内に入れておこうか迷ったが、テント内の荷物はすべて散乱しきっており靴を入れる為のビニール袋がどこにあるのかわからない。ランタンも落ちていて明かりも付けられない。テント内のポケットに入れていたヘッドライトも行方不明だ。
まあいい、飛ばされてなかったし大丈夫だろうと靴をそのままにする。本来なら泥など気にせずテント内に入れるべきだった。これがミス6。
その後は記憶が欠落しているのだが、気が付いたらテント内にいながらテントを崩していた。
「テントを崩して低くすれば風をやり過ごせるかもしれない」と考えた記憶はあるが、どういうきっかけでその判断に至ったかは覚えていない。しかし、これだけは恐らく良い判断だった。
入り口から身を乗り出し、本体とフライの間に身体を入れ、すべての吊り下げ部分を取り外す。いくつかのジョイントを外しポールを崩す。そうしてテントが崩れると、風の影響が弱くなるのを実感した。
その後、崩れたテント内で身を低くしながら数分から十数分ほど過ごしたと思う。崩しても突風が来るとテントは煽られてしまう為、内部から本体とフライを掴んで低い状態を保っていた。その状態にすると風を受けないようになり、少し安心できた記憶がある。
記憶が正しければ午前4時になる少し前、一瞬風が弱まったタイミングでテントを移動させることにする。撤収する前に風が弱い場所に移動させようと考えたのだ。
しかし外に出ると靴が無い。辺りを見ても見当たらない。風で飛ばされてしまったようだ。
靴は明るくなってから探そう。とにかくテントを移動させようと、最初張るのを迷った一段低くなった場所にすべてを移動させる。濡れた荷物が入っているテントは重く、何度か掴み損ねた記憶があるが、必死だったのであまり時間をかけずに移動できたと思う。
一段低くなった場所に移動した途端、あれだけ強かった風が弱まる。
実際には弱まっていないのだが、場所を少し変えただけでかなりマシになる。風の通り道にテントを張ってしまった判断を後悔する。また、小屋に泊まっていればと強く後悔する。
風の脅威を逃れたことで、自分の判断を後悔できる程度の思考を巡らせる余裕が初めて生まれたのだと思う。
テントを畳み、ポールが折れていることにそこで気が付く。初めての経験で狼狽えつつ、「それほどの悪い状況だったのか」などと悠長にもそのタイミングで認識した記憶がある。
ひとまず全ての荷物をザックに詰め、飛ばされなさそうな場所に横たえる。
テンションは下がり切っており、計画を断念して下山を考えるものの、靴は風で飛ばされてしまっており行方不明だ。まずは靴を見つけなければならない。
荷物を詰めている間に空が明るくなり始めていたので、さっそく周囲を探しはじめる。
幸いにも右足は探し始めてすぐに見つかった。テント右方に飛ばされており、少し坂になっている草むらの上に転がっていた。
しかし左足が見つからない。片方がすぐ見つかったのだから、もう片方もすぐ見つかるだろうと思ったが付近には見当たらない。
暫く探す。無い。姿勢を低くし草をかき分けながら探すも無い。どのくらい探したか。5分か10分か、もしかしたら1,2分くらいだったかもしれない。朝の地面は冷たく、靴下ごしに左足を徐々に冷やしていく。
反対側の斜面にある草むらも探す。無い。違う方向に飛ばされる可能性は低いはずだ、やはり最初探したあたりにある可能性が高いだろうと考え、元の場所に戻る。
不謹慎だが、川に人が流される事故が発生した際の、警察が川底を探しているニュース映像を思い出す。警察の方は、端から一直線に探し、もう一端に着いたら折り返すという探し方を規則的に続けていた。それを真似てみるのが良いかもしれないと、意識して規則的に探してみるも見つからない。探し物の場所が光る特殊能力でもあれば、などと馬鹿らしいことも考えた。
どれくらい探したかわからないが、だんだんと焦りが大きくなり、気持ちも後ろ向きになり、探すのを中断していったん荷物の場所に戻る。
そして、靴が見つからなかったらどう下山しようか、ということを考えはじめる。
