第一展望台で熊野灘🌊✨✨
東屋がありますよ😊
千穂ヶ峯-神倉神社 周回コースの写真
ゴトビキ岩の裏にはハート型の穴が🩶
妹、スイッチ入っているから速い!
私2番手だけど、義弟が後にいるか大変🤣
結構、急登💦
汗だく🤣
やっと山頂かなぁ🤔
熊野早玉神社⛩️を後にし、
しばらくは、舗装路歩き🚶‍♀️

住宅街や学校脇を通り抜けていきます🍁💛
木々の隙間からはコバルトブルーの熊野川が見えました
登るの大変そう
ちほがみね
千穂ヶ峯-神倉神社 周回コースの写真
すぐに山道へ

モデルコース

千穂ヶ峯-神倉神社 周回コース

コース定数

標準タイム 01:51 で算出

やさしい

7

  • 01:51
  • 3.7 km
  • 283 m

コースマップ

タイム

01:51

距離

3.7km

のぼり

283m

くだり

282m

標高グラフ

YAMAP
登山の安全はここから
現在地が分かるGPSアプリ

YAMAPアプリで紅葉ルートも安全に 無料でダウンロード

無料でダウンロード

チェックポイント

このコースで通過する山

「千穂ヶ峯-神倉神社 周回コース」を通る活動日記

  • 15

    01:02

    2.8 km

    280 m

    熊野速玉大社から千穂ヶ峯

    千穂ヶ峯・権現山・神倉山 (和歌山, 三重)

    2025.12.31(水) 日帰り

    熊野速玉大社は熊野三山で唯一市街地にあります。お参りした後、裏手にある千穂ヶ峯にさっと登ってきました。 上から見ると、S字にカーブしたエメラルドグリーンの熊野川が神秘的でとても美しい。 中世の熊野詣では、熊野本宮大社から熊野速玉大社まで熊野川を舟で下っていた(川の参詣道)ということで、川そのものが神聖な存在と言えそうです。 これで2025年登り納め。一年間怪我なく無事に登れたことに感謝したいです。

  • 22

    01:35

    3.5 km

    277 m

    熊野速玉大社、 千穂ヶ峯

    熊野古道 中辺路②(新宮駅〜熊野本宮大社) (和歌山, 三重)

    2025.12.17(水) 日帰り

    熊野三山詣で🙏 1日目は熊野速玉大社へ。 駐車場から、まず千穂ヶ峯へ周回してから参拝へと。思ったより急登だった🥵 次は熊野本宮大社へ🚙移動

  • 21

    02:23

    4.2 km

    281 m

    熊野古道中辺路②熊野速玉神社、千穂ヶ峯、神倉神社12/1

    熊野古道 中辺路②(新宮駅〜熊野本宮大社) (和歌山, 三重)

    2025.12.01(月) 日帰り

    神社参拝の自分記録です🙇‍♀️ 玉置神社参拝のあと、熊野三山へ参拝する為 🚙で熊野川沿いを下り新宮市へ 熊野本宮大社や大斎原の鳥居や、 中辺路の道を少し歩いてその後 熊野速玉神社へ 熊野速玉神社に参拝したら 神倉神社にも必ず参拝してくださいねー、って 地元の方にも強く勧められたので 靴を替えて 神倉山周回コースへ 普通は時計回りに回るものなのかもしれませんが 何故か私達は三本杉登山口から 逆時計回りで先に千穂ヶ峯へ 間違えちゃった😅 (神倉神社から大きな石畳の参道をえっちらほっちらと上がるのが正しい道順だったと思います) 神倉山にあるゴトビキ岩は 熊野に神様が最初に降臨されたと伝わる霊石で、 まさに熊野信仰の元になっている磐座だそう。 岩をはい上がってすぐ近くまで行く事ができました! 神倉神社のゴトビキ岩は 花の窟神社の御神体と並んで すごくエネルギーを感じる場所でした

  • 10

    00:43

    3.6 km

    273 m

    神倉神社(千穂ヶ峯)

    槍ヶ岳・穂高岳・上高地 (長野, 岐阜, 富山)

