甲武信ヶ岳(山梨,長野,埼玉)
2026.05.30 (土)2 日間
奥秩父の地図を眺めていると、まだ歩いたことのない尾根が目に留まった。
十文字山から三国山へと続く三国尾根である。
初めて十文字山に登ったのは2019年頃だったと思う。私が初めて奥秩父へ足を踏み入れた山行でもあり、それまで歩いてきた奥武蔵や奥多摩とは異なる植生に驚いたことをよく覚えている。
今回は西沢渓谷を起点とし、甲武信ヶ岳を経て十文字峠、三国山へ至るテント泊縦走を計画した。また、例年より早く見頃を迎えたシャクナゲを楽しむことも今回の大きな目的である。
Phase1 西沢渓谷〜甲武信小屋
塩山駅からバスで西沢渓谷へ向かう。
当日は好天予報ということもあり、バス停には多くの登山者が並んでいた。臨時便も運行されており、甲武信ヶ岳や乾徳山方面の人気の高さがうかがえる。
約1時間で西沢渓谷へ到着。
気温は高かったが湿度は低く、山間部には初夏らしい爽やかな空気が流れていた。
林道を20分ほど歩くと甲武信ヶ岳登山口へ到着する。
今回利用するのは徳ちゃん新道。甲武信ヶ岳への最短ルートとして知られる一方で、急登が続くことでも有名な登山道である。
テント泊装備ということもあり、普段よりペースを落として歩き始めた。
序盤は展望のない樹林帯が続く。黙々と高度を上げる区間だが、この時期はツツジが各所で咲いており目を楽しませてくれる。
戸渡尾根はシャクナゲの印象が強いが、ツツジもなかなか見応えがあった。
近丸新道との分岐を過ぎると、今回期待していたシャクナゲ帯に入る。
この時期に咲いていたのはアズマシャクナゲで、濃い桃色の花が尾根を彩っていた。標高の高い場所ではこれからハクサンシャクナゲも咲き始めるだろう。
この区間はシャクナゲのトンネルが連続し、開花のタイミングが合えば奥秩父でも屈指の花の名所といえる。
シャクナゲ帯を抜けると植生が変化する。
苔むした地面にコメツガやシラビソが立ち並び、奥秩父らしい針葉樹林が広がる。標高2000mを超えても深い森が続くのは奥秩父の特徴の一つだろう。
木賊山手前には展望地がある。
ここからは金峰山方面の奥秩父主脈や黒金山、広瀬湖、そして富士山まで見渡すことができる。徳ちゃん新道では数少ない展望ポイントなので、休憩にはちょうど良い場所である。
分岐から木賊山方面へ進む。
木賊山は広瀬湖から見ると堂々たる山容を持つが、甲武信ヶ岳の陰に隠れがちな存在でもある。
山頂付近は樹林帯で展望はない。
木賊山から先にはザレた下りがあり、滑落には注意したい。
この付近からは甲武信ヶ岳の全景を眺めることができる。背後には三宝山も見え、奥秩父らしい重厚な山並みが広がっている。
その後は甲武信小屋へ到着。
テント泊の受付を済ませて設営を行う。
週末ということもあり学生団体の利用が多く、テント場は指定制となっていた。
設営後は荒川源流を見学したり昼寝をしたりして過ごす。
甲武信小屋周辺は水場や源流域など見どころも多く、山頂だけでなく周辺散策も楽しめる場所である。
夕方になると甲武信ヶ岳山頂へ向かった。
テント場から山頂までは往復20〜30分程度。宿泊者であれば夕景や朝景を楽しむためにも歩いておきたい。
山頂からは富士山、奥秩父主脈、三宝山などを一望できる。
この日は湿度が低く視界も良好だった。
西日に照らされた山並みは非常に美しく、標高2475mならではの大展望を満喫することができた。
甲武信小屋を利用する際は、ぜひ夕方か早朝に山頂へ足を運びたい。
展望の印象は日中とは大きく異なる。
山頂から戻った後は早めに就寝した。
翌日は今回の主目的である十文字峠から三国山への未踏区間が待っている。
Phase2 甲武信小屋〜十文字峠
午前3時30分起床。
ヘッドライトを点けて撤収作業を始める。テント泊も回数を重ねたことで作業に慣れ、30分ほどで撤収を終えることができた。
二日目は雲の多い朝だった。
