モデルコース
岩瀬駅-御嶽山-雨引山-雨引観音 縦走コース
- 02:32
- 4.9km
- 435m

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コースマップ
活動概要
- タイム
- 02:32
- 距離
- 4.9km
- のぼり
- 435m
- くだり
- 301m
標高グラフ
チャート
チェックポイント
1日目
このコースで通過する山
「岩瀬駅-御嶽山-雨引山-雨引観音 縦走コース」を通る活動日記
すべて見る- もらった絵文字257写真20枚02:565.1 km288 m
雨引山・御嶽山(筑波連山)
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.07.25 (土)日帰り筑波連山の未踏のピークハントに行ってきました😃 暑いので、短めの下り基調での山行を計画❗️ 水戸線の岩瀬駅からコミュニティバスで雨引観音バス停で下車、そこから登山スタート😁 ・登山道は虫ブンブン(メマトイ?蚊?) ・樹林帯は風がほとんどない ・見晴らしもあまりない それでも雨引山山頂では少し風が通って少しだけ涼しかったです😊 雨引山山頂から筑波山が見えると夫に聞いていたけど、みどりマシマシで山はほとんど見えず😆 山行中は虫よけの黒いネットを被って歩きました😎 本日のピーク(2) 雨引山・御嶽山(筑波連山)
- もらった絵文字24写真11枚02:568.4 km484 m
関東ふれあいのみち_茨城_御嶽山から坂東24番札所へのみち_2026_06_24_take2
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.07.08 (水)日帰り関東ふれあいのみち 同じコースを2回目。 何てことはない、寝坊したので時間が足りないと思い、ルート変更です笑 あと、さすがに連続で20キロオーバーの道のりだと体に堪えるのではと思い、簡単な道を選びました。 1ヶ月前に比べれば、やはり雑草も伸びてきて、まーまー藪が凄いことになってきましたが、、、それ以上にハチがブンブン飛んでます。蚊取り線香を携帯して歩いてますが、もうこの時期は低山シーズン終わりのお知らせですかねぇ。。。 下山後、ゴール地点近くの青木屋さんで、焼きそばを食べてフィニッシュ。ビールによく合う焼きそばですが、ビールを売ってないです笑 これが一番残念ですね~
- もらった絵文字41写真28枚02:285.2 km441 m
雨引山の紫陽花
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.07.04 (土)日帰り濃霧を心配しましたが、山の中はそこまで視界不良ではなかったです。 山にも紫陽花がたくさん咲いていました。 ただ、ぬかるんでいるところが下山中にかなりありました。 登ってきた方々が親切に教えてくださって注意していたので滑ったけれど転ばずにすみました。感謝。 下山後は、楽法寺のあじさい祭りを堪能。アヒルやヤギ、孔雀が可愛かったです。お祭りで人が多くて、紫陽花バックの孔雀の写真は残念ながら撮れませんでしたが、綺麗な姿を見せてくれました。 メモ 12時以降14時過ぎまで雨引観音バス停から岩瀬駅行きバスがないので注意。 歩いて駅に戻る場合、電車も1時間に1本しかないので到着時刻に注意。 14時過ぎのバスに乗れば程よい時間で電車に接続するので、その時間までお寺で孔雀とアヒルと戯れるのが吉。
- もらった絵文字104写真23枚02:557.3 km455 m
知己と歩く 雨引山小考「御嶽信仰から読み解く雨引山の”雨乞力”」
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.06.28 (日)日帰り梅雨といえば紫陽花。6月に良い山はないかなと探していた所、雨引観音なる紫陽花の名所がヒットしました。SNSでよく見かける華やかな写真が先行していて、普段どちらかと言えば静かな山を好む自分たちとは少しカラーが違うかな、と最初は思っていました。ただ、放し飼いの動物たちと一面の紫陽花が共存する景色はどこかカオスで面白そう。また、開山587年という圧倒的歴史(当時の片田舎であった関東にもかかわらず!)は魅力です。会いたかった知己の家からほど近い点が決め手となり、久しぶりに茨城県の山にお邪魔しました。 【雨引観音 御嶽信仰から読み解く雨引山の”雨乞力”】 桜川市観光協会によると、「中国から帰化した法輪独守居士が587年に開山したと伝えられる古刹です。