    2025.11.27(木) 日帰り

    日頃、山へ行かせてもらってる感謝のために和歌山に2泊3日で旅行に行きました😀 三重側から熊野三山行ったり、白浜や紀州東照宮とかまわって、最後は高野山までぐるっと行きました🚗 山は神倉神社に行くついでに寄った感じです⛰️ 神倉神社の参道はめちゃくちゃ急な石段でした⛩️ 若い女の子は手をつかって登ってました😅

  • 58

    02:16

    4.0 km

    284 m

    秋のプチ遠征・和歌山編(午後の部)☆熊野速玉大社から千穂ヶ峯・神倉神社

    千穂ヶ峯・権現山・神倉山 (和歌山, 三重)

    2025.11.08(土) 日帰り

    11/8(土曜日)、和歌山遠征午後の部です! 烏帽子山から熊野速玉大社へ移動します。車移動でおよそ20分くらい。参拝の前に腹ごしらえしなくては!訪れるのは速玉大社近くにある「総本家めはりや新宮本店」。 店の開店は11時。到着は11:10。事前情報では週末の昼時には行列必至の人気店!とのことだったので心配していたんですが、先客は1組だけ。意外とすんなり入店できました。 このお店は「めはり寿司」が有名なお店。めはり寿司というのは熊野地域の郷土料理で、簡単に言ってしまえば高菜の葉でくるんだ丸くてでっかいおにぎりです(^^)寿司とありますが鮨飯ではありません。白米です。せっかく熊野に来たんだからめはり寿司を食べなきゃ! メニューも事前に決めていました。「おためしセット」!「おためし」などと言うと下位メニューかと思われるかもしれませんがとんでもない!とても人気の高い上位メニューなんです。何が「おためし」なのかと言うと、このお店は各種定食も人気なんですが、その定食のおかずを少しずつ試すことができるのが「おためしセット」。実は贅沢メニューなんです。おかずはおでんに串カツに山芋造り。これにめはりが2個と選べる汁物がつく。豚汁をチョイス。 本来めはり寿司というのは爆弾おにぎり並みのどデカいものなんですが、このような飲食店では食べやすいように小ぶりなものを提供していることが多い。このお店もそう。しかし小さいと言っても普通のおにぎりよりは少し大きいかもしれない。2個で十分なボリュームです。普通の定食にはこのめはりが3個つく。一番シンプルな「めはり定食」…これはめはりに山芋とろろにめざしと汁物なんですが、なんとめはりが4個もつきます!さすがにこれは食べきれない(>_<)めはりの目安は2個で腹八分目、3個で満腹、4個で腹パン確定!と言ったところでしょうか?(^_^;) お店では注文してから一つずつ手作りでめはりを作ってくれる。めはりの由来は「目を見張るほど大きな口を開けて食べる」とか「目を見張るほど美味しい」ことだと言われています。 小ぶりなので目を見張るほど大きな口を開ける必要はありませんが、高菜の葉は繊維が強くてなかなか噛みちぎれない。もう無理やり手で引っ張って食いちぎる!豪快に頬張ればいいんですよ!上品に食べるようなものではありません。 おそらく昔の人が、おにぎりが腐らないように塩漬けした高菜の葉で巻いて持ち歩いたのが始まりでしょう。農作業の合間に手っ取り早く食べることができて、腹持ちがいいようにと大きなおにぎりになったのだと思います。 豚汁も美味しかった(^^)甘みの強い白味噌仕立てで根菜たっぷり。おでんは2種。厚揚げとたまご。味噌ダレですね。この辺りのおでんには味噌ダレを使うのかな?串カツも外はサクサク中はジューシー。エビと豚と玉ねぎの3種。とっても美味しい☆ いやー、満足しました!食べたいと思っていたものを食べることができて、さらにそれが美味しいなんて幸せの極みです!みなさんも熊野にお越しの際にはぜひ「めはり寿司」を食べてみてください☆ それでは熊野速玉大社を参拝します。駐車場からだと鳥居も参道も通らないんですね。いきなり境内。ちょっと唐突。 境内には御神木の梛の大樹がある。日本一大きい梛の木らしいです。目の前に神門。