雁坂峠は何度か降りたことがある。裸足は厳しいが、サンダルでもあれば降りられるはずだ。小屋で借りるか買い取ることはできないだろうか。小屋番さんにどう伝えようか。こういう場合、他の登山者はどうするんだ?いやこんなこと普通は無いか。もしかして救助に来てもらわないといけない可能性もあるのか?となると、これは遭難と言える状況か?いや小屋にいるのだから遭難ではないだろう。
....など、思い出すと恥ずかしいことを考えた。今思えば全く冷静さを欠いていた。
少し経ち、もう一度、片方を見つけたあたりを落ち着いて探してみようと考える。考えながら自分の思考を口に出す。
「最初は靴は飛ばされてなかった。でもその後の短時間で飛ばされたのだから、靴が飛ぶほどの強風は頻度が低かったはず。だったら両方とも同じ方向に飛ばされている可能性が高いはず」
こういったことを言ったと思う。考えをまとめる意図もあったが、「そのはずだ」と自分に言い聞かせていた部分もある。
とにかく、どれだけ時間をかけてでも靴を見つけることが優先事項だということは揺るがない事実だと思った。もう下山すると半ば決めていたから、昼過ぎにでも下り始めれば十分に安全圏であり、となれば探す時間は数時間もある。
先ほどまで、片方の靴は草むらの"上"に転がっていたのだからもう片方も同様だろうと考えていた。膝ほどの高さがある草むらの根元に落ちている可能性は低いだろうと。
その考えは捨て、今度は四つん這いになり草むらの根元をかき分けながら探し始める。小さい木の根元も入念に探す。
草でも土でも無い色が視界の隅に入る度に一瞬期待するが、ただの石だったり放置されたゴミだったりで何度か落胆する。
暫く探しつづけると、片方を見つけた場所から数メートルほど離れた場所、草むらの奥深くにて、遂にもう片方の靴を見つける。
見つけた途端思わず声が出る。「うあぁー!!!」と言ったと思う。一瞬遅れて嬉しさを実感し、今度は自発的に声を出す。「っしゃあああああ!!!」と言ったと思う。
落ちていたのは本当に奥深くだった。地道に根元まで探すことにした判断を自分で褒める。また、地道に根元を探し続けることができたこと、つまり途中で心が折れて諦めなかったことに安堵する。
左足を靴に通す。足裏は泥だらけだったが、そんなことは一切気にならなかった。両足に靴を履いている感覚に安心感と嬉しさをひしひしと感じた。これで助かった、と口に出したと思う。
運良くすべての装備が揃ったので、荷物を回収して小屋に入る。時刻は午前5時過ぎだったと思う。そう考えると、実際探していた時間は30分程度か、長くても1時間にも達していなかったのだろうということに、これを書きながら気づく。
3日はこれで終了。
本当に反省点が多い(多すぎる)日だった。
■4日目
小屋に入ると小屋泊の方も既に起きており、小屋入り口の休憩スペースで朝ごはんの準備をしていた。
「風すごいですね。大丈夫でしたか?」と聞かれたので、「もう大変でしたよ~。ポール折れちゃいました」などと、さも余裕ぶって答えたと思う(恥ずかしい...)。
しかし、小屋に入るときはあれほど自分が情けない気持ちだったのに、小屋泊の方は(あとで合流された小屋番の方も)俺があのような状況だったことを知らないのだ、ということに気づき、何故か少し安心する。
恐らくはあまり(本気で)心配されなかったことで、「本気で心配されるほどの悪条件ではなかったのかも」という正常化バイアスが働いたのだと思う。
その後は俺も休憩スペースに腰掛け、荷物の整理を行う。
小屋泊の方は、今日も予定通り歩いてみるが、風が強いので様子を見て停滞かエスケープするかもと仰っていた。
小屋に入るまでは下山する気持ちが強かったのだが、「そうか、小屋泊目線だと今日はとりあえず歩ける程度のコンディションなのか?」と考える。確かに風は強いが、天気は予報通り非常に良い。今日を単体で見たら、風に気を付ける必要はあるものの、出発せずに撤退を決めるほどのコンディションではないのかもしれないということに気づく。
