澄み渡る栄光の石鎚稜線(*^^*)
石鎚山・堂ヶ森・二ノ森
(愛媛, 高知)
2026年05月10日(日)
日帰り
堂ヶ森から石鎚山へと続く稜線を、僕は勝手ながら「栄光の石鎚稜線」と呼んでいる。
松山平野から望む石鎚連峰。
西から東へ向かって、ゆるやかに高みを増していくその稜線は、まるで空へ駆け上がっていくようだ。
上向きのラインを見ると、不思議と心まで前を向く。
堂ヶ森、鞍瀬ノ頭、二ノ森、面河の頭、西ノ冠岳――。
その奥に、静かに頂上山荘を構えた弥山が顔をのぞかせる。
そして石鎚山頂から振り返れば、二ノ森、鞍瀬ノ頭、堂ヶ森、さらにその先に松山平野。
まるで登る手順にあわせて、小結(堂ヶ森)、関脇(鞍瀬ノ頭)、大関(ニノ森)が並び立ち、その奥に横綱・石鎚山を迎えているようにも見える。
「栄光の石鎚稜線」の歩き方に、正解はない。
体力や行動時間を考えれば、堂ヶ森から二ノ森へ、あるいは石鎚側から二ノ森へ向かい、少しずつ軌跡をつないでいく山行が一般的なのだろう。
車をデポして土小屋から堂ヶ森へ抜ける人もいれば、その逆を歩く人もいる。
かつては保井野登山口まで運行していたバスを利用し、縦走を楽しむプランもあったそうだ。
そんな中、登山を始めたばかりの頃の僕は、山友・ひよりさんが梅ヶ市登山口から石鎚山をピストンされているレポを拝見し、「いつか自分も挑戦したい」と憧れを抱いた。
一昨年――登山歴2年目の僕は、その挑戦に踏み出した。
体力のある序盤で距離と標高を稼ごうと、完全にオーバーペース。
スポーツジムのトレッドミルで予行演習までして、「準備はできた」と思い込んでいた。
正直に言えば、体力だけなら今の自分より、あの頃の方が遥かにあったと思う。
だが、二ノ森を過ぎた頃から異変が起きた。
ふくらはぎだけでなく、人生で初めて両足の太ももまで痙攣。
脚がまったく動かなくなり、「万事休す」という言葉が頭をよぎった。
そして、「遭難」という二文字が、急に現実味を帯びて迫ってきた。
詳しくは当時のレポに記しているが、無事に下山した瞬間、大粒の涙があふれた。
自分への情けなさと、生きて帰れた安堵感が入り混じった涙だった。
自分に負けた『栄光の石鎚稜線』
https://yamap.com/activities/32244343
本当は去年、リベンジを果たすつもりだった。
けれど天候に阻まれ、二ノ森で引き返すことになった。
僕なりに安全を考えれば、梅雨入り前で日も長い5月が最適解だと思っている。
前日の夜、まいゆさんのレポで、澄み渡る“栄光の石鎚稜線”を見た。
天気予報も、明日は同じ快晴を示している。
明日も同じ光景が広がっているはずだ。
そして、今日。
ようやく、その「最適解」に合わせた実行日を迎えた。
僕の前に、遮るものはもう何もない。