(中略)その後、弘法大師によって真言宗の道場となりました。現在は安産子育ての霊場として広く知られる関東屈指のお寺です。」とのこと。 奈良時代から平安時代にかけては歴代天皇の勅願寺となっており、その由緒の深さがうかがえます。代表的なエピソードだけでも次のとおりです。 ▪推古天皇:病気平癒を祈願したところ快癒したため、勅願寺となる。 ▪聖武天皇:安産を祈願して法華経を奉納し霊験を得たことから、安産祈願の根本道場となる。 ▪嵯峨天皇:弘仁12年(821年)の大旱魃の際、自ら法華経を書写して祈雨を修したところ大雨が降り、「雨引山」の山号を賜る。 実際に訪れてみると、霊験あらたかな古刹の雰囲気を残しつつも、紫陽花と動物たちが共演する独特の空間でした。色鮮やかな紫陽花の中をアヒルやヤギが歩き回る光景は、いわゆる「映え」だけでは片付けられない、不思議な魅力があります。 ○雨引山は本当に「雨を引く」のか 雨引山と呼ばれるようになったのは、前述の通り嵯峨天皇が雨乞祈願をしたためといわれていますが、実際の“雨乞力”はどうなのでしょう。 もちろん筑波連山の北端に位置し、関東平野へ張り出した地形なので、周囲よりは雲が湧きやすい条件はあるのでしょう。ただ、標高は約400m。西風なら湿った空気はもっと高い関東山地で雨を降らせそうですし、東から風が入る場合も、関東平野全体で広く雨になる印象があります。 そう考えると、実際に“雨を生み出す気象学的な実力”という意味では、相模湾からの湿った空気を真正面で受け止める関東屈指の雨乞山である丹沢・大山(阿夫利神社)の方が、地形性降雨の効果はずっと大きそうです。また、関東平野に独立峰として屹立する筑波山も、単純な降水量なら雨引山より分がありそう。 ということで、データで丸裸にしてみましょう(図1・2)。気象庁が公表しているメッシュ平年値図では、1991~2020年の平年値をもとに、1kmメッシュごとの推定降水量を見ることができます。これを地形図と重ね合わせると、興味深い結果が見えてきました。 残念ながら、雨引山の年降水量は周辺の関東平野とほぼ同じ1,200〜1,400mm。予想どおり、筑波山は1,600〜1,800mmと一段多く、「雨乞力」では上回っています。ちなみに、ほど近い栃木県益子町の雨巻山(533m)も1,400〜1,600mm。「この山に雲がかかると雨が降る」と古くから伝えられる山だけあって、こちらも標高に応じた降水量となっています。 一方で、丹沢・大山は別格です。標高から単純に推定すれば2,200mm程度になりそうですが、実際の平年値は2,400mm前後。相模湾からの湿った空気を真正面で受け止める地形効果は、やはり一段階上の"本物の雨乞力"と言えそうです。さすが、「雨降り山」が転じて阿夫利となっただけあります。 ということで、データは無慈悲にも、「雨引山は特別雨の多い山ではない」ことを示しています。しかし、それでも人々は雨を祈り続けた。その理由を考えていきましょう。 ○信仰の象徴としての“御嶽” では、なぜ雨引山が雨乞いの山として信仰されたのでしょうか。 個人的には、「本当によく雨が降る山だったから」というより、この地域を見守る象徴的な山として、人々が雨を祈る場所になった。そんな文化や信仰の積み重ねが大きかったのではないか、と想像しています。 その仮説を考えるうえで注目したいのが、雨引山の北にある御嶽山です。 「御嶽」といえば長野県の木曽御嶽山を本山とする御嶽信仰を連想しますが、ここで一つ疑問が浮かびます。筑波連山には関東を代表する霊山・筑波山があるにもかかわらず、なぜ御嶽信仰は筑波山ではなく、その北側の山に根付いたのでしょうか。この「なぜ御嶽山なのか」を考えることが、結果として雨引山信仰の立ち位置を考えることにもつながります。 確かな史料があるわけではないので、ここからは一つの仮説です。 筑波山は古くから男体山・女体山の二峰信仰を中心に独自の信仰体系を築き、筑波山神社や門前町、参詣道まで含めて一大霊場として完成していました。全国へ広まった御嶽信仰も、このような「完成された信仰圏」には入り込む余地が少なかったのかもしれません。 一方で、雨引山北方の御嶽山は、地形的には正直それほど山らしい山ではありません。縦走していると下りながら山頂に着いてしまうほどで、地形図を見ても尾根上の小さな突起にすぎません。 それでも御嶽山と呼ばれるようになったのは、麓から眺めれば尾根の張り出しとして存在感があるからでしょう。北関東には「御嶽」の名を持つ里山が数多くありますが、その多くは関東平野にせり出した山地の前衛に位置し、里から仰ぎ見る象徴的な山となっています。