虚空蔵山 善光寺地震

2023.08.18(金) 日帰り

活動データ

タイム

01:28

距離

4.2km

のぼり

228m

くだり

249m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
1 時間 28
休憩時間
0
距離
4.2 km
のぼり / くだり
228 / 249 m
32

活動詳細

すべて見る

上田で気温日本最高値を記録したとか そんな日の午後長野市信更町にある虚空蔵山へ レポを見て突然行きたくなった。毎年野沢菜採りに行っている場所 その畑にも当時の大岩が遺されていて虚空蔵山気にはなっていたんだけど・・ 涌池には善光寺地震の災害の様子がパネルで説明されている史跡公園があり俄然興味が湧く [善光寺地震] 1847年旧暦3月24日午後10時頃長野市浅川清水付近を震源としたマグニチュード7.4 (日本列島内陸部で発生した地震では最大規模) 飯山盆地 長野盆地周辺で震度6以上の地震が発生 余震は止む時なく夜明けまで200回あまり。その後強震が断続的に続いた。     省略したが東屋の壁に掛かるパネルを見ると災害の様子が詳しく書かれている。 ********** 善光寺地震で発生した6万箇所の崩落 地滑りの内 最大規模のものは「虚空蔵山」の大崩落。岩 土砂 樹木は村を飲み込み犀川にくずれ落ちその流れを堰き止めてしまった。その為上流の川沿いの村々は水没 堰き止められた上流では日に日に水かさが増し 押野 (現在の明科町)まで及ぶ大湖水となる。この水が押し流されれば 被害甚大 これを予想して 松代藩は毎日1000人程動員して下流で土砂崩れの土砂を取り除き犀川を掘り広げ 土手を造ったり補強 さらに助け船 筏などを用意させ炊き出しの手配を整える。 4月になり大雨が降り犀川へ 二十日間堰き止められていた水が4月13日 一気に決壊 激流が犀口の小市村(現在安茂里)へ溢れ出て 小市の町並みをくずして川中島平一帯が氾濫 千曲川に合流 更に下流の村々を襲う大災害となる。 松代藩家老河原綱徳が残した「むしくら日記」など長野県史にはこんな当時の事を記した話がいくつか載っていて地震の凄まじさ 人々の混乱振り 自然の脅威の中では助けようにもなす術が無い茫然自失のありさまが記されてます。 現在の虚空蔵山山頂は マレットゴルフ場に 長閑な地域の憩いの場所となっていた。

もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。