13:52
14.8 km
1784 m
芦別岳(二百名山)残雪期〜本谷雪渓ルートで落石直撃・悶絶・試練の自力下山〜
芦別岳 (北海道)
2026年05月17日(日) 日帰り
写真のコメントは下記ヤマレコを参照してください。 https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-9735313.html 天候 曇一時小雨のち晴れ アクセス 利用交通機関 電車 バス 自家用車 飛行機 宮下岳夫ガイドツアーに参加 5/16 若葉台6:40発→調布6:51着 ハイウェイバス調布7:10発→羽田9:00着 JAL511 羽田10:20発→新千歳11:55着 JRで札幌へ 札幌駅北口14:00集合 ガイドの車で2時間半「富良野ホテルサンフラトン」泊 @9300 夕食は近くの居酒屋で外食 5/17 芦別岳登山(ホテル3:30発)車で5分 21:00ガイドの車で札幌の夜間救急病院へ搬送その後「いとう整形外科病院」へタクシーで移動 骨折は確認されず タクシーで札幌駅前のホテルへ向かう。 ホテルルートイン札幌駅北口泊 5/18 レンタカーで樽前山登山予定だったが、負傷のため中止 札幌駅7:48発→新千歳空港8:35着 JALカウンターで特別に搭乗便変更で続きをしてもらい JAL504 新千歳9:45発→羽田11:25着 JALは新千歳・羽田共に車椅子の神対応 ハイウェイバス(シルバーシート)羽田空港12:30発→調布13:17着 自宅最寄駅に到着次第、平尾整形外科クリニック受診 骨折と骨挫傷判明 紹介状出る 5/19 新百合ヶ丘総合病院受診 診察検査後即入院 脚の腫れが引いたら手術の予定 コース状況/危険箇所等 ▼旧道(ユーフレ小屋まで) ワイルドで高巻きを繰返す。小屋直前でガイドは左のルートへ降り川沿いに小屋へ着く。 ▼本谷ルート 雪渓が断続的に途切れており、やむなく沢を徒渉する箇所数カ所、夏靴のAさんは少し濡れた模様。冬靴でスパッツ穿いていた私は大丈夫だった。岩をへつるところで一度少し落ち左肘擦過傷作る。 この山域に精通している宮下ガイドでも二度登るべき雪渓を間違え、右手に急な雪渓をトラバースした。トラバース終了後、最後の雪渓を登るためにアンザイレンをして進んでその後に我パーティを落石が直撃。24cは悲惨なことになる。 雪渓は最後急で40度くらいあり、落ちると谷底まで止らないだろう。 本谷ルートは山頂直下に出て、アイゼンを脱ぐと標高差100mで直ぐに山頂に到着。 その他周辺情報 私の落石による怪我とAさんの膝の不調により、予定より3時間以上遅れて下山したため、どこにも寄らずに解散、病院へ直行。 昨年来お世話になっている宮下ガイドのツアーに参加して、芦別岳を登ってきました。 新道ピストンや旧道・新道の周回ではなく、残雪期のみアタックできる本谷ルートで雪渓を詰めてアタックしてきました。 〇芦別岳(あしべつだけ)1726.1m 日本二百名山 北海道百名山 日本の山岳標高1003山 北海道の山(分県登山ガイド) 日本の山1000 百名山以外の名山50 魅力別で選ぶ日本新百名山 北海道の百名山 白籏史朗の百一名山 北海道百名山(1993年版) https://www.yamareco.com/modules/yamainfo/ptinfo.php?ptid=102 ▼旧道はワイルド、ユーフレ小屋から本谷ルート・雪渓までももっとワイルド ロープや丸太橋など補助道具は用意されてはいるものの、最低限しかなく一人で歩くには勇気が必要かと思いました。 ユーフレ小屋手前からは、ガイドが指し示す尾根ではなく河原へ降りて川の端っこを進みましたが、これは沢山経験を積んだ者しか分からないルートです。熟練の宮下ガイドの後を付いていくだけだったので精神的に楽でした。 ユーフレ小屋から先は高巻きや藪漕ぎもあり、雪渓が繋がったかと思えばまた切れて川の徒渉か岩のへつりかを選択する必要がありました。