【矢祭山・檜山】たぶん、あのときの山
矢祭山・檜山
(福島, 茨城)
2026年02月22日(日)
日帰り
若い時は山登りというものが嫌いだった。
「なぜわざわざ高いところへ行くのか」。
平地で十分ではないか。
ずっと文明というものは平らなところに築かれてきたのである。
理解できなかった。
それもそのはず。トラウマがある。
🐅でも🐎でもない。山である。
小学生のとき、子供会のイベントで山に登った。
引率は近所の誰かのお母さんだった。
「歩幅を狭くすると楽よ」
たいへん親切にアドバイスをくれた。理屈も正しい。
だが、理屈と脚力は別問題だった。
ハァハァである。実にハァハァである。しからずんばハァハァである。
子供ながらに「これは罰ゲームではないか」と思った。
しかも岩場。
足を踏み外したら一大事になりそうな場所。
そこで私は知った。
自分は高所恐怖症である、と。
山は怖い。山はきつい。山は意味がわからない。
三拍子そろっている。
それなのに——
気がつけば、おじさんになって山登りにハマっている。
人生というのは、伏線の回収が雑である。
そしてふと思った。
「あのときの山はどこだったのか」
母に聞いた。
「……やまつりやま、じゃない?」
その響きは妙に懐かしかった。
私の心の中では「山・釣り・山」である。
なんだか楽しそうだ。
英語にすると
“A mountain catches a mountain.”
山が山を釣る。
スケールが大きいのか小さいのかわからない。
ところが調べてみると、違った。
矢祭山
「矢・祭・山」である。
英語にすると
“Arrow Festival Mountain”。
こっちのほうが断然かっこいい。
さらに驚いたことに、その山は茨城ではなく福島にあった。
記憶というのは、地理に弱い。
今住んでいる東京の西のほうからだと、
朝一番の電車に乗っても矢祭山駅に着くのは昼前。
遠い。実に遠い。しからずんば遠い。
なので水戸に1泊することにした。
実家である。無料である。
しかも夕食に手巻き寿司をご馳走してくれた。
家族とはありがたいものだ。
矢祭山は、いい山だった。
檜山もよかった。
天気がよかったのもあるが、トレイルを地元の方が丁寧に整備されているようだ。
そして人は少ない。静かな山行というやつだ。
すれ違ったのは10人と、犬1匹。
犬は元気だった。
私はハァハァだった。
しかし今回は嫌ではなかった。
そして思うのである。
小学生のときに来たのは、
たぶんこの山だ。
たぶん。
人生は、ときどき
「たぶん」でちょうどいい。