14:57
38.6 km
1549 m
250323 山鹿→小栗峠→八女
震岳・日輪寺山 (熊本)
2025年03月23日(日) 日帰り
昨日は、山鹿市内に宿泊。19:00におやすみなさいと目を閉じると、翌日決めた時間に目が覚めるまで、一度も起きないほどに深い眠りに落ちていました。 春が来るまでに行う10回の登山の10回目。泣いても笑っても今日が最後。 この日は、山鹿から小栗峠を越えて福岡県八女市まで歩きました。 これも、熊本県阿蘇外輪山完全縦走を行うため、2024/11月に夜中に車で走っていた時に思い付いた計画です。思い付いた時点では、国道3号線を気楽に歩けば良いだろうなと思っていましたが、計画を進めるうちに、国道3号線の西側のエリアにピークがいくつかあることを知り、それを拾いながら進むことにしました。 03:43に起きて、身支度を整えました。 前日、04:30にホテルにタクシーを手配することに成功。[日輪寺前]まで送っていただきました。(ホテルから[日輪寺前]までは2023年に歩いたことがある) 3.2キロですが体力と時間的にけっこう違います。 今回は、これまでで最もスムーズに手配ができました。山鹿タクシーさんは24時間営業で、保有台数も多く手配が容易です。 そう考えると、長崎市内のタクシーの台数の多さは異常かもしれません。深夜でもそこここでタクシーが待機しています。(逆に長崎市内でタクシーを利用したことはないのですが) 04:26に山鹿市内のホテルを出発。 この日も、出発前から僕は一体何時におうちに帰れるのだろう問題が起きていて、近頃はそれももうどうでも良くなってきていましたが、この日はゴールの八女市内から乗る予定のバスの最終発車時刻が19:41発なので、今回はどうでも良いというわけにはいきません。 そのバスを逃すと、追加で20キロ歩くことになってしまいます。朝食をたくさん食べる権利を放棄して、ゴールを目指します。 04:33に[日輪寺前]に着いて、04:34に歩き始めました。 この日の行程は、3つのパートに分かれ、 ①序盤戦 山鹿→震岳 距離不明 ②中盤戦 彦岳、高取山、三ツ尾山→小栗峠 距離不明 ③終盤戦 小栗峠→八女 約16キロ まずは、3号線を北上します。 たくさん眠って、明らかに身体が軽く、休むことの大切さを実感します。下弦の月は少し左に傾いていました。 04:49に右折して3号線から離れ、震岳へと向かいました。まだ真っ暗な集落の中を行くと、とても静かでした。民家が途切れ、道が未舗装路に変わったところで、突然左側から犬2匹にずっと吠えられ、怖い思いをしました。(動物は怖くて苦手) 05:02に震岳登山口に至り、山に入ります。 メジャーな山なのかなと思っていたら、倒木が多く、意外なほど荒れています。それに急登が続き、ここまで汗をかいていなかったのに、一気に汗をかきました。ルートもわかりにくく、まだ真っ暗な山の中をライトを頼りに慎重に進みます。暗いうちから歩き始めたこのアドバンテージが、後できっと生きてくると信じて歩きます。 05:43にP260に至ってからも、急登は続きました。06:07にライトを消して、06:32に震岳に着きました。山頂には、三角点、標識、それに祠があり、古くから登られていたことが感じられ、どの地区からの登山道がメインルートだったのかなと思いました。 そのまま北に進むと、堀切状の場所を2つ越え、城址だったのか?と不思議に思いましたが、その答えは古話伝承の中にあると、後で彦岳の看板で知りました。 07:00に学校のチャイムのような時報が町に鳴った時に、この日の目標を、08:00震岳下山、12:00三ツ尾山、13:00小栗峠、17:00ゴールとしました。小栗峠から八女市内のバス停までは16キロなのですが、"小栗峠まで行けばなんとかなる"という気持ちで歩いていました。小栗峠からはまた歌を歌いながら歩こうと思いました。 北側へと続く道は、上り道に比べて、多少歩きやすくはあるものの、目印などは少なく、尾根も広いので、油断すると迷いそうな気の抜けない道でした。身体を左に右に入れ替えて、物理的に目線を変えて、見る景色を変える動きを丁寧に繰り返します。飽き飽きする山でした。 08:02に作業道に下り立って、メロンパンを食べて、08:11に197号線、08:25に3号線に入りました。このまま3号線を北に小栗峠の方へと進めば楽ですが、山を越えて行くことになっています。