朱塗りが鮮やかですねー!この内側は神の領域です。気持ちを引き締めて門を潜ります。 うわー、壮観です!熊野の神々を祀る十二社十三殿がずらーっと横一列に並んでいます。熊野本宮大社より全然広いです!というのも本宮大社では社殿が上四社しかないんですよ。元々本宮大社は熊野川のすぐそばにあったんですが、水害でほとんどの社殿が流出してしまったんですね。かろうじて残った上四社を現在の場所に移築して再整備したのが今の本宮大社なんです。中四社と下四社はそれぞれ石の祠にまとめられ、現在は大斎原と呼ばれている、元々本宮のあった場所で祀られています。 それに対して速玉大社は十二社が全て揃っていますから当然ですが敷地も広い!それにとても鮮やかで明るく、開放的な雰囲気ですね。本宮大社はもっと神聖である意味緊張感があった。速玉大社の社殿が朱塗りだからかもしれませんね。本宮大社の社殿は朱塗りが剥げて素木になってますから。というのもこの速玉大社の社殿というのは明治時代に火災で焼失してるんですね。現在の社殿は昭和42年に再建されたもの。比較的新しい社殿なんです。私が生まれた年だ。私は速玉大社の社殿と同級生です(^^) お参りしながら祭神を確認していきましょう。まずは向かって一番左に大きな社殿が2棟、妻入りで立っている。その前には拝殿があります。右にある第二殿は速玉宮といい、速玉大社の主祭神である熊野速玉大神を祀っている。この神はイザナキだとされています。まずはここをお参り。 その左には第一殿。結宮と呼ばれ、熊野夫須美大神を祀っている。那智大社の主祭神です。この神はイザナミとされる。 妻入りなので正面に千木が見える。第一殿の千木は内削ぎで鰹木は4本。女神を祀っていることがわかりますね。そして第二殿の千木は外削ぎで鰹木は5本。これで男神を祀っていることがわかる。しかしこの違いは正式なものではなく、例外も多い。あくまでも目安ということで。 千木を眺めていて気づいちゃったんです!なんとこの第一殿と第二殿の千木にはハートの装飾がある!(≧∀≦)ま、西洋由来のハートマークということはないでしょうから、何か他に意味のある形なんでしょうね。ただ夫婦神の社殿にハートマークがついているのはとても微笑ましい(^^)ほっこりします。 第一殿と第二殿の右横には平入の大きな社殿がある。上三殿と呼ばれる建物で、第三殿から第五殿までの三殿が相殿になっています。ちなみにここまでが上四社。第四殿と第五殿は一社に数えます。拝殿は無く鈴門からお参りします。 第三殿には家津美御子大神と国常立尊が祀られています。このケツミミコという神は本宮大社の主祭神で、スサノオと同一視されている。 第四殿には天照大神。そして興味深いのは第五殿に高倉下命が祀られていることです。上四社の四社目にアマテラスとタカクラジが一緒に祀られているのです。 熊野三山は基本的には同じ祭神を祀っているのですが、それぞれ微妙な差異がある。タカクラジを祀っているのは速玉大社だけです。しかもアマテラスと同格で祀られているのはとても興味深い。 タカクラジは神話の中ではこう記されている…神武東征において、神武軍は熊野で悪神の毒気にやられ停滞を余儀なくされました。夢の中で信託を得たタカクラジは神武に神剣を献上します。その神剣の霊力によって神武軍は生気を取り戻し、再び進軍を再開した… タカクラジはおそらく熊野の土着の神でしょうね。神武東征説話というのは7世紀末か8世紀初頭辺りに、時の権力者によって創作された説話です。神代と人代を繋ぐ…つまり神話と歴史を繋ぐために創作された物語です。そこに熊野の土地神の伝承が盛り込まれたということは、時の権力者…つまり政権が熊野を重要視、または神聖視していたことを表しているのではないでしょうか? 上三殿の右には少し小さい八社殿という建物が建っています。中四社と下四社の八殿がずらりと並ぶ建物です。 特に中四社は熊野三山では共通の神を祀っていますが、この中四社も熊野三山の性格を考える上ではとても重要な社殿だと考えています。 