東の空には朝日が差し込んでいたものの、高曇りの空が広がっている。モルゲンロートを期待して再び甲武信ヶ岳山頂へ向かったが、山々は薄い雲に覆われていた。
展望は昨日の夕方の方が良さそうだ。
長い行程を考え、早々に切り上げて出発することにした。
まずは三宝山へ向かう。
三宝山は埼玉県最高峰として知られる山で、甲武信ヶ岳からは比較的短時間で到達できる。山頂は樹林に囲まれているものの広々としており、休憩にも適した場所である。
行動食と水分を補給し、武信白岩山方面へ進む。
この区間は奥秩父主脈縦走路の一部でもあり、深い針葉樹林が続く。アップダウンも多く、見た目以上に体力を使うルートだ。
しばらく進むと尻岩へ到着する。
特徴的な名前だが、実際に見ると大きく割れた岩が印象的で、その名の由来にも納得できる。
尻岩を過ぎると勾配は徐々に増し、亜高山帯らしい森の中を登っていく。
途中には梯子の架かった岩場もあるが、特に難しい箇所ではない。ここは数少ない展望ポイントでもあり、南東方向の山並みを眺めることができる。
武信白岩山周辺は現在も崩落の影響が残っており、山頂部への立ち入りは禁止されている。
そのため巻き道を利用して通過することになる。
武信白岩山から大山にかけては、今回の山行の中でも特に印象的な区間だった。
尾根上にはシャクナゲが数多く咲き、登山道の両側を彩っている。
開けた場所では花付きも良く、まるで花の回廊を歩いているような雰囲気だった。
また、この区間は眺望にも恵まれている。
武甲山はもちろん、その先には関東平野も広がり、空気が澄んでいれば筑波山まで確認できる。
今回も遠望が利いており、奥秩父らしい森と関東平野の展望を同時に楽しむことができた。
大山へ到着。
ここはこの区間でも有数の展望地であり、これまで歩いてきた尾根や八ヶ岳方面の山並み、川上村のレタス畑、さらには両神山や北関東の山々まで見渡すことができる。
山頂周辺にもシャクナゲが群生しており、展望と花を同時に楽しめる貴重な場所である。
大山北側の岩場は、この区間で最も注意したい箇所の一つだ。
十文字峠側から登る場合は問題ないが、甲武信ヶ岳方面から歩く場合は急な下りとなる。
足場は決して広くなく、転倒すれば大きな事故につながる可能性もあるため慎重に通過したい。
岩場を越えると十文字峠へ向けて一気に下る。
十文字峠は古くから信濃国と武蔵国を結んだ交通の要衝であり、現在でも川又方面や栃本方面など複数の登山道が集まる重要な分岐点となっている。
峠には十文字小屋が建つ。
シャクナゲで有名な山小屋として知られており、開花時期には多くの登山者が訪れる。
実際、この日もかなりの宿泊者がいたようで、小屋周辺は賑わいを見せていた。
小屋周辺のシャクナゲも見頃を迎えていたが、前日から大量のシャクナゲを見続けていたため、少々感覚が麻痺していたのは否めない。
それでも十分に見応えがあり、花の名所としての評価に納得できる景色だった。
十文字峠で水分と行動食を補給する。
ここから先はいよいよ今回の主目的である三国尾根へ入る。
一般的な縦走路から外れるため登山者は一気に少なくなるが、その分静かな奥秩父らしい山歩きが楽しめる区間でもある。
未踏の尾根へ向けて出発した。
Phase3 十文字山〜三国山
十文字峠から先は今回の主目的である三国尾根へ入る。
十文字山から三国山までの区間は奥秩父の主要ルートから外れており、入山者はそれほど多くない。毛木平から周回することも可能だが、埼玉県側から公共交通機関を利用する場合はアクセスにやや難があるため、今回は甲武信ヶ岳からの縦走ルートを選択した。
十文字山までは一般的な登山道だが、その先の三国尾根に入ると雰囲気が変わる。
登山道は明瞭でピンクテープも適宜設置されているため道迷いの心配は少ない。しかし踏み跡はやや薄く、これまで歩いてきた甲武信ヶ岳周辺の登山道と比較すると利用者が少ないことがよく分かる。
