27:58
40.1 km
3471 m
白界の奥へ-黒部五郎岳・南西尾根
水晶岳・薬師岳・黒部五郎岳・鷲羽岳・三俣蓮華岳・湯俣 (富山, 岐阜)
2026年01月06日(火)〜07日(水) 日帰り
2026年の登り始めは黒部五郎岳。 昨年、パノラマ銀座~北鎌尾根~北穂高岳を一緒に周回したふくさんと、南西尾根からの登頂を目指した。 -------------------- 7日は、朝から昼まで高曇り、夕方まで一時的に晴れ間が広がるものの、夜には二つ玉低気圧の気圧配置となる予報。 そのため、昼は稜線、天候が崩れる頃には樹林帯へ入れるような行程を想定しつつ、直前まで行程変更を重ねるなど紆余曲折があったが、 早い時間に合流できたため、予定より早めにスタートする。 -------------------- 南西尾根は一筋縄ではいかなかった。 残雪期や雪の付き方によって印象が変わりそうなルートだが、これまで経験してきた冬期バリエーションの中でも、とりわけ厳しい山行となった。 出発直前まで続いた冬型気圧配置による大雪の影響で、登頂するまでラッセルヘル。 雪の林道は片道約10km、南西尾根の取り付きは導水管登り上げから始まり、そこから藪漕ぎ急登ラッセルが続いて、ふくさんのメンタルが序盤で撃沈する。 池ノ尾山(P1530)を過ぎると一時的に地形は落ち着くが、P1577を越えた痩せ尾根から難所となる。 藪に雪がしっかり乗れば、もう少し楽に進めるのだろうか❓ 稜線上は藪が密集し、スノーシューではまともに前進できない。 トラバースは膝上~股下ラッセルとなり、地面を這う樹木や倒木、ツリーホールへの踏み抜きが頻発。 稜線に点在する巨石が曲者で、何度か進行を阻んでくる。急勾配と腐海のような雪藪にまみれるので、巻くのも一苦労だ。 わずかな疎林帯の急斜面トラバースで、トレースカットとラッセルの振動により4m四方前後、厚さ30~40cmの雪崩も発生。流れ落ちても埋められるような地形ではないのでたいして警戒はしていなかったが、地獄の門を開けたような気分になった。 痩せ尾根は雪でスムーズに進めるだろうと思っていたが、考えは甘かったようだ。 やがてスノモン迷路と急登のMIXが続くようになり、睡魔と闘いながらひたすら進んでいると、秡戸(P2291)の少し手前から眺望が開け始めた。 ここまで実に12時間。 月明かりに照らされる笠ヶ岳と、遥か彼方に聳え立つ黒部五郎岳や北アルプスに囲まれる白い稜線を見て、撃沈中だったふくさんがようやくお目覚めになる。 しかし、黒部五郎岳はまだ果てしなく遠い。 それまでの藪漕ぎとラッセルに時間を取られたこともあり、この景色を見て、黒部五郎には届く気がしなかったとのこと。 P2291からの登り返しが、それまでの疲労も重なり、心臓破りの坂となった。 EL.2400から黒部五郎岳(P2839)までは一直線、ビクトリーロードと呼ぶべきなのか❓ 強烈に長いリッジを縦走して、スタートから約17時間で登頂を果たす。 青空が広がる時間まで追加プランを考えていたが、気持ちは既に下山後のラーメンへ。 登頂時点で別の意味でもお腹がいっぱいだったため、青空を待たずにその場でUターンしました🤣 ソロだったら後5時間くらいかかっていたかもしれない。 ふくさん、最後までご一緒いただきありがとうございました😊 ---------------------------------------- 今回の計画について ---------------------------------------- 厳冬期の黒部五郎岳を登頂したい。 そんな折、1年半ほど前に南西尾根の記録を目にし、山頂へダイレクトに繋がるそのルートに強く惹かれた。 登山状況が分かるまともな記録は残雪期に登られた一件のみで、あとはブログに写真が紹介されている程度。 この時期に参考になりそうな公開記録は、ほとんど無いに等しい状況で、この日まで温め続けて機会を伺っていた。 金木戸発電所~池ノ尾発電所間の金木戸林道には数多くのトンネルが存在し、厳冬期間中は雪で手彫りのトンネルが片斜面に埋もれ、通行不能となる。 林道の雪解けに合わせて行く場合でも、タイミングを間違えると南西尾根が藪化するので、狙える時期はかなり限られている。 12月後半から年末に狙いを定め、成功率は高くないと判断してソロでの決行を考えていたが、 ちょうどふくさんから年末年始のお誘いが来たので、本ルートを紹介すると乗ってきたのが今回の計画のきっかけとなった。 ---------------------------------------- 金木戸林道の歴史を調べてみた ---------------------------------------- 金木戸林道は、昭和初期に敷設された双六・金木戸森林鉄道を前身とする林業用の輸送路である。 1929年(昭和4年)、高原川流域で水力発電所建設計画が持ち上がり、従来の川を使った木材搬出が困難となったことから、山中に新たな陸上輸送路として計画された。 1931年(昭和6年)に工事が始まり、双六谷・金木戸谷・中ノ俣谷・北ノ俣谷一帯から切り出された木材を神岡側へ搬出するための基幹路線として整備された。当初は約6年の工期が予定されていたが、断崖や雪崩地形が連続する難工事のため完成までに足かけ8年近い歳月を要し、死者8人・重軽傷者71人、計79人の犠牲(死傷者)を出したとも伝えられている。 戦後、鉄道は役目を終え、その軌道敷は林道へと姿を変えた。現在の金木戸林道の線形や数多く残るトンネルは、かつてトロッコ鉄道が黒部五郎岳の裏側を走っていた名残であり、今もなお静かにその歴史を伝えている。 ※間違っている所があれば、ご指摘ください🙏 ---------------------------------------- ■まとめ ---------------------------------------- 南西尾根は急登が多いので、ラッセルの深みと滑る斜面で苦戦する場面が多い。 厳冬期立山よりきつかったと、ふくさんが感想を漏らすくらいタフなコースだった。 しかし、難所を越えた先には、北ノ俣岳・黒部五郎岳・双六〜笠ヶ岳の“裏側”が一望できる、ここでしか味わえない大絶景が広がる。 金木戸林道の歴史に思いを馳せながら険路を辿ると、 白界の奥に広がる、踏破した者だけが出会える景色に心打たれる素晴らしいルートになるのではないでしょうか。