関東山地の周縁を走る北関東道と、北関東の“御岳山”の位置関係を重ね合わせると、その様子がよく分かります(図3)。 また、その可視化で興味深かったのが、圏央道との位置関係です。 圏央道はしばしば「首都圏」の外縁として語られますが、その内側には市街地であることを反映してか、御嶽神社が比較的多く分布しています。一方、郊外へ出ると、関東山地の前衛となる里山地帯まで御嶽神社はほとんど見られません。 この地域は農地が広がる平坦地で、信仰の対象となる「仰ぐ山」が少ないためでしょうか。加えて、都市ほど人口が集中せず、山間部ほど山岳信仰も育ちにくいという、中間地帯ならではの事情もあったのかもしれません。 筑波山は、ちょうどその"空白地帯"にそびえる例外的な存在です。しかも古代から独自の信仰体系を築いていたため、後発の御嶽信仰が入り込む余地は、なおさら小さかったのでしょう。一方、雨引山から御嶽山にかけては、雨引観音を中心とした観音信仰の世界です。観音信仰と修験色の濃い御嶽信仰は必ずしも競合するものではなく、「麓では観音を拝み、奥山では修験の山に登る」という役割分担は、日本各地でも珍しくありません。 さらに興味深いことに、御嶽山は雨引観音から見て鬼門(北東)の方角に位置します。もちろん偶然かもしれませんが、鬼門は古来より寺社で重視された方角です。御嶽信仰が鬼門を守る存在として受け入れられたと考えると、雨引観音との共存関係にも一つの説明がつきます。 そして、雨乞いの山と修験の山が並び立てば、その間が修験の道として歩かれるようになるのも自然な流れでしょう。雨引山が雨乞いの山として、御嶽山が修験の山として、それぞれ役割を分担しながら地域の信仰を支えていた――そんな姿が浮かび上がってきます。 と、だいぶ話が壮大になってしまいましたが、「雨は平均的でも麓からの信仰が篤かった雨引山」「信仰・地形のニッチを埋める存在だった御嶽山」「すでに独自の信仰体系が完成していた筑波山」という三つの条件が重なった結果、雨引山は"雨乞いの山"として今日まで信仰され続けたのかもしれません。 さらに想像を膨らませるなら、筑波山が厚い雨雲にすっぽり覆われて姿を消すような日でも、標高の低い雨引山なら、ちょうど山頂付近に雲がかかる様子を里から眺めることができます。そんな姿が「雨を呼ぶ山」「雨の訪れを告げる山」として人々の記憶に刻まれ、信仰へとつながっていった――そんな可能性もあるのではないでしょうか。 もちろん、これはあくまで一登山者の考察です。真偽は定かではありません。それでも今回、自分たちが歩いている時間だけ見事に雨に降られたのは、「雨引山らしい歓迎だった」と思えば、少し得した気分になるのでした。 【山行記】 観音を参拝したあとは、そのまま雨引山へ。すると、待っていたかのように雨脚が強まり、山は一気に表情を変えました。華やかな境内とは対照的に、霧の立ち込める静かな尾根歩き。名前が「雨引山」なのだから、「そりゃ今日みたいな日に登る山だよな」と妙に納得してしまいます。 こんな天気でも何組もの登山者とすれ違ったのは少し意外でした。それだけ、この山には季節や天候を問わず足を運びたくなる魅力があるのでしょう。 歩いていて感じた注意点は二つ。一つは、雨の日は粘土質の箇所が多く、かなり滑りやすいこと。特に下りでは慎重に歩いた方が安心です。もう一つは、地図に載っていない分岐や、道標のない分岐がいくつかあること。とはいえ、分岐のたびにYAMAPで現在地を確認すれば迷うような難しさではありませんでした。 里山なので登山も軽い運動程度で済み、下山後も体力的・時間的にも周辺を周れるのは良いですね。雨の日ならではの静かな山歩きと、下山後の寄り道まで含めて、梅雨ならではの一日を満喫できました。前から気になっていた古民家食堂「さと山」や、マツコの知らない世界で紹介された「粉とクリーム」に行けた満足度の高い山行でした。 【雨引山を詠む】 今年から始めた新企画?山を詠むのコーナーです。いやこんな膨大な文章を書くくらいなら一句詠んで終えよう、また詠むことで山をリスペクトしながら、山の格を高めていこうというコンセプトで古賀志山から気まぐれでやってますが…、今回はこんな句です。(結局5千字近く書いているのは内緒) 雨引の やまぬ気色か 七変化 友引の山 霧ほどけゆく (解説) 「雨引山」の名を「足引の山」の枕詞になぞらえ、「やまぬ」を「止まぬ雨」と「病まぬ心」の掛詞として用いた一首。 「気色」は空模様と心模様の双方を含む語であり、「やまぬ気色か」と問いかけることで、雨が止まない情景なのか、それとも揺るがぬ心境なのかを読者に委ねている。続く「七変化」は紫陽花の異名であると同時に、移ろう天候や心の変化をも暗示する。 