神様、風の神様(要害山)
八重山・能岳・聖武連山・要害山
(山梨, 神奈川, 東京)
2025.12.28(日)
日帰り
富士山が見える山を歩く、と聞くと人が多そうな気がする。けれど尾続山からコヤシロ山、要害山へと続くこの稜線は、思っていたよりずっと静かだった。山梨県上野原市。標高はどれも600メートルに満たないけれど、そこにはちゃんとした山の時間が流れている。
朝、上野原駅の南口から飯尾行きのバスに乗る。このバスは本数が少なく、8時45分を逃すと次は14時になる。そのせいか、駅前のバス停には登山靴を履いた人たちが集まっていた。トイレの前には小さな行列ができていて、みんな同じ方向を向いて同じことを考えているように見えた。
やがてバスが来て、私たちはまとめてその中に吸い込まれる。車内は不思議なくらい静かで、エンジンの音だけが一定のリズムを刻んでいた。窓の外の街は、信号や看板をひとつずつ置き忘れるようにして、いつの間にか山の色に変わっていく。
尾続バス停で降りると、空気が少し冷たくなっていた。登山口には、さきほどまで一緒にバスに乗っていた人たちが集まっている。ゾロゾロと歩くのがあまり得意ではない私は、すぐには歩き出さず、少し離れた場所で準備運動をしながら時間をやり過ごした。
登り始めると、低山らしい一定のリズムで道が続く。いきなり急登、と書かれた記事も見かけたけれど、実際にはほどよく整えられた道だ。息が上がりきる前に、また落ち着く。のんびり歩いて40分ほどで尾続山に着く。
南西側の木が伐採されていて、富士山が現れた。よく見える。いや富士山は、そこに「現れた」のではない。もともとずっとそこにいて、私の視界が追いついたのだ。
登山道には乾いた落ち葉が敷き詰められていて、踏むたびに小さな音を立てる。クスクスと山も笑うように落ち葉は音を立てる。調子に乗ると、少し滑る。
そこから30分ほどで実成山に着く。冬枯れの木々の隙間から、遠くの景色が富士山もちらりと見える。このあたりでお腹が空いてきた。本当はいちばんの休憩スポットは要害山らしいけれど、空腹には逆らえない。
山頂には、バスで一緒だった団体がすでに到着していたようで、私が着いた頃にはちょうど席を立つところだった。ソロのハイカーが何人かその場所で休もうとしていたので、私は少しだけ山頂から離れたところにレジャーシートを敷いた。
ひとりで少し早めの昼ご飯を食べる。
コーヒーを飲み、バウムクーヘンを口に運ぶ。甘さが、ゆっくり広がる。誰にも話しかけられない時間は、思っていた以上に静かだった。世界は小さく、きちんと収まっている。
10分ほど登るとコヤシロ山に着く。ここでは富士山の姿が、いきなり視界いっぱいに広がる。この展望は、平成24年の八重山トレイルレースのために有志の人たちが木を伐採したおかげだという。
何年か前、誰かがここで木を切った。その人は、きっと今日の私のことなど想像していなかっただろう。ありがとう、と伝えることは叶わないと思うけれど書いておきたい。ありがとう、すごいよここの絶景。
コヤシロ山から先は、最初は穏やかだが、やがてザレた急登になる。ロープを頼りに足元を確かめながら進む。その先に、小さな祠のある場所がある。「風の神様」という名の山頂だ。ベンチはないけれど、富士山の眺めは変わらずいい。
道が明るく開けてくると、要害山はすぐそこだ。山頂は広く、丹沢の山々が連なって見える。もちろん富士山もいる。ベンチもあり、ゆっくり過ごせる場所だ。
すでにご飯もおやつもコーヒーも終えてしまったので、そのまま下山しようと少し歩き出した。でもバスの時間に余裕があることに気づき、引き返した。
しばらく山頂で、何もせずに景色を眺める。時間はちゃんと流れているけれど、急いでどこかへ向かう必要はなかった。
下山は細いつづら折りの道が続く。枯れ葉で滑らないように気をつけながら、一定のリズムで歩く。要害山から1時間ほどで新井バス停に着いた。
空は澄んでいて、歩いている途中でも富士山がちらちらと顔を出す。
明るくて、歩きやすい道だった。
登ったお山: 尾続山・実成山・コヤシロ山・風の神・要害山