3号線を逆に南に進み、[山鹿市横馬場]から右折して、中盤戦のスタートです。 09:04に彦岳登山口に至り、彦嶽宮上宮への参道を上がって行きます。登山口に竹の杖があり、ありがたく使用させてもらいます。 心を折るには十分な急登を見上げながら、心折らずに少しずつ登って行きます。くじゅうエイドステーションの方がくれた、「ゆっくり急いで」という言葉を思い出しました。途中、「直進あるのみ!」という看板があり、妙に納得しました。 汗が流れ、帽子を取り、新鮮な空気を頭に入れました。 10:03に空が近くなり、あと少しなのだと判り、まもなくブロック敷の林道に出合いました。10:12に彦岳に至りました。山頂には、三角点、標識、立派な彦嶽宮上宮がありました。 それから、高取山、三ツ尾山へと縦走するため、高取山への分岐まで林道を下り、10:31に林道を離れ山に入ったのですが(2個目のメロンパンを食べながら)、高取山までの道はなかなか大変でした。 彦岳から高取山、三ツ尾山へと縦走する人は一定数いてもおかしくないと思うし、登山をする人なら誰だって25000図を眺めれば縦走を思い付くと思うのですが、予想もしていなかったほど道が荒れていて、目印もあまりありませんでした。頼りになる物があるとすれば、「境界明確化」の杭のみ。 25000図に記された登山道に接する林道も、車が走れそうな記され方をしているのに、実際は荒れ放題。コンパスで方角を定め、方角だけは外さないようにして、藪をいなしながら、歩ける所を進みます。歩く人も少ないのでしょう、とにかく荒れています。 彦岳から高取山の区間でこの有様は、高取山から三ツ尾山の区間はどんな様子だろうと先が思いやられました。 11:36に、ようやく高取山に至りました。苦しい山だったという感覚が大きく、これから先が不安でした。しかし、高取山から三ツ尾山の区間は、彦岳から高取山の区間よりも車道からのアプローチが山に深く入って行く側なのに、テープが増え、心なしか藪も薄く、意外なほど歩きやすくなりました。この状況ができるだけ続くよう願いながら歩きました。 12:00に、また学校のチャイムのような時報が町に鳴りました。時間がかかりすぎていて、12:00三ツ尾山の目標は、とうにクリアできなくなっていました。 途中、疲れたので立ったまま目を閉じてみると、風と鼓動の音だけが聞こえました。 思えば、小栗峠からは何の歌を歌おうかとのんきなことを考えていた頃はまだ幸せでした。 彦岳登山口でお借りした杖があり本当に助かりました。時折吹く風が涼しく気持ちが良くささやかな喜びを感じます。 13:03に林野火災を知らせる防災放送が鳴りました。 何回かの急登を越え、最後の急登は、夢中で一気に登り、13:26にようやく三ツ尾山に至りました。山頂には、三角点、標識、八大竜王の祠がありました。 13:30に、三ツ尾山を出て、小栗峠へと北に進み始めました。三ツ尾山から北東へ進む尾根を歩いた人がいるかどうか知らなかったのですが、25000図を眺める限りでは歩けそうだったので、このルートを選定していました。 この日のゴールの八女市内から乗る予定のバスの最終発車時刻が19:41発で、小栗峠からゴールの八女市内のどんどらバス停までは16キロなので、15:30には小栗峠に至っていないと、バスを逃し、追加で20キロ歩くことになりかねません。時間的にかなりギリギリになってきていたので、緊張しながら進みました。 三ツ尾山から北に進む道は、三ツ尾山に最も楽に登れるルートが、そちらからあるらしく、まずは快適で、テープもたくさんありました。8分後に至ったピークから、僕は右に行ったのですが、その楽なルートは左から来るようでした。 右に進むと、もういつ道が荒れてもおかしくない雰囲気でしたが、なんとか細々と歩けるところがあり、ピークから11分進んだところで、右に作業道が現れたので、一か八かこの道を進んでみることにしました。この作業道は、次第に広くなり、車も走れるはずの道幅になっていったのは良いのですが、次第に左に曲がっていったので不安になりかけていたところ、10分後にようやく待望の右カーブが現れ一安心。どこかに通じているのは間違いない様相になり、問題はそれがどこか、ということになりました。 14:12に舗装された林道に合流し、本当の一安心。ここからは、柏ノ木地区へ行き、柏ノ木地区背後の道を使って小栗峠へと抜ける予定です。小栗峠へどう着地するかが、この日最大のポイントでした。 