三沢山
横手山・志賀山・赤石山
(長野, 群馬)
2023年08月05日(土)
日帰り
三沢山
~清冽な流れが沢を潤す山に、水にまつわる成功と悲劇のドラマが~
柏崎市のHさんからお声がけをいただき、Hさんご夫妻と柏崎市のTさん、柏崎市のMさんと三沢山へ行って来ました。
Hさん所有のガイドブックによると前記の副題があったので、気になって読んで見ました。
ガイドブックによると、
三沢山の稜線にかかるころ、平行してきちんと並ぶ石の列がある。
まぎれもなく水路である。
この水路に胸を痛めるドラマがあった。
三沢山の麓の菅、寒沢集落は、開田に必要な水源を確保する必要があった。
寒沢の鈴木沢次郎は、群馬県まで調査に行き、水源を見つけ水利権を買い取り、単独で引水の堰の開削に情熱を傾けた。
横手山、笠ヶ岳、三沢山をつなぐ尾根に堰を作るというのである。
村人の協力も受けて工事は進められたが、草津峠の隧道は、火山性ガスの噴出で、沢次郎の父親を含め数人の犠牲者を出すほどの難工事となった。
資産家であっても、沢次郎一家の全財産は消費しつくしても足りなかった。
あとを引き継いだ村は、沢次郎が着手してから20年ほどのちの明治29年ついに堰を完成させた。
全財産を使いつくした沢次郎は、父親を失い、妻も幼子とともに家を去り、村からは忘れられた存在となっていた。
堰の名は、「寒沢堰」というが、語り継がれるときは、「沢次郎せぎ」である。
今回ガイドブックを参考に歩きましたが、ガイドブックは、かなり古い物であるため、2023年6月26日のducachinさんの活動日記の軌跡も参考にさせていただきました。
ガイドブックが書かれたころと登山道が変わったのか、ボーとしていて気付けなかったのか?「沢次郎せぎ」を確認することは出来ませんでした。
登山道は小さなトゲのある、イラクサがかぶっている所が多く、長ズボンでも痛い思いをしましたが、リーダーのHさんは短パンでトゲのあるイラクサの中を平気で歩いていました。
山頂で、時間をもらい、アマチュア無線を運用し、
北アルプス鳥帽子岳山頂移動、
横手山山頂移動
長野県長野市
の3局と交信出来ました。