蔵王山・雁戸山・不忘山(宮城,山形)
2026.08.29 (土)日帰り
雨と温泉、そして蔵王の山肌を歩く
登山を始めるずっと前から、蔵王の存在は知っていた。全国に名を馳せるスキーリゾートであり、何よりあの湯の良さは格別だ。これまでにも温泉旅行で何度となく訪れていた街だが、今回の山旅は、いつも以上に「温泉と食」という旅のファクターが大きな割合を占めていた。
山形ならではのおいしい恵みに期待を膨らませつつ、今回は「効率的かつ安全に、そしてできるだけリーズナブルに楽しむ」をテーマに旅の計画を練った。
旅の始まりは前夜の夜行バス。朝方に降り立った山形駅の空気はどこか懐かしく、訪れるたびにこの街への親しみが深まっていくのを感じる。
駅で軽めの朝食を済ませ、路線バスに揺られて蔵王温泉へと向かった。
前日までの天気予報では「午前中は曇り」だったはずが、当日の朝になって急転直下、雨マークに変わっている。バスの車窓を打ち始める雨粒を眺めながらの道中となった。
蔵王温泉に到着し、雨を突いてロープウェイ乗り場へと歩を進める。
しっとりと濡れる静かな温泉街の佇まいに癒やされつつ、「下山後には最高の湯が待っている」という予感に胸を躍らせた。
ロープウェイで山頂駅に降り立つと、雨足はそこそこの強さになっていたが、レインウェアを整えて静かに歩き出した。
今回のルートは、言ってしまえば一般の観光客も歩くようなしっかり整備された道だ。
イメージで言えば立山の室堂や雷鳥沢に近く、歩きやすさは抜群である。
すれ違うハイカーの中には雨具を持たず傘一本の人もいたし、ロープウェイで山頂まで来たものの、雨の冷たさに耐えかねてそのまま引き返していく観光客の姿もあった。
けれど、雨の中の山行にはそれだけの味わいがある。雨だからこそ出会える景色というものがあるのだ。
歩き始めてわずか5分で地蔵岳に到着した。
濃い霧に包まれた空の下、地平線のあたりだけが薄っすらと見通せる。どこか幻想的な光景だ。見えている僅かな景色から想像力をはためかせ、「快晴だったらきっとこんな広がりがあるのだろうな」などと思いを馳せるのも悪くない。
そんなことを考えながら、蔵王山の主峰・熊野岳へと向かった。
やがて予報通り雨は小雨へと変わり、視界が開けてきた。穏やかな山頂に辿り着くと、そこには山岳信仰の歴史を物語る神社と鳥居、そして避難小屋が佇んでいた。
神を祀る山にはどこか背筋が伸びるような厳かさがあるが、ここも例外ではない。
山頂から周囲を見渡せば、「馬の背」と呼ばれる雄大な地形が広がり、その先に「お釜」が姿を覗かせていた。
当初の予定には入れていなかったが、吸い寄せられるように足を延ばした。
眼下に現れたお釜は、エメラルドグリーンに澄み渡り、息をのむほど神秘的だった。
登山の習慣がない人であっても、わざわざ足を運ぶ価値がある場所だと深く納得する。
静かな雨の中、しばらく立ち尽くしてお釜の姿を見つめた。しとしとと雨に濡れるお釜も乙なものだ。「次は快晴の日の表情も見てみたい」――そんな思いが自然と湧き上がってくる。
個人的に、山登りは「半分晴れていれば大成功」だと思っている。快晴の日もあれば、曇りや雨の日もある。
どんな天気であれ、その瞬間の景色は一期一会。訪れた日の空をそのまま受け入れて楽しむのが私のスタイルだ。
今回は晴れ渡る空こそ見られなかったが、それは「またここに来る理由」ができたということでもある。
下山後はお待ちかねの温泉へ。硫黄の香りが心地よく立ち込める湯に身を沈めれば、登山の疲れがじんわりとけていく。
露天風呂で顔に冷たい雨を受けながら温かい湯に浸かるのも、また風情があっていい。
山形駅に戻ってからは、念願の山形牛に舌鼓を打った。
すっかり気に入ってしまったその店を出ながら、「この肉を食べるためだけにでも、また山形に来よう」と心に決めた。
「リーズナブルに楽しむ」を目標に掲げた今回の山行だったが、終わってみれば期待以上の満足感に満たされていた。
山形県には、まだまだ魅力的な百名山が眠っている。近いうちに、またこの街にお世話になるのは間違いなさそうだ。
帰りの新幹線の中、心地よい疲労感とおいしい旅の余韻に包まれながら、静かに目を閉じた。