まず、柏ノ木地区へ行く道に2つの選択肢があって、このまま舗装された林道を進み、確実だが遠回りで進むか、25000図の実線に進み、行き詰るリスクはあるが最短で進むか。ここは、確実に進むことを選択し、久しぶりに安心して歩ける区間が嬉しく、新登場のピーナッツバターパンを一気に10個食べながら、少しだけ頭を休めました。 14:27に、柏ノ木地区が向こうに見えましたが、柏ノ木地区背後には大きな山があり、あの山を越えて小栗峠に抜けるのか…と気になります。途中、屈伸をしようとしましたが、もう杖を頼りにしてしかしゃがむことができません。 14:55に柏ノ木地区に至り、しばらく集落の中を歩き、15:02に問題の"柏ノ木地区の背後の道"に入りました。繰り返しになりますが、この日のゴールの八女市内から乗る予定のバスの最終発車時刻が19:41発で、小栗峠からゴールの八女市内のどんどらバス停までは16キロなので、15:30には小栗峠に至っていないと、バスを逃し、追加で20キロ歩くことになりかねません。 始めは、左右が竹林の、コンクリート舗装された道。行けるかな、このまま道が途切れるなよ、と祈りながら坂道を上がって行きます。 途切れると、バスに間に合う希望が絶たれます。しかし、コンクリート舗装の道の上に次第に堆積物が増えてきて、様子が怪しくなってきました。その先のT字路で、獣除けのゲートが現れましたが、ここは紐で結ばれているのみでなんとか突破。その先は、路面は堆積物で完全に覆われ、15:19についに舗装が途切れました。さらに上がって行くと、倒木がいくつかありました。 そして、15:40に峠状の地点に上がって来たところで、ついに道は消失。まずいことになりました。仕方なく、瞬時の判断で山に取付き、反対側から伸びてきているはずの道へ向けて強引に突破を試みると、3分でそれに合流することに成功。本当に良かった!そこからさらに12分歩き、15:55に小栗峠に至りました。ここで、お世話になった杖とお別れしました。さようなら。 さぁ後は、八女市内のどんどらバス停まで16キロ歩けばゴールです。残り3時間46分なので、1キロを14分で歩けば間に合います。 自動販売機で飲み物を買い足したり、歌を歌って気を紛らわせたりしながら歩きました。また走れメロスの歌を歌ってみましたが、威勢は良いのだがすぐに歌い終わり間がもたない。松任谷由実の「瞳を閉じて」を歌ってみた後、竹内まりやの「駅」を歌おうとすると、疲れていて頭が働かず、何度歌いなおしても全部「瞳を閉じて」になってしまうトラブル。30分くらいSPEEDメドレーをした時は楽しかった。 途中から、時速、距離、時間の三角関係の細かい計算ができなくなり、毎時41分に残りの距離を定時計測して、自分が置かれている状況を確認ながら歩きます。 18:22に道の駅「たちばな」を通過。お腹が空いていましたが、時間が無いので、ごはん屋さんは窓から覗くだけにしました。 小栗峠から3時間35分歩いて、19:30にどんどらバス停にゴール!19:41発の最終バスに間に合いました。 どんどらバス停から羽犬塚駅までバスで移動、さらに羽犬塚駅から瀬高駅まで電車で移動。 瀬高駅から西鉄柳川駅まではタクシーを利用して、20:59に無事に車を回収しました。 21:06に帰路に就き、23:15に帰宅しました。 これで、春が来るまでに行おうと計画した10回の登山を、すべて無事に終了。 明るい季節は、暑いし、光が眩しく目が開けられないほど痛くなるし、虫や動物が苦手なので、今シーズンの登山はこれで終了。11.12月は9回登山したので合計19回の登山でした。 今シーズンも、自分の全力を尽くす登山が出来ました。 長く苦しい登山ばかりでした。 この長い軌跡線が、自分が一歩を前に踏み出し続けた結果だと思うと嬉しいです。これを眺めながらビールを飲む時もありそうです。 色々なことへの違和感、ギャップ。真実を知るために歩いている気もします。昼と夜、楽しさと苦しさ、その境を少しずつ取り除いて、また遠くに進んだ気がします。 鉄道、バス、タクシー、道、集落、学校、神社、宿、食堂。在った物、継がれてきた物が無くなっていくというのは寂しいものです。 鉄道が廃線になり、駅が無くなり、運行本数が減って不便になっていく。バスだってそう。タクシーも少なくなりました。交通インフラは利用者の減少と共に衰退していく。その衰退が、地域の衰退をさらに加速させてしまう。 集落から人の声が減り、学校が無くなり、神社が荒れている。 