甲斐駒ヶ岳 黒戸尾根
甲斐駒ヶ岳・日向山
(山梨, 長野)
2025.11.30(日)
日帰り
※基本的に自分語りですので好き勝手に書いてます。
【南アの貴公子は伊達じゃない!過去最高の絶景と手痛い洗礼】
今回の山行は南アルプスの貴公子、甲斐駒ヶ岳に黒戸尾根より挑戦。黒戸尾根ルートは日本三大急登として有名で、その中でも最もキツいとされている。今では北沢峠からのルートが定番となっているが、山岳信仰が盛んであった頃、その表参道とされるルートはこの黒戸尾根だったそうだ。その証拠に山頂までの道中には石碑や鉄剣がいたるところに存在する。その端正な佇まいの山容から貴公子と称されているが点在する剣とのマッチングも妙である。
前々より甲斐駒ヶ岳には絶対に黒戸尾根から挑戦したいと思っていたため相当にわくわくしていたのだが心配だったのは雪である。直前まで活動記録を覗っていたが今週の記録はあがることがなく、情弱な私は他に情報を得る手段を知らず、「まぁ無理だったら引き返そう」という軽い考えで決行した。
登山当日。朝4時からのブラックスタート。もはやおなじみであるが、それでも登り始めはやはり怖い。登山口すぐの駒ヶ岳神社を参拝し、すぐ横の尾白川渓谷の吊橋を渡れば早速登山スタートだ。一合目までは全く雪も無く、道もなだらか。大量の落ち葉で多少歩きにくいとは言え、平坦部分も多く問題ではないくらい歩きやすい。2合目から雪が出てきたがまだ影響はないレベル。3合目からは積雪の量は大したことは無いが基本的に道は白い。「3合目からこんな感じか」と嫌な予感はしたがまだ問題になるレベルではないため先を行く。3合目手前で少し開けたところに出てそこから鳳凰山越しに富士山が拝める。
ちょうど日の出時間だったため明るみ始めた富士山を拝むことができた。そしてその少し先には刃渡りがある。大した難所ではないが積雪があったため慎重に行く。刃渡りを越えると積雪の量が増し、4合目地点ではすっかり雪道だ。ここでチェーンスパイクを装着し先に進んだ。ここからはしばらく平坦な道を進み、しばらくすると一度ぐっと下りになる。この間の道はしっかりと雪が積もっており下り部分では脛くらいの積雪量があり先客のトレースを頼りに下っていかなかれば随分危険であった。当然チェーンスパイクでは完全に不十分だがこれしか持っていない。雪で歩きにくい上、慎重に歩くためスピードもあがらずストレスがたまる。下り切る直前で一度平らな開けたところに出た。ここから甲斐駒山頂あたりを仰ぎ見ることができるがまだまだ遠く高い。ここでレイヤリングを調整しつつ小休憩をとった。1名ビバークしていた男性がおり、ちょうどテントの片付けをされていたので会話した。体調が芳しくなく今から下山するとのことであった。さぞ辛い夜であっただろう。その方に話を伺ったところ、7合目にある七丈小屋以降は膝上の積雪があり、昨日来た日帰り組は基本ここで撤退したそうだ。話を聞いて「まじか...」とは思ったもののまだどうにも無理だと感じたわけではない。今思えばこれは引き返すよう優しく促してくれていたのだと思う。しかし愚か者は「行けるとこまで行ってみます!」と能天気に答え、男性が無事下山できることを願って先を行く。
