神功皇后伝説の目配山と大己貴神社
目配山
(福岡)
2026年02月13日(金)
日帰り
神功皇后は北部九州に数多くの足跡を残されています。朝倉市においても大己貴神社と目配山の伝説は有名です。
大己貴神社は、西暦200年頃に神功皇后は豪族の羽白熊鷲を征伐後、新羅出兵を為されようとされましたが軍勢がなかなか集まらなかったので大三輪社を建て(または、大己貴命(大国主神)を祀って)刀と矛を祀り祈願したところ軍衆が自ら集まってきたと日本書記にも記載されている日本最古級の神社です。
目配山は、神功皇后がここに登られて四方に目を配ったことが山名の由来です。山頂近くに「神功腰掛石」もあります。
今日、私は大己貴神社登山口から小鷹城山を経て目配山に登り、高宮山からさらに小富士、経ヶ峰へ縦走し、甘水集落付近に下って大己貴神社へ戻るルートで歩きました。
<大己貴神社登山口~小鷹城山~目配山~高宮山>
・大己貴神社登山口から小鷹城山、目配山まではよく整備された広くてなだらかな登山道です。標識も数多くあり、迷う心配もありません。
・目配山から高宮山までも同様のつもりでしたが、目配山と高宮山の鞍部付近まで伸びた作業道が登山道を分断しており、わかりにくくなっています。またその地点につけられた矢印が正しい方向を指していません。これは多分、林業用の矢印なのでしょう。
<高宮山~小富士~経ヶ峰~甘水集落付近>
・高宮山から先は一般的な登山道ではありません。非常に迷いやすいので注意が必要でした。高宮山から南東方向に下ると、広大な農園(果樹園?)のような場所に出ますがここは立入禁止なのかもしれません。
・小富士から先はさらに困難です。踏み跡はありません。地図とコンパスと目視で自分が進みたい方向(=経ヶ峰や甘水集落方面)へ進みます。
*このルートを進むのは、よほどの山好きか物好きでしょう。私は後者。
<最後に>
神功皇后伝説は興味深い。斉明天皇の行跡をモデルにされたという考えもある。妄想はつきない。斉明天皇は朝倉橘広宮で亡くなったそうだが、それが大己貴神社かも? また、卑弥呼との同一人物説は? 卑弥呼が大己貴神社で祭祀を行っていた? また、それが邪馬台国の九州朝倉説の根拠の一つ? 大己貴神社は卑弥呼の墓? 等々。
今日は元々、神功皇后を偲んで大己貴神社と目配山を歩くだけの予定でしたが、欲張ってしまった。高宮山から先は完全なアドベンチャールートでした。
私は11月に左膝半月板を痛めました。もう痛みはほとんど無いのでこの季節ならではの雪道や元々大好きな沢沿いの秘境秘所ルートを歩きたいのですが、ここで滑って踏ん張りきれず完全に半月板を割ってしまうと右膝と同じになってしまう。登山どころか、日常生活まで支障が生じるので今は我慢、がまん、ガマン! しばらくは低山歩きだな~⤵️ でも、隣でこの記録をのぞき込んだ妻が「先日の宮地岳といい、今日の目配山といい、あんたは低山を歩いても、ただの低山歩きだけでは終わらんのやね~」と言う。「それ、誉め言葉?」と聞くと、「呆れているだけ」とのこと。そうだな~😅、まったく!
小郡市北部で生まれ育った私は幼き頃より東方を仰ぎ見ると、古処・馬見連峰が高くそびえ、その前衛峰として目配山を眺めていたものだった。その目配山を神功皇后を偲んで歩くと、感慨深い。
想い出探しと新たな感動体験は面白いですね。今日も、山に、先人に、感謝。