少々流れが速かったが基本徒渉を選択、へつりは危ない箇所ばかりでした。 本谷ルートで雪渓が繋がると途端に歩きやすくなりました。次第に傾斜が急になるのですが、それよりも谷の分岐が多く、初見では間違いやすいです。間違った尾根を詰めると最後は岩場で乗越えられなくなります。今回この山に精通している熟練のガイドでしたが二度登るべき谷を間違え右へのトラバースを二度行いました。 ▼雪渓はデブリと落石 最後の雪渓は急登、落石が多いのはガイドから言われていたのでヘルメットを確りと被って、片手にトレッキングポール、片手にピッケルと両刀使いで登っていきました。 時間の経過と共に雪が緩んできて危険度が増してきましたが、ピッケルは半分くらい刺さるところが多いので、確りとアイゼンの前歯を訊かせて登れば大丈夫でした。 ガイドさんが6本葉アイゼンを利用しキックステップで我々のステップを切りながら登ってくれたので、より安全に登れました。 右側には新しいデブリが見えていました。落石も予想以上にありましたが、最後の急登までは石が動く気配は全くなかったし、落ちていく石も一つも見かけませんでしたので怖さはありませんでした。 ▼突然落石が激突・悶絶・痛みとの闘いの下山 最後の急な雪渓登りが始まる前に、ガイドの指示で体制をトレッキングポール1本+ピッケル、そしてアンザイレン(ハーネスを穿き3人でロープを繋いで登る)に変更しました。 そして登り始めて暫くして、ガイドが「ラク!ラク!」と叫ぶので、落石と瞬時に判断し上方を眺めると、小さな石が落ちてくるのかと思うくらい、小さな塊が見えたのです。ところが小さな石ではなく30㎝×50㎝位の石が、それもゆっくりゴロゴロ転がってくるのではなくロケットかミサイルのようにあっと言う間に我々を襲ってきたのでした。私はアンザイレンの最後のポジションに居たので二人が左によけた瞬間に石がハッキリと見えたのですが、見えた瞬間に身体に当たっていました。 左脚の踝や踵あたりをハンマーで殴られたような激痛が走りました。 瞬間の出来事で、右側にも石が飛んでいったので、それは避けたのですが正面に飛んできた石は避けられませんでした。 左足首辺りだけに石が当たったので、丈夫な冬靴を履いていたこともあり、ガイドさんに歩けますかと尋ねられたときに、少し登ってみて歩けたので歩けますと返事をしました。 一緒に登っていたAさんは膝なのか心肺なのか辛そうで「戻る選択肢はないですよね」と話しかけてきましたが、登ってきた雪渓や危ない徒渉箇所を下るのは絶対に選択肢にはない、登るのみと答えました。 急な雪渓を詰めていたので歩みはゆっくり、ということで脚は損傷してはいるものの、二人について行け無事に雪渓を登り詰めました。そして直ぐ山頂直下に到達したときに急に左足の痛みが襲ってきました。夏道になってルンルンのAさんと違って、夏道になって左足首が痛くて歩けなくなった私、私は半分手で登ってやっとのことで山頂へ着きました。 山頂では左の靴と靴下を脱ぎ、状況を確認しました。ガイドさんも私の脚を触って「打撲だね、折れてはいないよ。折れていたら此処までも登ってこられないだろうから」と。ロキソニンを服用し、Aさんから痛み止めになると馬油を頂き患部に塗り込み、再び登山靴を履きました。 ここで救助要請しても、今日は日曜日で今晩ビバークして明日救助になるから頑張って下山するしかないよとガイドに言われ下山を開始しました。 山頂直下の新道もなかなかの急登の雪渓なので、ガイドがロープで確保しながらクライムダウンで降りていきました。しかしクライムダウンは前歯で雪を蹴り込むのですが、右脚は強く蹴ることが出来ましたが左脚は弱くしか蹴られなかったです。 その後の雪面の下山は、左足首は痛いもののそこそこ痛みが我慢できたのは雪がクッションになっていたお陰でした。 雪面が終り夏道になると途端に一歩一歩左足首に激痛が走ります。 どれだけ頑張ってもガイドさん達に追いつけないのです。 