日野山 荒谷コース
日野山
(福井)
2026年03月05日(木)
日帰り
久しぶりのソロ登山である。
文殊山(366m)のオウレンか下市山(260m)のナニワズを見に行こうとも思ったが、両座とも最近登っている。そこで、白羽の矢が立ったのが日野山(795m)。
日野山には幾つかのルートがあるが、今回は山の北側から登る荒谷コース。
荒谷集落に近づくと日野山が目の前に見えてくる。日野山は越前富士とも言われるが、この方向から見ると決して富士山のように左右対称な形をしていない。
右手は緩やかな尾根が伸びているのに対し、左手は急に落ちていて、その先は平坦な尾根が続いている。
天気は曇りだが、昼頃から晴れてくるとの予報である。そのため、登り始めを10時半と遅らせた。
荒谷集落を突き抜けて山麓の日野神社へと向かう。集落の中で一箇所、道が極めて狭いところがあるので運転注意。
日野神社の駐車場に着くと、既に下山してきた人がいる。かなり年配の方である。たぶん、6時頃に登り始めたのだろう。(年がいけば、これくらいの時間に動き出すのが当然だ。極楽蜻蛉には見習ってほしいものだが…)
その方に残雪の様子を聞くと、「山頂付近だけ雪があり、最後の登りは凍っているところもあるので、注意して下さい」とアドバイスをくれた。
念のためチェーンスパイクをリュックに放り込み、長靴で登り始める。
まずは、日野神社で安全登山を祈願し神社の右手から谷沿いに進む。
北陸自動車道のトンネル換気施設の脇を通りすぎ、しばらく進むと路傍にオウレンの花を見つける。
丈は10cm程で花が三輪しかない小さな小さな個体である。周りにもないかと探してみたが、この個体以外は見つけられなかった。(今回の山行で見つけた唯一の草本の花であった)
道は、谷沿いを離れ林床をジグザグに登りながら高度を稼いでいく。
30分ほど登ると、いきなり前が明るくなり、鉄塔が現れる。この鉄塔の北側は切開かれていて眺めが良い。
光が当たりやすいためか、開花しているマンサクが数本見られた。
そこから数分進んだところに、大きな石がゴロゴロしたところに着く。
ここには、鎌倉時代(?)に大きな寺院があったと案内板に書かれている。
その名残で塔板碑が数基建っている。
また、近くには不動明王が祀られた水場もある。
そこから暗い杉林の下を尾根に向けて登っていく。
登り始めから1時間弱で尾根に出る。そこは西谷コースとの合流点となっている。これまで南向きに歩いてきたが、ここからは左に折れ東向きに尾根をつたって行く。
途中、右手を見上げると、満開のマンサクの先に日野山の山頂部が見えている。
岩場も多くなるとともに、ロープの張られたところも出てくる。
西谷コースとの合流点から40分ほどで
今度は菅谷コースと合流する。
ここで右手に曲がり、再度、南に進路を取る。真っすぐ先には日野山山頂への最後の急登が待ちかまえている。
道は雪で覆われたところが多くなってくる。ただ、温度も上がってきたため凍っていないので助かる。ずっとロープが張られた急坂を慎重に登る。
犬の顔のような瘤のあるブナの木。ここまで来たら山頂はすぐである。
上が開けたと思ったら、神社の建物が目に入ってくる。
山頂は一面雪に覆われ、空は晴れてきている。北側の展望所からは越前市から福井市に至る風景が広がっている。
すぐ下にある北陸新幹線の越前たけふ駅とその前にある村田製作所の建物が目を引く。そこから先(北側)で北陸新幹線と北陸自動車道が交差して北へと向かっている。
遠くには白山が見えているのだが、その上に広がっている雲との境が判然としない感じである。部子山も同様。
日野神社奥ノ院で手を合わせ、その先にある山頂標識のところへと進んだ。
日野山の南側の風景を見るには、ここが唯一のポイントである。
日野川が曲がりくねりながら谷間から流れてきている。
静かである。小鳥の鳴き声だけが時々聞こえてくる。誰もいない。
ソロの山歩きは気を使う必要はない。すべて自分で決めることができる。自由気ままである。
山頂でお昼を取ろうかとも思ったが、気温は低めで風が冷たい。しばらく眺めを楽しんで降りることに。
歩きながら行動食を食べ、一気に下山した。
下山後はすぐ近くにある「荒谷の滝」へ。滝のすぐ下まで道は続いているが、足元が狭く、ミズゴケが繁茂していて滑りやすいので注意が必要である。
【付記】
木の枝に白い綿のようなものがついているのを見つけた。何か分からなかったので調べてみたらイボタロウムシの幼虫が分泌する蝋物質とのこと。
これは「いぼた蝋」と呼ばれローソクの原料や戸の滑りをよくするために使ったという。現在でも市販され、日本刀の手入れや木工製品や銅製品のつや出しに使われているとのこと。
実際にアマゾンで調べてみると100gが約1,000円で売られていた。
そんなものがあるのかと、初めて知ることができた。今回の山行の大きな収穫の一つとなった。