これも正常化バイアスかもしれないが、ここに関しては正常化バイアスが働かないように気を付けて考えた記憶がある。
会話を続けているうちに少し元気が出てきたので、折れたポールを修復してみようかという考えが生まれる。
折れた部分が横に潰れており、そのままだと応急処置パーツを通らなかったため、いったん外に出て折れた部分を石で破壊する。
パーツの両端からポールの折れた部分を通し、ビニールテープをぐるぐる巻きにする。するとそれらしい見た目になり、山行継続の希望が見えてくる。
その後は小屋番さんも交えて3名で暫く会話し(小屋のあちこちが壊れてしまったと仰っていた)、また日光に当たって元気が湧いてきたこともあって、全ての荷物を整理し終わった時点でかなり元気を取り戻していた。
人と会話することで気持ちが前向きになれたし、自分の状況を人に話すことで孤独感が薄れた。お二人には感謝である。
小屋泊の方が先に出発した後に、改めて冷静に(自分では冷静だったと思う)今の自分の状況を考えてみることにする。
現在の悪い条件は「寝不足である」「荷物が濡れていて重い」「風が強い」「ポールが1か所応急処置の状態」であって、4つ目以外は普段も経験するものだ。むしろこの縦走の最中にも普通に想定していた条件であって、想定外は4つ目だけのはずだ。
これは下山するほどの悪い状況ではないのでは、と考えるようになる。このまま下山したら暫く山が嫌になってしまうかもしれない、と思ったりもする。
考えた結果、ひとまず歩き始めてみることにする。
今日は将監小屋に行く予定だが、笠取で泊まってもいいし厳しければそのまま下山しても良い。
ポールが応急処置という不安要素はあるが、笠取も将監も風が強いテン場ではない。問題無いはずだ。
応急処置のテントを試してみたいという、状況に相応しくない好奇心も少しあったことは否めないが、そういった気持ちが生まれるほどの余裕があることに安堵もした。
そうして準備を終え、6:20頃に出発。
風は強いが、これくらいの風の中で歩くだけなら今までにも何度か経験がある。体調に不安も感じない。天気も良く、歩く中で気分は更に回復していった。
笠取小屋を超え、笠取山に向かう。山頂の展望は素晴らしく、朝方にあれだけ後ろ向きだったのが嘘のように良い日だと感じる。そのまま尾根道を東に歩く。西御殿岩への寄り道もする。
結局、予定通りそのまま将監小屋に到着。14時前だったと思う。
天気は引き続き良かった為、テントを張る前に濡れている装備を広げて乾かすことにする。
ビールを1本飲みながら、装備が乾いていく姿を見つつ、自分も日に当たる。この時間は本当に幸せだった。
テントを建てている途中、フライも破けていることに気づく。
最初は風で破れたのかと思ったが、場所を鑑みるに折れたポールの先で破れたようだ。ビニールテープで補修する。
テントを建て終わってみると、見た目上は全く問題の無い普通のテントに見える。これなら最後まで歩き切れるという考えを強める。
乾いたテントで、風の無いテント場で、そのまま就寝。
■5日目
今日は雲取小屋の予定だったが、七ツ石まで行くことにした。
前日の笠取稜線あたりで明日は七ツ石まで行ってしまおうかと急に思い立ち(気分が上がっていた)、電波が入る場所でテン場の予約を取っていたのだ。
よって七ツ石が目的地である。
将監から雲取までは言うことが無い。
歩いたことがある方ならわかると思うが、アップダウンがほとんど無い道が3時間以上続くのだ。
歩きやすく危険を感じない道を最初こそありがたがっていたが、流石に途中から飽きが来たので音楽を聴きながら歩いた。それだけで時間が短く感じられた。
七ツ石には14時前に到着。
初めて泊まったが、人懐っこい猫が2匹いて癒された。富士見平小屋のテント場の印であるテープをフライにつけっぱにしていたので、それを遊び道具だと思った猫がフライに爪を立てていたが、既に破れてしまっていたので暖かく見守った(小屋番さんは猫を叱ってくれていた)。