結句の「友引の山」は、「雨引」と対をなす言葉遊びであり、六曜の「友引」に由来する「勝敗を決しない日」の意味を踏まえる。雨模様ではあったものの、霧が次第に晴れてゆく情景によって、その山行は「引き分け以上」の充実した一日であったことを表している。 また「友引」は、友と歩む山という意味も密かに重ねられている。友人と歩くことで心の迷いも霧のようにほどけていく様子は直接語られず、実景の描写に託して暗示される。雨、霧、紫陽花という自然の移ろいを通して、景色と心情を重ね合わせた一首となっている。 【山行を終えて】 今回は、個人的にYAMAP800座目という節目の一座でもありました。区切りの山が快晴の絶景ではなく、雨と霧に包まれた梅雨の古刹と里山だったというのも、景色だけを追い求めるのではない自分らしい節目だった気がします。 知己とともに歩き、歴史ある雨引観音を訪ね、地形や信仰に思いを巡らせながら茨城の山を満喫する。そんな一日を締めくくるには、晴れよりもむしろ、雨引山らしい雨がよく似合っていたのかもしれませんね。
- もらった絵文字19写真18枚03:428.3 km394 m
- もらった絵文字20写真40枚03:379.3 km475 m
関東ふれあいのみち_茨城_御嶽山から坂東24番札所へのみち_2026_06_24
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.06.24 (水)日帰り関東ふれあいのみち 茨城の7番目。気温が低いと言うことと、天気が台風が来る前で天気持ちそうと言うことで、突撃。 岩瀬駅から徒歩で登山口へ。トイレが設置してあって優しいです。 オオスズメバチがブンブン飛んでいて、まずは持ってきた森林香へ着火。虫除けします。 久しぶりの山道と言うことで中々の階段祭りではありましたが、無事に踏破。前に来たときより赤テープあって、優しい道になっていたのと草刈りをしてくれているのか大分雑草が少なかったです。 涼しければ次も行きたいなぁ
- もらった絵文字38写真16枚02:245.0 km416 m
- もらった絵文字50写真34枚04:277.3 km452 m
紫陽花まつり͛💠雨引山
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.06.21 (日)日帰り山友さんのお誘いで紫陽花まつりの雨引観音&雨引山ハイクへ。 岩瀬駅からバスで本木で下車、雨引観音で紫陽花と水中花を堪能してから雨引山、御嶽山を縦走して岩瀬駅まで戻るルート。 境内には孔雀やあひる、ヤギの親子など動物が放し飼いになっていて、3日前に生まれたらしい子ヤギさんがとにかく可愛かったです。 紫陽花まつり期間中は、境内からの登山口が閉鎖されていて、受付の方に聞いた道から登山道(?)に入ったのですがこれが道なき道で…🌿 雨に濡れた藪漕ぎしながら急斜面を登って、本来の登山道に合流できたときの安心感ったら。正式なう回路があるようなので、おかしいな?と思ったら戻ってください。 道中、さまざまな種類の紫陽花が雨に濡れて生き生きとしていました。紫陽花は雨が似合います。 午後からは日差しも出てきて、暑いながらも気持ちの良い紫陽花ハイクとなりました。 後日談 どうやら毛虫?に刺されたらしく、両腕~肩に赤い腫れと湿疹が出て気が狂うくらい痒い💦 皮膚科を受診して、抗アレルギー薬と一番強いステロイド剤で治療中…
- もらった絵文字65写真61枚01:564.0 km392 m
- もらった絵文字46写真84枚02:095.4 km469 m
その①🚃岩瀬駅から御嶽山・雨引山 🌿💠あじさい祭り💠✨
加波山・吾国山・難台山(茨城)2026.06.20 (土)日帰り平標山への計画をしていましたが、お天気があやしいため代替案の雨引山へ変更しました。☔ 雨を避けて朝早めに出発、岩瀬駅〜御嶽山〜雨引山から雨引観音あじさい祭りへ💠 天気予報は雨でしたが、朝早めのスタートが功を奏して、登山中も雨に降られずラッキーでした! 御嶽山から雨引山への縦走路は、梅雨時期ならではのしっとりとした緑が美しく、とても気持ちよく歩けました🌿 下山後は、今日から「水中華」が始まった雨引観音へ。境内を埋め尽くす紫陽花が本当に綺麗で、山歩きの疲れが一気に吹き飛びました。 5000株も紫陽花があるみたいです😍 朝どれのお野菜や地元のお煎餅を購入したら、桜川市のPRの品(山桜はちみつやゆずゼリーなど)をいただきました🙏 イベントでは地元の納豆・お菓子など両手いっぱいのお土産までいただき、大大満足の1日になりました!✨️