中四社に祀られているのは、アメノオシホミミ、ニニギ、ヒコホホデミ、ウガヤフキアエズの四神です。つまりアマテラスから神武に繋がる直系の神々が全て祀られているわけです! この神々の系譜を作り出したのも時の権力者。神武に始まる皇統をアマテラスに繋げるために創作された系譜です。その神々が全て中四社に祀られている。これは一体どういうことでしょうか? 日本の神祀りの根源は自然崇拝です。太陽を神とし、山を神とし、水を神とし、木を神とし…全ての万物の中に神を見出す…それが日本の神祀りの根源です。 おそらく熊野三山はそれぞれ個別の自然崇拝の中で生まれた…本宮大社は川を神とし、速玉大社は海を神とし、那智大社は滝を神とした。それを熊野三山として統合し、整備したのは時の権力者たちではなかったかと思うのです。 イザナキ・イザナミは国産み、神産みの神として古くから伝わる日本古来の神々。スサノオはオオクニヌシと同様に、被支配者層に支持された神です。地方の民間伝承に多くみられる神ですね。それが熊野三山の根本的な神祀りの原型です。そこに権力者たちは新しく創作されたアマテラスから神武に繋がる神々を盛り込んできた。そうして熊野三山は発展していったのでしょう。 熊野信仰が飛躍的に発展を遂げるのは平安時代に入ってからです。熊野修験の出現です! 修験道の開創は7世紀に遡る。開祖は役小角、開創の地は吉野です。この吉野の修験は元来反体制派なんですね。なので政権からは激しい弾圧も受けた。しかし吉野修験の反体制のポリシーというものはいささかも揺るぐことはなかった。吉野修験は常に反体制派であり、葛城・吉野・大峯は反骨の山であった。だからこそ反体制派の要人は身に危険が迫るとみな吉野に逃げ込んだわけです。大海人皇子(後の天武天皇)もそうであったし、後醍醐天皇も吉野を目指した。 しかし熊野修験は平安時代に成立し、すでに政権の息のかかった熊野三山と結びついたわけですから、権力者層とはそこそこ良好な関係を築いていたのではないでしょうか?この熊野修験との深い結びつき…これが熊野信仰を爆発的に発展させたのです。そしてそれは後の熊野詣の流行に繋がっていく… なんてことを考えながらお参りしてました。ね?変態でしょ?(^_^;)ま、古代史ヲタクの頭の中なんてこんなもんですよ。気持ち悪い! さ、無事に参拝を終えたので山に向かいましょう!速玉大社の裏手に千穂ヶ峯という山があるので、その山を登ってそのまま神倉神社訪れることにします。 参道を通り、鳥居を潜って神域を離れる。住宅街の中を通り抜け登山口へ。山に入ります。 標高253mの低山だし、上りも下りも30分ほどの道のりなので気軽に行きましょう!…なんて、とんでもない!取り付きからいきなり急登! そもそもこの紀南地域の低山というのは激しい隆起と侵食によってできた山なので、小さくとも急峻で複雑な地形の山が多い。この山もそんな山。 厳しい急登を登り詰めたら少しだけ傾斜が穏やかになる。しかし山頂への最後の上りは再び急登!しかも今度は階段地獄!(>_<) 登り切ったら山頂だ!ガンバレ、ガンバレ!自ら檄を飛ばしながら階段を登り切る…と、なんとそこは偽ピーク!(T-T)ここから一旦階段で急降下!そしてさらに急な階段で登り返し!烏帽子山より全然キツい! 登山口からおよそ35分、千穂ヶ峯山頂に到着☆山頂標示とケルンと三等三角点があります。木々に囲まれ展望はナシ。とりあえずちょっとだけ休憩… 10分ほど休憩してから、山を下り神倉神社を目指します。実は7月に本宮大社を参詣した際、本宮大社すぐ近くにあるラーメン屋さん「麺屋みつあし」の若いご主人に、「速玉大社に行ったらぜひ神倉神社に立ち寄ってください。ここはスゴいですよ!」とオススメされていたんです。めっちゃ楽しみ☆ 下山路もかなりの急斜面が続きますが、下りであればなんとでもなる。それに上りの道よりも整備されていて歩きやすいし雰囲気もいい。結構アップダウンがあります。地形はかなり複雑。 それと地図にない分岐がかなりあります。それから道標のない分岐も多い。