高水山・岩茸石山・惣岳山(東京,埼玉)
2026年9月12日 (土)日帰り
「薮」とひとことで言ってもわからないと感じることが多いのです。人によってはこんなの薮じゃないということもあるし、いや、でもそれじゃ何と呼ぶのか、それが難しい。
生えてるのは草なのか笹なのか石楠花なのかハイマツなのか、丈はどれくらいなのか、踏み跡はあるのか、そしてその区間はどれくらい続くのか。通過する時間帯や天気、季節によっても体感は違うはずで、兎角、辛かった記憶は時間が経つと楽しかったに塗り替えられがちな私の場合、そういう問題もあったりして。
記憶に残る薮といえば、まずATA(吾妻to安達太良)で歩いた家形山~昭元山の薮。あれは目線の高さの笹ベースながら足元の残雪泥濘が組み合わさってとても苦労した。
あとは大清水~鬼怒沼の黒岩山前後もたしか薮だった。ただ距離は短い。
そしてつい先日の金山岩~十石山も自分にとってはしっかりと薮にカウントされる。クロスズメバチに刺されたことが心証としての薮度をアップさせている。
奥多摩奥秩父のバリを数えはじめれば、数限りないけれど、比較的楽しめる範囲のものが多い。
いずれにせよ、自分がこれまでに経験した薮たちはせいぜい薮指数(10段階)5くらいまでじゃなかろうかと思っている。おそらく薮山讃歌な方々に言わせれば、あんなの薮じゃないと言われるはず。
そう、そんなわけで、あぁ薮だなと思っても、それって人によって捉え方は様々なので表現が難しいなと思うわけです。
まぁめんどくさいので、その人が薮だと思えば薮でいいし、何かが茂っているという程度に受け止めれば、それで十分なのでしょうが。結局は自分で歩いてみなけりゃわからない。
それで今回薮を歩いたのかといわれれば、そういうわけではなく。今回は薮というには程遠い、草の茂みなのですが、雨の後の茂みは何かと厄介で、何よりもはらってもはらっても纏わりつく蜘蛛の巣に消耗させられた一日でした。