程なくして5合目。ここからは一気に登りだ。名物の1つでもある超角度の梯子や鎖場が一気に増える。当初楽しみにしていたスポットであったが悪路により煩わしい思いが勝った。なんとも微妙なテンションのまま七丈小屋到着。すぐ横のテント場で一息つく。テント場には高さ15cm程度の綺麗な雪の布団が一面に敷かれていた。お約束の大の字ダイブをかまし、子供の様にはしゃぐ。ここから先がヤバいのか、と先ほどの男性の言葉を反芻しながらも戻る気にはならず再び山頂へと歩き出した。しかし本当にここからは地獄だった。これまでの倍くらいの積雪量になりズボズボとはまりながら歩を進める。先客のトレースが命綱だ。それでも底が抜けるような深みに踏み入ってしまったり、滑り落ちそうになったりと歩行は困難を極めた。全く上がらないペースと自らの愚行にかなりのストレスを感じながらも、それでも山頂を目指す。愚行とわかっていながらも尚山頂を目指すのはただの意地だ。大馬鹿者の大意地だ。ここまで来たからには行ってやる。その一心。誠に恥ずかしい。9合目あたりだったかで山頂から降りてきた男性と出会う。馬鹿なやつがいるなと思ったことだろうに、そんな感じは見せず「トレースあるんでそれを頼りにあと一息頑張って。ご安全に」と応援の言葉をくれた。なんと温かい。それ以降も過酷な雪道であったが何とか山頂に到達。反省、羞恥、苛立ち、終盤はそんな思いばかりで登っていたがそこからの絶景はそんな思いを一瞬で吹き払った。ここにいる間だけはこの素晴らしさに浸ろう。山頂からの眺望は偉大なる山々の殆どが見て取れた。まず間近には仙丈ヶ岳、鳳凰三山、白根三山が大迫力で目に飛び込んでくる。その奥には塩見岳悪沢岳も覗える。鳳凰三山と白根三山は登っている最中にも見えているが山頂からの眺めはなぜだか別格だ。そして西方には中央アルプスの全容が見て取れる。そこから北方に目をやれば北アルプスの全容まで覗える。この時期の北アルプスは山脈全体がその身を白に染め上げ、遠方にありながら存在感を主張している。どこか万里の長城の様な進入を寄せ付けない城壁にも思える。白く染まったその出で立ちは威圧感さえ覚え私の心をぐっと掴んだ。「来年絶対登るぞ」という気持ちが込み上がり心が躍った。北東には金峰山、瑞牆山、そして八ヶ岳の全容が裾野から見て取れる。個人的にはここから見える八ヶ岳が絶景で陸に浮かぶ孤島の様に感じ心を奪った。一方甲斐駒ヶ岳自体の山頂付近には突出した巨大な岩や、英俊な岩稜が特徴的で鋭く男前な印象だ。さらには花崗岩生み出した砂礫が特徴的かつ美しく、お隣りの鳳凰三山、日向山と同様に天空のビーチと形容され気品高い。まさに貴公子と称するにふさわしい。深田久弥氏が「確実に名山10指に入る」とされたのも頷ける。この素晴らしい景色と自らの後ろめたさから逃げたい気持ちもあってか中々下山する気にもなれず珍しく山頂で1時間ほどの時間を過ごした。下山時、頭の中は反省の念ばかりが頭を巡っていた。黒戸尾根は本当に魅力的な登山道であったし、山頂の感動も凄まじかった。こんな素晴らしい見事な山を晴れやかな気持ちで登れなかったこと、危険状態での山行を継続してしまったこと、これは山に対して敬意無き恥ずべき行為であった。勇敢な健脚者などではなくただの無鉄砲な愚か者だ。下山途中2800m辺りの崖の際で写真を撮ろうとスマホを取り出した際に手を滑らせてしまい崖にスマホを落としてしまった。運良く谷間に積もった雪に刺さり遥か彼方の崖下までいかなかったもののかなり大変かつ危険な救出劇であった。背面のガラスがバリバリに割れ、カメラの保護ガラスカバーが吹き飛んだが幸いそれ以外は無事だった。これもきっと「舐めた気持ちと装備で山に臨むんじゃねぇ」という貴公子の怒りだ。自らの戒めのためにそう思うことにしてトボトボと下山した。その道のりはとても長く長く感じた。そして絶対に来年の夏にまた登ろうと決心した。その時は「やるじゃないか」と貴公子に言ってもらえるよう(そう思えるよう)、これから鍛錬と精進の道を行かねば。
ちなみに黒戸尾根ルートですが、日本三大急登と呼ばれることもあり非常に過酷なイメージが強いですが雪がない状態なら聖岳日帰りの方がしんどいと感じました。何なら塩見岳日帰りよりちょっと楽なくらいかもです。あくまで個人の所感です。