道を間違えないようによく地図を確認しながら下る必要があります。 下山開始からおよそ35分で、神倉神社の参道に辿り着きました。拝殿のすぐ近くです。 私たち登山者というのは山を歩いてそのままお寺や神社にたどり着くことが多いでしょ?そんな時、参道や参拝順序をすっ飛ばして、いきなり本堂や本殿の真裏に出ちゃったりするんですよね!仕方ないことですがこれは実にもったいない。今回もそう。辿り着いたのは拝殿のすぐ近く。しかしこの神倉神社の醍醐味は鳥居からひたすら続く急な石段登りなんですよ!その厳しい石段登りを乗り越えてたどり着くからこそ、神倉神社には価値と意味があるわけです。その石段、全部すっ飛ばしちゃいました(^_^;)ゴメンナサイ。 拝殿に到着。拝殿の下は整備された展望所になっていて、新宮の街を一望にできる。斜面を真上に見上げると、急な石段の先に朱塗りの小さな社殿がある。これが拝殿。さらにその拝殿に覆い被さるように、注連縄を張った丸い巨岩が!これが神倉神社の御神体「ゴトビキ岩」です。 うわーっ!すごいなぁ!立派な磐座だぁ!…元々磐座祭祀の霊場だったんでしょうね。磐座信仰というのはとても古い信仰形態で、山のてっぺんなんかにある大きな岩に神が依り憑くという考え方です。その頃は当然社殿などは無かった。 伝承では、このゴトビキ岩に熊野速玉大神と熊野夫須美大神が降り立ち、その二柱をここに祀った。それが神倉神社の始まりだと伝わります。 しかし神武東征説話にタカクラジの伝承が盛り込まれると、ゴトビキ岩は神武が登った天磐盾だとされ、神倉神社ではタカクラジを祀るようになる。それで速玉大神と夫須美大神は新しく建てられた速玉大社に遷されたのです。そのような謂れで、神倉神社は元宮、速玉大社は新宮と呼ばれるようになりました。 実はこの話を聞くまでは、本宮大社に対する新宮だと思い込んでいた。神倉神社の元宮に対する新宮なんですね!知らないことばかりだ。勉強になります(^^) 拝殿にて参拝。そしてゴトビキ岩も参拝。聳り立つ壁のような斜面の上にこれだけ大きな岩があれば、そこに神の存在を感じるのは必然です。まさにここが聖地であることを感じずにはいられません。 それでは石段を下ります。上から見下ろすと見えない先まで石段が続いてますねー!これを登ってこそ価値と意味がある!なんて言いましたけど、正直心の中では、「下りだけでよかったぁ!」と安堵する自分もいる(^_^;) この石段は538段あって、源頼朝が寄進したものと伝えられています。きちんと成型された同型同大の石積みではありません。まさに自然石を適当に割ってちょっと削って積んだ感じ。形もバラバラだし石も大きい。当然段差も大きい。これを登るとなると、普段から坂道や石段を登り慣れている私たち登山者でもちょっと覚悟がいりますね。普段あまり運動をしていない一般の方が登るとなれば、これはまさに地獄の階段ですよ! 天気のいい土曜日の午後、参拝に訪れる方も多い。たくさんの方が石段を登って来られますが…みなさん息も絶え絶え、悲惨な状況です。ホント、下りだけでゴメンナサイ!でもね、これを登ってこそ価値と意味があるんですよー!*\(^o^)/*←登ってないのに言う…(ー ー;) 鳥居を潜って神域を離れます。ここからは住宅街を街ブラで速玉大社まで戻ります。 街ブラおよそ15分で速玉大社に到着。そのまま駐車場に戻って熊野速玉大社参詣は無事終了です☆ さ、それでは2日分の汚れを落としに温泉に行きましょー!…なんですが、その前に…夕食の買い出しをします! 普段の登山での下山後の食事は地元ラーメンだったり、旅に出た時は地元の郷土料理を食べに行ったりするんですが、ここは熊野。熊野と言えば熊野灘ですよ!和歌山県紀南、三重県東紀州は近畿の水産業の中心地!美味しい魚を食べずにいられますか!? そこでちょっと面白い場所を見つけたんです。車で1時間ほど移動した三重県尾鷲市。ここに地物の鮮魚、海産物を専門に取り扱う市場、「おわせお魚いちば おとと」を発見したんです! 