所熊山
暑い🥵なかなか直登蜘蛛の巣😊 佐賀県鳥栖市にある所熊山(しょくまやま)は、古代の古墳群と戦国時代の城跡という、2つの異なる時代の歴史遺構が重なり合った非常に興味深い場所です。それぞれの歴史的詳細を解説します。1. 所熊山古墳群(古代:4世紀〜6世紀頃)所熊山には、鳥栖市内でも貴重な古代の古墳が確認されています。発掘の成果:平成14〜15年度の鳥栖市教育委員会による調査で、2基の古墳が確認されました。竪穴式石室の発見:そのうち1基からは「竪穴式(たてあなしき)石室」が見つかっています。これは、石を箱のように組み上げて上から蓋をする古いタイプの埋葬方法です。鳥栖市内では「薄尾古墳群」に次いで2例目という非常に珍しく、学術的価値が高いものです。出土品:古墳時代前期前半(4世紀頃)の特徴を持つ土師器(はじき)の壺や器台などが出土しており、この地域に古くから力を持った豪族がいたことを証明しています。2. 所熊山城跡(中世・戦国時代)この山は、戦国時代には天然の地形を利用した「山城(やまじろ)」として活用されていました。立地と役割:すぐ近くにある主要な城「朝日山城」の西側に位置しています。所熊山城は、単体で機能する大きな城というよりも、近隣の勢力や主要城郭(朝日山城など)と連携した砦、あるいは前線基地(出城)としての役割を持っていたと考えられます。城の遺構:現在の山中には、敵の侵入を防ぐために山の斜面を削って造られた平坦なスペース(曲輪/くるわ)の跡や、土を盛り上げた境界などの跡(遺構)が一部確認できます。





