歴史散歩(桑折西山城)と平沢山
半田山・萬歳楽山
(福島, 宮城)
2024年12月21日(土)
日帰り
桑折町の桑折西山城は、自宅からごく近い城跡であるが、今まで行ったことがなかったので、未踏の里山「平沢山」のピークハントに合わせて散策してみた。
スタート地点は、万正寺の大カヤ。道北自動車道の下をくぐり、観音寺の裏手から桑折西山城跡に向かった。
観音寺と桑折西山城跡の間には猪除けのフェンスが張り巡らされていた。
桑折西山城跡は、予想以上に広かった。東側から高舘・中舘・西舘といわれる3箇所を中心とした、数箇所の郭(曲輪)によって構成され東西1キロメートル、南北500メートルの規模とのこと。
案内板等がところどころにあり、本丸跡からは信達平野が見渡せた。
桑折西山城跡を散策後、平沢山に向かった。山頂近くまでほとんど林道であったが、ピークハントするためには若干の距離、藪漕ぎをする必要があった。ただ、今の季節であれば、それほど苦労せずピークハントできると思われた。
【歴史散歩】
1532年(天文元年)、伊達稙宗(伊達氏14代当主、伊達政宗の曾祖父。)は、居城を梁川城(福島県伊達市)から桑折西山城(福島県桑折町)に移した。
その後、伊達氏は内紛状態になったが、1548年(天文17年)、家督を継いだ稙宗(15代当主)は丸森城(宮城県丸森町)に隠居した。また、稙宗と家督を争った晴宗も居城を米沢城(山形県米沢市)に移し、西山城は破却された。