02:44
5.3 km
572 m
03:25
5.0km
617m
617m
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02:44
5.3 km
572 m
03:04
6.4 km
686 m
子ノ泊山 (三重, 和歌山)
2025.12.04(木) 日帰り
2泊3日三重県6座踏破の旅3/6 東海の百山50座目 モンベル:トレントフライヤー(アウター) モンベル:ウィックロンTシャツ(ミドル) モンベル:ジオライン中厚手(ベース) ミレー:ダイナミックドライメッシュパンツ(下着) ユニクロ:ジョガーパンツ ?:靴下薄手 力王:足袋 登山気温0℃ 登山口までの道のりが一番危険だった 桐原側登山口から登って降りてくるのが良さげ 桐原尾根側のが道が険しい 朝から雪がチラついてたのでそのうち積もりそうなので登るならお早めに
03:42
5.8 km
655 m
01:53
5.2 km
570 m
02:41
5.2 km
574 m
03:40
13.9 km
1156 m
03:07
5.5 km
622 m
02:37
5.2 km
585 m
子ノ泊山 (三重, 和歌山)
2025.08.30(土) 日帰り
今日は子ノ泊山(ねのとまりやま)で山行です 三重県紀宝町の最高峰 ルートは桐原登山口(鉄はしご)から桐原尾根登山口までの周回コース 登山口には5,6台は駐車可能なスペースがあります この登山口に着く数キロは酷道です 途中、大きな石が道を塞ぎ二人で石を退かしました 対向車も無く登山口に到着 石で道塞いでいたので先着車はなし 開始から鉄はしごがお出迎えからの急登で滝汗 山頂付近ではロープを使う箇所もあります 山頂には手作り感満載の歓迎看板、太平洋熊野灘も見渡せました 桐原尾根登山口からは林道を下り桐原登山口に戻ります 今回の山行も怪我無く無事に終わり感謝
02:35
5.4 km
574 m
子ノ泊山 (三重, 和歌山)
2025.08.30(土) 日帰り
今日は子ノ泊山にいってきました。 ここは、登山口に辿り着くまでが大変。 登山口までの6キロの林道が荒れてて酷道ってYAMAPの活動日記にも書かれてて、ビクビクしながら(夫の運転で)行きました。 案の定、道の真ん中に鎮座するでっかい落石をヨイショ、ヨイショと端っこに転がせたり、バシバシ車に当たる草木に声を上げながら登山口に辿り着きました。 着いてから、車の排気の二酸化炭素に反応して寄ってきたアブ🪰と戦いながら準備して出発。 これがアブ🪰地獄の始まり。 登山用のTシャツに腕カバー、タイツにキュロットの出立ちだったのですが、タイツにアブ🪰が寄ってくる!! で、チクッとするー!! もう払っても払っても寄ってくるアブ🪰と戦いすぎて登山の記憶がありません!! アブ🪰は山頂到着の前半が凄まじかったです。 チクッとしたものの、血は吸われてなかったようであとは残ってなかったのがせめてもの救いです。
05:46
14.2 km
1172 m
子ノ泊山 (三重, 和歌山)
2025.07.29(火) 日帰り
今日は、東海の100山であり、関西100名山でもある子ノ泊山に出かけた 事前調査では、登山口へ向う林道が狭路の上に、落石が多く有るとあったので躊躇していたが、麓の民家辺り迄なら普通の道に違いないと信じて出かけた 結果的に、最終の民家から登山口までは、枯枝や落葉に隠れた落石等は有ったものの、道幅は1.5車線以上有り問題は無かった(私は事前調査に恐れて早めに路駐した)。逆に、Googleが指定した直前のルートの方が怖かった😨 登山口までのアプローチは、停車位置から1時間程要するが、自宅から車で4時間近くかけて、子ノ泊山の麓まで到達したのだから、もう登山は達成したのと同様。予定通りに下山出来れば、落打滝へ立寄って見よう😋 子ノ泊山へは、桐原側登山口から登り、桐原尾根登山口へ降る周回コースを歩いたが、一等三角点のある山頂から熊野灘の展望は見事だった 今日歩いた子ノ泊山は、三重県の山だが、旧国名でこの辺りは紀州になる 何故、紀州の国が、和歌山県と三重県に分割されたのかは、諸説ある 有力な説としては、東紀州の地と、和歌山の県庁所在地と三重の県庁所在地の道路距離が、和歌山市~新宮市間200キロメートル、津市~新宮市間150キロメートルになっていて、紀伊・伊勢の国境を県境とすれば、さらに100キロ近く和歌山から離れ行政上支障が増加すると述べ、明治初期の県が古代の国以上に中央集権的機能を果たすため、県庁所在地から連絡の悪い遠距離の町村を置かないようにしたためと云われる もう一つの説は、紀伊国牟婁郡の一部が三重県となった経緯の一つは、明治4年11月22日の布達で、紀伊国では和歌山県・田辺県・新宮県が廃されて、新しく和歌山県が設置され、伊勢国に度会県が設けられた。新宮県所轄の領域は、熊野川・北山川を分界として割き、以北を和歌山県、以南を度会県にそれぞれ属させることにした(この結果、北山村が飛地となった) 現在の三重・和歌山県の県域は、明治9年に度会県が三重県に併合されて以来、同じ形態になっている