廃線を行く 〝北鉄能登線・前編〟
大正十四年、能登鉄道として開業した〝鉄路〟があった。 昭和十八年、戦時下の統合によって北陸鉄道の一線となり、羽咋から能登半島の奥へと延びて行った。 しかし時代は、この小さな鉄道にとって決して穏やかなものではなかった。 沿線の過疎化、そしてモータリゼーションの波。 乗客は次第に減り、赤字は膨らんだ。 そして昭和四十七年六月二十五日。 北鉄能登線は、全線廃止となった…。 🧔♂の幼少の頃には、既に列車に代わって特急バスがその役目を担っていた。 それでも、奥能登に向かい並行するバスの窓から、線路を行く列車の姿を眺めた記憶は残っている。 ところで、この鉄道には、もっと大きな夢があった。 もともとは富山県氷見から能登半島を北へ輪島まで、そして羽咋に繋がる 〝能登半島外浦縦貫鉄道〟 という壮大な構想が描かれていたのである。 しかし、夢は夢のまま。 資金の問題などから計画は縮小され、結局、羽咋から二十五・五キロ、三明駅が終着駅となった。 その鉄路も、今はない。 廃線後、線路跡の大部分はサイクリングロードとして生まれ変わり、現在は石川県道293号羽咋巌門自転車道線、いわゆる羽咋健民自転車道として、その面影を残している。 かつて列車が走った道を、自転車で辿ることが出来る。 線路は消えても、道は残った。 駅舎は姿を変えても、駅のあった場所には、それぞれの時間が静かに眠っている。 そこで今度は、羽咋から三明まで。 かつてこの間に置かれていた駅々を一つずつ訪ねてみることにした。 列車の代わりに🧔♂が行く。 車窓から眺めるだけだった、あの鉄路の跡を。 今昔を訪ねる廃線行。 前編、いざ出発である。