つい何十年か前まであった元気な物が、減るというフェーズを越え、無くなるというフェーズに入ってきました。発展どころか維持ができない。この国の体力が無くなってきていて、もう誰にも止められない。 あと10年後には、もっと色々な物が、無くなっているのだと思います。 旅に出掛けても、今と同じ楽しさは得られないでしょう。交通手段も宿も店も今ほど無いから。 僕が今出来た登山も、もう出来ないでしょう。タクシー屋さんもバスも利用が難しくなるから。 今まさに、その過渡期に自分が生きていることを感じます。 一方で、指先1つで何でも買える、手配ができる。遠くの人と連絡を取れる。食べ物もコンビニで簡単に手に入る。容易に物事が回っているような気がして、まるで大抵のことが簡単にできてしまうことのように錯覚する。 そうではないと、苦しく歩いていると実感します。 人類史が進むにつれて、手を汚さず、汗を流さず、効率的に、より少ない苦労で、幸せに生きられるようになってきて、非効率が無駄だとされ、コストパフォーマンスがプライオリティの上位に置かれる。 人としての逞しさ、本当の強さは、退化している。 抽象的な言い方にはなるけれど、昔の人はすごい、それに比べて自分は弱い、そう感じます。 大切な人たちも、自分も、歳をとってきた。 バトンが回って来たことを感じます。 先人たちの苦労に敬意を表し、先人たちも、時が過ぎてしまうということをグッと耐えて居なくなったのだと思うと、心強く感じます。 過去、現在、未来。 歩くという生々しい行動で、自分の目で、この時代の変化を、見届けてやろうという気持ちがあります。 1日を賭けたプロジェクト。 知らない場所に出掛け、知らない場所を眺めながら歩いていると、旅をしている心に出合います。 苦しいことがしたいとか、好きだとか、そういうことではないのだけれど、旅をしている心に出合いたい。その体験を積むうちに、"苦しいからしない、好きじゃないからしない、楽しいからする"というような行動基準は、"苦しくてもする"にいつの間にか自然と変わったのだと思います。 "苦しいからしたくない"そんな思いのために、行動基準が曇ることがあってはいけない。 選択肢は、頑張るか超頑張るかの2択であるべきなのです。どれだけ言い訳をして誤魔化してみても、結局頑張った人には敵わない。一体どちらが偉いのか、その優位性は、不易的に担保されているべきだと思うのです。 "そこまでしなくても、少しなら"そんな弱い気持ちを克服した向こうに、楽しければ良いという安易さによりかからず、それを自ら捨てた苦しい選択の向こうに、苦しかったという気持ち以上の、"良かった"という素直な感動をもって物事を見つめることができました。 そうやって得た思い出を大切にしたい。 こんな暮らしをあとどれだけ続けられるか分からないけれど、これ以上を望むのは単なるワガママであって、いつ終わっても良い。 これから先自分に起きることは、良いことも悪いこともすべてがギフト。終わらないうちは頑張ろう。チャレンジできる丈夫な身体をくれた母さんに感謝👌今までありがとう。 strike while the iron is hot, 物事には旬があり、今自分がすべきことを全力でする。 そういう気持ちでまた登山に戻ってこられたら良いなと思います。 さぁ明日から3日連続サッカーです。お仕事も頑張らないといけません。 今回もごちゃごちゃと、心に移りゆくよしなしごとを記してしまいました。 それではみなさん、思い思いの春をお過ごしください。 **今シーズンの登山で出合った人々に心から感謝します。** まさに一期一会。 名前も知らない人々、もう会うことのない人々。この一会の幸運に恵まれ、やりくりが成功しなければ、登山が成功するどころか、あとは自分次第というチャレンジの状況さえ成立しなかった。 加えて、地域交通の現状について、それを実際に担う方々からお話を伺うのは、フィクションも机上の空論も混ざっていないとても興味深い取材活動ごっこでした。 熊本キャブ大津営業所 高森駅前タクシー 阿蘇エースタクシー まるはタクシー 目丸人 くじゅうエイドステーション 九重町コミュニティバス 日田イサゴタクシー 中津太陽交通 南関タクシー 山鹿タクシー ニコニコ光タクシー の皆さん、本当にありがとうございました。 <この日登った山> 1 震岳(踏寄峠、高天山、揺ヶ嶽、揺ぎ岳、山鹿小富士) 2 彦岳(日子岳、彦嶽、権現山) 3 高取山 4 三ツ尾山