三国尾根もシャクナゲの名所として知られている。
弁慶岩へ向かう途中にはシャクナゲの群落が点在し、ツツジも多く見られる。開花時期に訪れれば花を楽しみながら歩ける尾根である。
弁慶岩を過ぎるとアップダウンが増え、尾根らしい地形が続くようになる。
木道のトラバースや岩混じりの登山道が現れるが、特別危険な箇所はない。ただし、長い縦走の終盤ということもあり、疲労による転倒には注意したい。
やがて梓白岩へ到着する。
この周辺には新緑が残り、バイカオウレンなどの小さな花々も見られた。標高や斜面の向きによって季節の進み方が異なることを実感できる区間でもある。
一方で、梓白岩周辺は今回のルートで注意が必要な場所の一つだった。
登山道や斜面には大小さまざまな白い岩が散乱しており、落石の危険を感じる。実際に不安定な岩も多く、長時間留まらずに通過した方が良いだろう。
なお、梓白岩にはバリエーションルートで岩峰へ登る踏み跡も確認できた。展望が得られるようだが、一般登山道ではないため十分な経験と判断力が必要である。
梓白岩から悪石へ向かうにつれて植生は変化していく。
シラビソやコメツガなどの針葉樹林から、ブナを中心とした広葉樹林へと移り変わる様子が印象的だった。
特に新緑のブナ林は美しく、木漏れ日を受けた若葉が森全体を明るく照らしている。派手な展望こそないが、こうした森の美しさこそ奥秩父の魅力の一つだと感じる。
悪石へ到着。
ここまで来れば三国峠までの主要なピークはほぼ終わりとなる。
尾根を下っていくと大きなアンテナ施設が現れ、その先で林道が見えてくる。
川上村側に目を向けると八ヶ岳の展望が広がる。
開放感のある景色で、樹林帯中心の縦走路においては貴重な展望ポイントといえるだろう。
反対側には三国峠の道標が立つ。
ここには中津川林道通行止めの案内板も設置されている。
中津川林道は埼玉県と長野県を結ぶ林道として知られ、オフロード愛好者にも人気のある道だった。しかし、2019年の台風被害以降は通行止めが続いている。
復旧を望む声もあるが、維持管理の難しさを考えると今後の動向が気になるところである。
三国峠から最後のピークである三国山へ向かう。
標高差はそれほど大きくないものの、長い縦走の終盤では意外と堪える登り返しとなる。
登山道は明瞭で歩きやすく、危険箇所も少ない。
途中には野生動物調査用と思われる監視カメラが複数設置されていた。
歩き続けると三国山へ到着する。
三国山は埼玉県・長野県・群馬県の三県境に位置する山である。
現在は樹木の成長によって展望はほとんど得られないが、山頂周辺にはヤマツツジが咲いていた。
なお、ヤマレコ上のピーク位置は山頂標識より先に設定されているため、記録にこだわる場合は確認しておくと良いだろう。
山頂で軽く昼食を取り、三国峠へ戻る。
あとは梓山方面へ下山するのみである。
総括
西沢渓谷から甲武信ヶ岳、十文字峠を経て三国山へ至る今回の縦走は、奥秩父らしい深い森を存分に味わえるルートだった。
徳ちゃん新道の急登、甲武信ヶ岳周辺の針葉樹林、武信白岩山から大山にかけてのシャクナゲ群落、そして静かな三国尾根。
それぞれ異なる表情を持っており、長い行程でありながら飽きることがなかった。
特に今回はシャクナゲの当たり年だったこともあり、戸渡尾根から十文字峠、三国尾根まで各所で見事な花を楽しむことができた。
ルート全体としては危険箇所こそ少ないものの、距離が長くアップダウンも多い。テント泊装備で歩く場合は相応の体力が求められるだろう。
また、三国尾根は展望の少ない区間ではあるが、その分静かで落ち着いた山歩きを楽しめる。奥秩父らしい森や植生の変化を味わいたい方にはおすすめできるルートである。
アクセスの面から歩く機会は限られるかもしれないが、未踏区間を繋ぐ達成感も大きい。
奥秩父の主脈や人気ルートを歩き終えた方には、ぜひ一度歩いてみてほしい縦走路だった。