ガイドさんはゆっくりと休憩を沢山取りながら下山してくれましたが、それでもついて行けず一杯一杯の弱々しく遅い歩みでした。 下山後ガイドさんの車に乗り札幌の救急病院へ連れて行ってもらうものの、そこは内科と小児科のみで、このどちらかの病院へ行ってくださいと紙を渡されました。タクシーが丁度来たのでその一つのI整形外科病院へ行きレントゲンと診療の結果、骨折は無いと思いますが、靱帯や腱の損傷はわからないので、自宅へ早く戻りMRIやCTを撮ってくださいといわれました。 当日(5/17夜)は札幌駅前のホテルに宿泊、就寝は0時を回っていました。 翌朝(5/18)朝食後直ぐに新千歳空港へ電車で行き、JALカウンターで頼み込んで搭乗便を18:00から9:45に変更して貰い、その日のうちに東京自宅最寄の整形外科で診察を受けることが出来ました。JALの新千歳や羽田は従業員の連携が素晴らしく、ずっと車椅子で私を運んでくれて最後はザックを担いで私を車椅子のままハイウェイバスの乗り場まで運んでくれました。ハイウェイバスにも情報を連携してくれて、一番前のシルバーシートに座らせてくれました。 京王線に乗り自宅最寄駅に着いたものの、いつもは5分足らずで着く自宅まで歩ける気力は残っていなく、車で妻に迎えに来て貰い、そのまま自分が運転して掛かり付けのスポーツ整形外科を受診しました。 レントゲンとMRI検査の結果「骨折しています。腫れも酷くなってきています。早く手術することをお勧めします。紹介状を書きます。」と言われました。 診断は三つ ・左脛骨内果骨折 ・左腓骨骨挫傷 ・左距骨骨挫傷 翌日(5/19)直ぐに自宅から車で20~30分の新百合ヶ丘総合病院の整形外科を受診、その結果は即日入院して安静に、その後手術するかしないかは判断しますとのことでした。 先程医師から伝えられたのは「脛骨内果骨折はネジ?ボルト?で繋ぐ手術をしますが、腓骨も骨挫傷よりも骨折に近いです、さらに距骨の骨挫傷がなかなか大きく多分直ぐには治らないと思われるので、左足で松葉杖無く歩けるのは1ヶ月半後でしょう。入院は手術すると4週間から6週間くらいになります」という内容でした。 距骨は足首を曲げる甲部分付け根が、一寸した石の上を歩いたり斜めの道を歩くと痛んだ場所でした。そこもやられていたのかと先程ハッキリしました。だから足首の付け根が痛かったのかと。 兎に角左脚の腫れが酷く、今は入院していますが、膝まで赤黒く変色してきていて、山頂や下山後に見た脚とは全く別物に変貌、昨晩自宅でシャワーを掛けてやっときたない左足裏を洗ったときも、まるで象の足のようだと自分でもその膨らみにビックリしました。 今日は左足首がドクンドクンと脈を打つようにまでなりました。 ということで、今年いっぱいの私の山行計画は全部パーになりました。 昨日の樽前山から始まり、今週末の米子遠征から始まり、10月の富山遠征まで20座ほどの山行計画を全てキャンセルすることになりました。 仕事も暫く外仕事は出来ないので、これも今月だけではなく全部パーになりました。 芦別岳本谷ルートの雪渓登りは、落石の恐ろしさを初めて強く実感した、一生忘れられない山行になりました。 宮下ガイドさんも、この谷を詰めて登るのは数え切れないほど有るが、こんなに大きな石が自分に向かって吹っ飛んできたのは初めてで、自分も死んだかと思ったと話しておられました。 実は私は見ていないのですが、宮下さんによると、1メートルもあるくらいの大きな石が落ちてきてラクと叫んだが、その瞬間に5~6個に石が砕けて飛び散って私達の方に飛んできたそうです。 宮下ガイドとAさんは全くの無傷、私の脚にだけ大きな石が二個ぶつかったようです。小さな石が右脚にもぶつかっていたようで、青あざが本日右脚にも確認できましたが、そこは特に何も問題ありませんでした。 何とも悲しい落石事故遭遇でしたが、顔や頭や胸に当たっていたら死んでいたかも知れません。もの凄いスピードで重い石が吹っ飛んできたので、不幸中の幸いだと皆に励まされています。