今日はここで美味しい魚をたくさん仕入れて、車内一人大宴会を開催します!*\(^o^)/* 15:45、「おわせお魚いちば おとと」に到着。店内を物色。鮮魚や魚介類はもちろん、お刺身や寿司、お惣菜などの調理品も豊富。干物なんかもあるし、水産加工品もたくさん取り揃えてあります。それに加え、地域の特産品や名産品なんかもありますね。 う〜ん、悩む…そして仕入れ完了!メニューはまた後で!(^^) 食材は仕入れました!心置きなく温泉に向かうことにしましょう!なにせ仕事と登山、2日分汚れてますからね。早く風呂に入りたい! 訪れるのは「夢古道おわせ・夢古道の湯」。「おとと」からは車移動で15分ほど。すぐ近くです。 厳密に言うと温泉ではありません。海洋深層水を使用した入浴施設です。この海洋深層水は保温性・保湿性に優れ、海洋療法的な効果が期待できるという。 内風呂と、露天は少し大きめの陶器風呂が2つあります。まずは内風呂へ…げっ!めっちゃ熱いやん!(>_<)熱い風呂は苦手です。でも我慢して入る。慣れてくると気持ちいい。あー、でもやっぱ熱いや! 洗い場で2日分の汚れを全て洗い流し露天風呂に向かう。陶器風呂に浸かります。おー!今度はぬるい!めちゃめちゃぬるい!でもぬるいお湯に長く浸かるのが好きなので、これは願ったり叶ったり(^^)ふぁぁ〜、気持ちいい。寝そう… 風呂を出て移動します!明日は日帰り圏内の三重県度会町の山を、ショートで1座登ってから帰阪する予定なので、紀勢道に乗って三重県方面に向かいます。事前の計画では奥伊勢PAまで行くつもりだったんですが、もう疲れたし、眠いし、お腹空いたし…というわけで手っ取り早く紀北PAに車を入れて車中泊することにします。 お腹空いた!それでは車内一人大宴会を開催します!画像と一緒にお楽しみください☆ まずは今日のメイン!奮発して本マグロの中トロ!刺身でいただきます。見るからに美味しそう!サシがハンパない。口に入れた瞬間とろけてマグロの甘い脂が口いっぱいに広がります!たまらん、美味い! さらにカンパチとタイの刺身。カンパチはコリっとした食感が新鮮さを感じさせる。脂の乗りもいい。逆にタイはモチっとした食感。あっさりしてますが旨みが濃い。 そしてイワシの味噌煮。素朴で美味しいなぁ。やたらとビールがすすむ。 主食はサバとサンマの寿司!どちらも軽くシメてあります。さんま寿司もこの地域の郷土料理です。寿司に合うのは脂の少ない春のサンマだと言いますが、どーしてどーして、脂の乗った秋のサンマもたまらん美味さです!さば寿司も言うことなしの美味さ☆ もし食べ足りなかったらと思い、チーちくを仕入れてたんです。食べなくても持って帰れますから。3本目のビールを飲みながら、ちょっと何かつまみたいなぁと…チーちく、いただきましょう。しかしこのチーちくが驚愕の美味さだった! とにかく竹輪が美味すぎる!しっかりとした弾力のある食感で、噛めば噛むほど魚の旨味と甘味が溢れ出してくる。そこにカマンベールチーズの濃厚な旨味とほのかな塩味が絡んできます。チーちくの常識を覆すような美味さです*\(^o^)/*コンビニやスーパーで売っている頼りない竹輪とはわけが違う。異次元の竹輪! 製造しているのはかまぼこを主力商品としている地元熊野市の水産加工食品の会社、新兵衛屋さん。徹底的に地物の魚にこだわった商品を提供しています。練り天がめちゃめちゃ美味しいという口コミも発見。オンラインショップもあります。お取り寄せしようかなぁ…(^^) もうダメだ…腹パン!食べ過ぎ、飲み過ぎ。我ながら全く学習能力がない。美味しいものをいただくと、まるで自制心が効きません。限界です。寝ます。 明日は日帰り圏内の三重県度会町まで移動して、朝からショートで1座登る予定。しかし明日の天気予報は雨(~_~;)1時間予報を確認すると、雨の振り出しは11時頃。11時ならもう下山しているはず。なんとかなるかな?ま、明日のことは明日考えましょう! ということで11/8は終了!オヤスミナサイ。 明日に続く…