また、最後の夜ということでテンションが上がり、ご褒美に酒を4本飲んだ。
■6日目
3:30に起床。
夜から雨が降りはじめ、テントを撤収するときにもかなり降っていた。
しかし風は無く気温も低くない。つまりデメリットは「濡れて不快だし重い」だけであって、危険な状況ではないとわかっていたので、気分は落ちなかった。
いつもは出発の準備を全て終えてからトイレに行くのだが、今日はいつもより早い時間に起きたため、テント内の荷物をまとめ終わった時点で外はまだ真っ暗だった。
よって先にトイレに行くことにし、用を足している間に多少明るくなるだろうから、その後にテントを片付けるという順序を取ることにした。最後となるがこれがミス7である。
テントを撤収し、4:50頃に出発。
暫くすると雨も止み、薄曇りを突き抜けて日の明かりも入るようになってきた。
あとは奥多摩まで地道に歩くだけだ。
見たことのある景色が目に入る度に安心感を強め、足取り軽く歩き続けていたのだが、歩きながら屁をしたところ少し下痢が出た。どうやら前日に飲みすぎた酒で腹を下していたようだ。
小屋を出る直前にもトイレに行っておけば良かったと強く後悔する。あの1回だけでは出きっていなかったらしい。
しかも、雨が降り続けてくれていたらまだ良かったのに、こんな時に限って止んでいる。
仕方なく登山道を大きく外れた木陰でパンツを下ろし、尻とパンツを水で洗う。500mlの水を無駄に失う。馬鹿らしい。
なんとかきれいにしたパンツを履いて歩き始めたが、人体とは不思議なもので、濡れたパンツで尻が冷やされると途端に便意が強くなる。
鷹の巣の避難小屋トイレまで耐えられるか....?と思って暫く歩いたのだが、耐えられそうにないことを察する。というか、そもそも避難小屋まで耐えたところであまり意味は無い。あそこのトイレにはトイレットペーパーは無く、そして手持ちのペーパーも前日に切れてしまっていたからだ。
そういった事情で、再度登山道を大きく外れた場所に移動し、木陰で失礼をする。
用を終えたのち、最初の方はやわらかい落ち葉で拭いたが、最後はやはり水で洗った。また水を無駄にする。
その後は順調に歩き、六ツ石から南下して通ったことの無いルートを通って奥多摩駅に到着。
昔友人と歩いたことのある奥多摩むかし道の近くに降りたので、懐かしさが安堵感を強めてくれた。
また、帰りの電車でうたたねするのが気持ち良かった。
以上、反省の多い登山となったが、無事に帰ることができて本当に良かった。
一方で学びは多かったが、そんなことを言えるのは無事に帰ってこられたからこそだ。
■まとめ
[反省点]
・不安が少しでも(←重要)ある日は、張りやすさや景色よりも風の通り道でテントの場所を選ぶ
・悪天候時は面倒くさがらずにテントを移動、或いは撤収する
・「凍るほど寒い」以外にもテント内に靴を入れておくべき日はある
・不安がある日は躊躇せず小屋泊をお願いする
・小屋を出る直前にトイレに行く
・悪天候時、テントを撤収できるならそれが良いが、それが無理ならばテントを破棄するという判断を選択肢に入れる(これは下山してから気が付いた反省点)
[良かった点]
・応急処置パーツを荷物に入れておいて良かった(使うことになるとは思っていなかったが...)
・テント内でテントを崩すという判断は良かった
・テントを風の弱い場所に移動させてから撤収した判断は良かった
・歩くペースと休憩のペースは良かった。最終日になっても体力的には余裕があった
・無事に帰ってこられた
余談だが、モンベルでポールを修理しようとしたら曲がった部分含めて10本交換する必要があり、新しく買うのと2000円くらいしか変わらなかった。よって新しいのを注文した。フライは補修テープで自分で修理してみるつもりだ。
ポールが届くのを待っている間テント泊には行けないので、天気の良い日に日帰り登山に行って、山頂でのんびりお昼でも食べようと思う。それか久々にサイクリングにでも行こうかな。